第17話 南雲紗良は近づきたい
放課後。
「藤宮~、一緒に部室、ぐえ」
「斗真くん。またしても所用で一緒にはいけないわ。この子も連れて行かなければならないの。というわけでよろしくね」
教室に入ってきた葛城の首根っこを摑まえ、連れて行ってしまった凜花。連行先は、生徒会室。
そんな事を知る由もない斗真は一瞬の出来事に呆然とする。何かが起きて、何かが終わった。
「・・・・・・とりあえず、図書室に行こう」
図書室に着く。相変わらず独特の静けさがあった。
その受付の席、とでもいうのか。司書さんのように座っている紗良。
「よ、来たぜ。・・・・・・っていっても他の二人はなんか来れないとかいってたけど」
「そう。今日は静かに出来そうね」
そんな会話を交わして斗真は適当に席に着く。そして教科書とノートを広げ勉強する体制を取った。まずは理科から勉強するか、と。そこに紗良が寄ってくる。
「どうした?」
「……勉強。教えて欲しい」
「っていっても教える程は出来がいいわけではないぞ?」
「大丈夫」
そう言って斗真の横に座る。持ってきた教科は……国語。
「あれだけ本読んでて苦手なのは国語なのか」
「そう。国語というものは問題が理解できない」
「あ~、あれか? 書いてあることは読み取れるけど、設問の意図とか考えがよく分からないってタイプか」
コクコクと首を振る。本を読むからこそ、ってやつか。
「では俺がコツを教えてやろう。授業進捗は同じくらいだろ? まずはノートを開いて、と……」
意外にも斗真は国語が得意だった。……というと語弊がある。正しくは国語のテストの点の取り方が得意、だ。
斗真の隣で説明を聞きつつ、紗良は過去を思い出していた。
* * *
それは中学三年の頃。南雲紗良はクラスには馴染みきれず一人になる事が多かった。
寂しいとかそんな感情は無かった。ただつまらない学校生活だとは思っていた。
ある時、その男は来た。
「なあ、面白いラノベを探してるんだけど」
紗良はラノベが置かれている棚を指差す。サンキューと言いながら棚に向かう男。
しばらくして何冊か持って戻ってくる。
「この中だとどれがオススメ? 出来れば魔法とか出てくるといいんだけど」
「・・・・・・なら、ラノベよりあっちの棚」
案内する紗良。そこはハードカバーのハイファンタジーやローファンタジーの作品が並んでいた。
「へぇ。てっきりラノベ以外は硬派なものばかりだと思ってたけど」
「・・・・・・」
「もしかしてここにある本全部読んでたりするのか?」
「それはない」
「そっか。でも欲しい本をすぐに見つけられるってカッコイイな」
「え・・・・・・」
その言葉は意外だった。本の知識があったところで「根暗」「陰キャ」のような印象だろうと思っていた。
「また今度オススメ教えてくれよな」
そう言って本を借りていった。
(カッコイイ・・・・・・)
紗良の胸にその言葉が深く残った。変わった人もいるもんだな、と。
それから、偶にやってくるその男と会うのが楽しみだった。その男が藤宮斗真だとは、その時はあまり気にしていなかった。
* * *
「……てな感じで板書で書かれたことだけ考えればいいから。あの先生はそういうクセみたいなのがある」
「なるほど。勉強になる」
「本来の勉強とは違うんだけどな。まあ学校で楽に点数取るなら、って話で」
静かだが、紗良は内心で燃えていた。静かな空間に二人きり、そして肩がふれるほどの近距離。
(今だけは凛花《あの女》より彼女っぽいことが出来る)
「……ねえ藤宮くん」
「ん?」
「“人を好きになることは、必ずしも理屈で説明できない”って、誰かが言ってた」
「はは……文学少女らしいな」
「でも、わたしは説明できる。藤宮くんに惹かれた理由」
紗良は顔を近づけ、斗真の耳元へ。
小さく、甘い息が触れる距離で——
「“君は、私の物語の登場人物になってくれた”から」
「……っ!」
耳まで真っ赤になる斗真。紗良は静かに笑い、スッと距離を戻す。
耳元で囁いたあと、紗良はふっと息を吐きながら顔を戻す。
斗真はと言えば、心臓の鼓動がうるさくて集中できない。
「……ずるいって、言いたいんだけど」
「なにが?」
紗良は、教科書を開いたまま目をそらさずに言う。
「君が誰かと話してると、言葉が全部ノイズみたいに感じるの」
「……」
「変よね。そんな感情、私にあると思ってなかった」
少しの沈黙が流れる。斗真は気恥ずかしさで声が出せず、紗良は心地よい余韻に浸っていた。
(そう、これが恋心、なのかしら)
隣に座った紗良は軽く、頭を斗真の肩に委ねる。
「さ、紗良?」
「……このままがいい」
斗真の心臓がドキドキと言わせながらも少しの間、斗真のぬくもりを感じている紗良だった。
* * *
一方、生徒会室。
「ちょっと私、カチコんでくるわ」
「何言ってんの、あんたがここにいろって言ったんじゃない」
「正確には私、だがね」
生徒会室には真雪をはじめ、凛花と葛城がいた。
三人はみんなしてノートPCの画面を食い入るように見ていた。
「あんたら悔しくないわけ? こんだけ好き放題やられて」
「あら、お昼にはどこかの誰かさんが好き放題やっていたらしいけど」
「……そう。あの不自然な時間はこういうことだったの」
ノートPCには図書室内の映像が映し出されていた。もちろん斗真と紗良のイチャつきがしっかりと収まっている。
「しっかし、こんな盗撮道具なんてよくそろえたわね。生徒会長?」
葛城が食ってかかる。確かに何故こんな、「程よい画質のカメラ」と「遠隔で見れるノートPC」があるのか。斗真が気になるとしても少しやりすぎでは……?
「いや? これは拝借したものだ」
「拝借……?」
「女子更衣室に仕掛けられていてな。教諭を脅せば快く譲ってくれたぞ」
「……え?」
なんか、何をツッコんでいいのか分からなくなってしまった。
「じきにチャイムが鳴る。用意しろよ、今度は直に見に行くからな」
「見に行くって……」
「おまえたちが斗真との二人きりを楽しんだようだからな。みんなにも機会を与えようというわけだ」
凛花と葛城ははっとする。まさか朝から仕掛けられていた……?
「最後は綾小路女史だ。追跡するぞ」
―――――――――――――――――
お読みいただいてありがとうございます。
よければブクマやこの下の星でポイントをつけて応援していただけるととても嬉しいです。