第16話 葛城一葉のプライド
学校に着いた斗真たち。凜花とは別れて各々の席に座る。
「よ、斗真」
声を掛けてきたのは直哉だった。……なんだろう、最近女の子と話してばかりだったから、男と話すのは清涼剤が加わるみたいで気が楽になる。
「な、斗真。俺とお前の中だから聞くけどよ……」
「な、なんだ……?」
「ぶっちゃけ、あの星野凜花と一緒に登校ってどうなんだ?」
「どうって……」
中学から謂れのある凜花のことだ。傍目から見れば奇怪なものに見えるのかもしれない。そんな斗真だが――。
「楽しい」
バカだった。
「あのよう斗真。俺の杞憂であればいいんだが、最近星野過激派なる集団? が目をつけているらしいぞ」
「なんだそれ」
「星野の美貌を知る俺たちを含む上下三年にそいつらがいるらしい」
「はあ」
そんなことがあるのか。葛城といい、ユナといい、この学園には色恋の話が多々あるな。なんて思いながら過ごしていた。
彼女の強さを知っている。何かあってもなんとかするだろう、と思っていた。
(……星野過激派、ね)
クラスの人が集まり始める。そしてホームルームが始まる。
(特に変わったことも無し。普段通りだな)
担任の話を適当に聞き流す。斗真の席から見て、凜花の席は一列後ろの反対側。少し振り返って凜花の様子を見る。
(机の下で何かを見ている? 先生の前で携帯を触るようなやつじゃないし……何を見ている?)
「では、ホームルームは以上。今日も一日がんばるにゃー」
担任の気の抜けた号令でホームルームが終わる。
(今日も一日頑張るか~)
* * *
昼になった。飯の時間だ。
すっかり調教(?)された斗真は餌を待つ雛のように自分席で待っていた。そこへ来るのはもちろん凜花。
「今日もだわ」「藤宮のやつ……」などいろんな声が教室に聞こえるがあまり気にならなくなった。
「斗真くん。悪いけれど今日もお昼は一緒に出来ないわ」
「へぇ……」
「というわけでお弁当を置いていくわ。まぁ、すぐに帰ってくると思うけど」
「お、おう」
そう言って教室を出ていく凜花。すれ違いに入ってくる葛城。
……すれ違う時、火打石と火打ち金のような反応を見せた、気がした。
「藤宮! お昼よ!」
いつもは凜花がやっている机ドッキングを葛城がやる。前は正面に座ったが今回は隣に凜花がいないので隣に座る。
「さ、食べましょ」
いつになくテンションが高い葛城。なんでそんなに上機嫌なのか。
「……なあ葛城」
「なあに、藤宮?」
笑顔のまま返す声に、少しだけ棘がある気がした。
「……なんか、機嫌良さそうだなって」
「そう? ふふ、そうかも。昨日、ちょっと“興味深い話”を聞いたの」
ぴたり。葛城の箸が止まる。
「藤宮って、最近……風紀の子と仲がいいんだって?」
空気が変わった。昼の教室とは思えない、妙な静けさ。
ざわざわと周囲の会話が聞こえるのに、葛城の言葉だけが心の中に深く残った。
「風紀……って、ユナ?」
「ふうん、名前で呼ぶんだ?」
声色は柔らかい。でも、目が笑っていない。葛城はこっちをじっと見てくる。
視線が突き刺さるようで、思わず目を逸らした。
「……いや、たまたまっていうか……」
「たまたま、“あの距離感”なの? 帰り道、ふたりきりで」
まさか、と頭を回す。あの時の事を見られていた? 凜花がいなければ、とか甘い考えが良くなかったか。
「いや、あれは……」
「いいのよ全然。はい卵焼き」
弁当に置かれる葛城の卵焼き。そして攫われる凜花製卵焼き。
「”わたしの”卵焼き、食べるわよね?」
圧。まるで昨日あったことを全て把握しているかのような……。
「わたし、別に他の女と何してようが気にはしないわ」
「お、おう……」
「でも、”わたし以外を特別扱いしている”ところは見たくないわ」
特別扱い。それは斗真が思うものと葛城の思うものでは違っていた。
* * *
中学一年の初夏。
葛城一葉は“芯の強い子”として知られていた。
提出物は絶対に期限内。忘れ物はゼロ。生活態度は誰よりも真面目で、先生にも一目置かれていた。周囲からも「しっかり者」「隙がない」と言われていたが――本人は、それを誇りにしていた。
自分は怠けない。甘えない。人に迷惑をかけない。そうやって“葛城一葉”を保ってきた。
そんなある日、体育の授業で転んで足をくじいた。
それだけならよかったのに、悔しさから少し涙が滲んでしまったのだ。誰にも見られていないと思っていた、その瞬間――
「……あれ? 足、やばくね?」
教室に戻ろうとしたところで、クラスメイトの藤宮斗真に出くわした。
「泣いてんの? あー……」
その顔には、驚きも同情もなかった。ただ、すっと目線を外して――
「そういうとこ、ちゃんとしてるよな。葛城ってさ」
「……?」
「俺はサボるしテキトーだけど、そういうの、かっこいいって思うよ」
軽口のようで、妙に真っ直ぐな声だった。
誰にも崩されたことのなかった“完璧”の仮面に、そのときだけはヒビが入った。痛いほど見透かされた気がして、目を逸らした。
――それ以来、葛城一葉は、なぜか藤宮斗真の言葉が頭から離れなくなった。
* * *
「で、わたしの卵焼きは美味しいわよね」
「うん……」
圧に押されるまま答える。今二人だからってだいぶ押せ押せじゃないか?
弁当を食べ終わる。片付けながら話す。
「あ~あ。今日もお昼が終わっちゃったわね。凜花《あの女》がいないとこんなに気が楽なんて」
「そっか……」
「じゃあまたね。いや……また明日ね」
そうして葛城は教室を去っていった。
(あの女がいないと、か。俺は……——)
* * *
一方、凜花は……。
「うむ。もう帰っていいぞ」
「結局雑務とお茶を飲んだだけね。そんなに足を引っ張りたいのかしら」
生徒会室に来ていた。そこで真雪の手伝い……を少ししながらのんびりとしていた。
といっても凜花は心からくつろいでいたわけではない。何故私がこんなことを。私と斗真の時間を。と恨んでいた。
「まあまあ。あと、放課後にも寄ってもらうぞ」
「はぁ……、一体何を考えて……」
「ふふ、まあ私なりに考えがあるということだ」
真雪は微笑む。その意味を知るにはあと少し時間がかかる――。
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