第13話 藤宮斗真の一日・後編
授業がおわり解散となった。だが藤宮斗真の一日は終わっていない。
「さて、と」
席を立つ。と丁度そこに二人分の影が見える。
「ぬ」
「……」
一人は男友達の直哉だ。多分一緒に帰ろうぜ、とかそんなことだろうが。
もう一人は凛花だった。用事は……山ほどあるだろうな。
一瞬二人の間にはガンマンの決闘のような一触即発の空気が生まれた。……気がしたが「どうぞどうぞ」と直哉が譲った。
「斗真くん。一緒に帰りましょうか」
「そういえば言ってなかったか。俺文芸部に入ることになったんだ」
「”なった”? まるで自分の意志ではないような言い方ね」
「それは――」
先生に言われて、と言おうとしたがそれはマズイと直感が言う。そんな自分がないみたいな感じでは、先生にも南雲紗良にも良くないだろうと感じた。
「ま、前からちょっと気になってたんだよな。ああいう静かなとこ、落ち着くしさ」
「ふーん……」
適当にごまかしたが納得してくれたようだ。
「私も入ろうかしら」
「え」
思わぬ方向に話がシフトした。え、入るの?
「正直、斗真くんといられる口実があればなんでもいいのよね」
「それって心の声? 漏れすぎじゃない?」
「斗真くんがいないと暇なのよね」
「ええ……」
なんだかわざとらしい口調の凛花に少し困る斗真。来るもの拒まずくらいの精神でいたのだが――。
(凛花と紗良と葛城が同じ部屋かあ……)
想像するとなかなかにクセの強い奴が集まるなぁ、と思いつつも。
(催眠で皆仲良くさせることも出来るんじゃないか?)
「じゃあ行くか。一緒に」
「ええ」
こうして凛花と図書室へ向かう。道中は機嫌が良さそうだった凛花。しかし、図書室についてからその機嫌は吹き飛んだ。
「……」
「……」
「……」
星野凛花、南雲紗良、葛城一葉。このメンツが揃って何もないわけがなく……。
「え~っと、一応紹介しておくと――」
「結構よ。——良く、知っているもの」
凛花の視線は紗良に向けられていた。この二人がアプリを通じて顔見知りだとは斗真は知らない。
「……まさか南雲さんがいるなんて、予想外だったわ。静かな空間が売りじゃなかったかしら?」
「そうですよ。誰も口を開かなければ静かですから」
「でも空気がうるさいって人、居ると思うの」
今度は一葉の方に目を向ける。昼にやりあった仲だ。互いに思う事もあるだろう。
「いつまで猫を被っていられるのかしら」
「……言っておくけど、ここでやりあうつもりはないわ。そう”言われているから”」
凛花はふっかけたつもりだったが、ここでは相手の方が上手だった。持っているアドバンテージは凛花の方が圧倒的なはずなのに、ここでの一葉は余裕を持っている様に見える。
(そう。昼に私のテリトリーに入ってきたのと同じように、ここでは貴女のテリトリーだと言いたいのね)
戦況を把握する凛花。ここでは舌戦ではなく空気を読む場なのだと理解する。
その間に斗真は席に着いていた。すかさずその隣へ座る凛花。
「斗真くんはなにか読むのかしら」
「いや、勉強しようかなって」
「関心ね。私もそうしましょう」
そう言って教科書を広げる二人。そのまま時は流れて……のはずだった。
(携帯が鳴った。トーク? いったい誰から?)
凛花は携帯を取り出す。……と、斗真以外の三人が同時に携帯を開いていた。
>やあ。
>情報共有に役立つかと思ってトークグループを作ってみたぞ。
知らぬ間にグループに入っていた凛花。いや、他の全員もだった。送り主は……、生徒会長、皇城真雪。
>で、図書館の三人の進展はどうかな?
何故知っているのか。と聞きたいところだがどうせ会長パワーだ。とかいってはぐらかされるに決まている。
<進展はないわ。
<誰かさんのせいでね。
かわいいネコのアイコンが言い張ってくる。名前は……葛城一葉。
>そうか。
>概ね予想通りだな。
皇城真雪という女、一体どこまで見ているというのか。今度は南雲紗良もトークに参戦してきた。
<何が予想通りなのですか。
>ふむ。では一つ確実な事を言ってやろう。
ただの携帯端末だが、そんな機械からただならぬ気配を帯びている。そんな気がしてしまっていた。
>彼は最近、催眠そのものを使ってないんじゃないか?
<え? それはとてもいい事では?
>いいや逆だ。恐らく催眠アプリの使用回数の異変に気付いたころからだろうか。彼は恐らく催眠に関して疑心暗鬼になっていると予想する。
凛花は黙って聞いていた。そしてそのトークを境に流れた沈黙の意味を知る。
<つまり、私たちが催眠にかかっていない。と彼が疑っている、と。
>そうだ。これは由々しき事態だ。以前話した我々の目標を覚えているか?
目標。それは、彼にハーレムを築かせるというもの。私たちが手を取り合い共同で行う同舟共済。
>彼は今もギスギスした空気を感じているはずだ。……もっと簡単に言えば、楽しくない。と言えるだろう。
<確かにそれは私たちの望むものではないわね。
凛花のメッセージを皮切りに、図書室の空気が変わっていく。
<なら催眠にかかったフリをすればいいのね。
<同時に全員が疑われてはいけない。
<分かってるわ。私に作戦があるわ。合わせなさい。
一葉と凛花がやり取りをする。こちらの空気感など分からないはずの真雪が黙り込んだ。邪魔はしない、ということか。
早速行動に移す一葉。席を立ち斗真の隣へ座る。
「ん? どうした?」
「その、勉強してるなら、私にも教えてくれるかなって」
「いいけど……」
斗真はちらりと凛花を見る。普段なら目くじらを立てる所だろうが……。
「奇遇ね。私も同じところをやっていたわ。ついでに私も教えてくれるかしら」
「凛花は教わる必要ないんじゃ……」
「いいえ。斗真くんに教わりたいの」
「おお、そうか」
斗真がまんざらでもなさそうな反応をする。だが凛花にはまだ、もう一押し欲しいと感じていた。そこへ……。
「やっているのは数学ですか? 私も苦手で」
「そうなのか。じゃあ紗良もいっしょにやるか?」
こくりと頷く紗良。彼女も席を立ち斗真の正面へと座り直す。
「えっと、じゃあ始めるけど……」
その時の斗真は周りの事を気にしているようだった。斗真視点からすれば、あんなにギスギスしていたのにこんなに距離を詰めていいのかと。特に気になるのは凛花の視線だ。だが――。
「ふふっ、女子に囲まれて緊張でもしているのかしら」
「え、ああ、まあ……」
顔を近づける凛花。女の子のいい匂いがするほどの距離だ。
「斗真。私のほうも見て?」
「あ、ああ……」
一葉も距離を詰める。斗真がペンを握る手の袖をきゅっと掴む。
「……!」
「……♪」
机の下では正面の紗良が足を絡めて遊んでくる。そこまでしてようやく――。
「えっと、”みんな仲良く”、な?」
「ええ」「うん」「はい」
三人が息を合わせて答える。鈍感な斗真もやっと考えが至る。
(これが……学園ハーレム!?)
彼の青春が幕を開けた瞬間だった。——裏でどのようなやりとりがあったかも知らず……。
* * *
一方の如月ユナ。トークのやりとりをしているところを見て不敵な笑みを浮かべる。
「アタシもそろそろ動いてもよさそう、かも?」
彼女の笑みは波乱の幕開けを感じさせた。
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