第12話 藤宮斗真の一日・中編
クラス、あるいはテリトリー。その領域に踏み込むのは勇気がいることだ。だがそれを実行に移したなら、得られるアドバンテージというものがある。
相手、星野凛花はクラス内は完全に掌握した、と思っていただろう。だが、嵐でも吹けば状況は変わるだろう。
そんな嵐の目、葛城一葉がやってきた。領域は戦場と化す。
少し前。
「ごゆっくり~」
そう言って出てきた男子二人、直哉と京介。教室を出てすぐの所に葛城の姿を見る。
弁当箱を片手に教室内を覗き込んでいる。それを見た直哉は――。
「斗真なら教室だぞ」
「!」
何気ない一言に背を押された葛城は教室へと入っていった。
「なに、直哉の知り合い?」
「ああ、そんなとこだ」
この男二人も、それぞれの思惑が交差しているとは、この時まだ知らない──。
……。
そして教室内。
「……ここは二組よ。クラスを間違えているんじゃないかしら」
「全然間違えてないわ。だって藤宮がここにいるじゃない」
今度は斗真の前の席が動かされドッキングする。
「さあ、藤宮! 一緒にお昼を食べましょう!」
カチリと、透明な火花が散る音がしたようだった。斗真は女子同士が揃った時の独特な雰囲気を感じていた。
「残念ね。藤宮くんは、昼休みは静かに過ごしたいって言ってたの」
「へぇ? 前に“ふたりきり”になった時は、すっごく楽しそうだったけど?」
凛花の笑みが、ほんの少しだけ引きつる。
「……あら、それは意外。そんなに構って貰えるなんて」
「そうよ。あんたみたいな自分勝手なのと違って私は大切に扱われているんだから」
火花散らす両者。凛花は内心が揺れていた。
(この子……こんなに積極的だっけ? いや、油断は禁物。斗真くんを誰にも渡す気はない──)
一方、そんな事したか俺、と眉をひそめる斗真。それよりも……。
「なあ」
「なに?」「なによ?」
「もっと”仲良く出来ないのか?” その、クラス的にも、さ」
よそからやってきた者がクラスでやんやと騒いでいる。周りの目線を感じた斗真は”お願い”をした。
「そんなのム――痛ッ!」
「そうね、私も焚きつけるような言い方をして失礼したわ。”仲良く”と”言うなら”従うわ」
「あんた何……、——!」
二人は斗真に悟られぬよう、机下で足を踏んだりしていた。ただの敵対行動かと思っていた一葉だったが、その真意に気が付く。
《ルール3:命令には協力してフリを続ける》
そう。今は協力すべきときなのだ。
「わかったわよ。おとなしくしてるから……」
「そうね。”仲良く”食べましょう?」
二人は黙々と弁当を広げ始めた。なんか思ってたのと違うな、と思う斗真。
だが相手にしているのが今朝のような催眠の凛花と非催眠の澄乃ではない限り、二人同時にいうことを聞かせられるのだと分かった。
「じゃあいただきます……って藤宮、自分のは?」
「俺は学食派だから持ってきてないんだ」
ありのまま答える斗真。それを聞いて怒るより呆れた一葉が続ける。
「へぇ~……、アンタ、藤宮に無理を言わせてこんなことをしてるんだ?」
「無理? 彼女なのだから奉仕するのは当然の事。学食だってタダで食べられるわけではないのだから」
「藤宮の意志は、って言ってんのよ。——実際どうなの、藤宮」
話が斗真に飛んでくる。答えを吟味しなければならないこの瞬間……のはずだが、彼はそんなことを考えてはいなかった。
「正直ありがたいと思ってる(最高かよ、学園ハーレム)」
斗真は頭が馬鹿になっていた。……いや、状況を俯瞰している、のかもしれない。
「ふ、まずは胃袋を掴めというのは有名な話」
「そう。でも果たして藤宮は満足しているのかしら?」
「……どういうこと?」
そう言って一葉が自分の弁当から取り出したのは卵焼き。
「量を用意するのは簡単よ。問題は味。そうでしょう?」
偶然にも凛花の弁当箱にも卵焼きが入っていた。——ここで戦わせようというのだろう。
「決めてもらおうじゃない。どちらの卵焼きが優れているか」
「……いいわ、受けて立とうじゃない」
それぞれの弁当の蓋の裏に卵焼き一切れが置かれる。——決闘だ。
「先行は貰うわ。——はい、あーん」
「んなっ……!」
斗真はあーんに慣れた節があるが、一葉はそうはいかなかった。
「じ、自分で食べさせればいいじゃない!」
「こっちの方がおいしくなる……となったら、使わない手はないじゃない」
早くも戦いが始まっている様子。一方斗真は「うめー」としかいっていない。だが内心では――。
(……いや、これ、もし全部バレたら俺、刺されるよな? やめとこ……でも卵焼きは食べたい)
小さな葛藤と戦っていた。
「さ、あなたの番よ。——ああ、食べてもらうのを待たなければいけないのよね?」
「ぐぬぬ……、いいわ、やってやろうじゃない」
一葉も卵焼きを箸で掴み、斗真の口の方まで持っていく。
「……」
「あら、黙っていては何がしたいのか分からないんじゃないかしら?」
「うっさいわね。ほら、……口を開けなさいよ」
一葉はプライドが捨てきれず「あーん」は言えなかった。だがそれでも口を開けて頬張る斗真だった。……この男は駄目かもしれない。
「ど、どう?」
「ん……」
もぐもぐと味を確認する斗真。そして判断を下す。
「なんだっけ、優れた卵焼きの方、だっけ」
「ええ、そうよ」
「なら、葛城の方かな」
即断だった。この男、脳死で食べていたわけではないらしい。
そんな……と衝撃を受ける凛花。斗真は重ねて言う。
「葛城の卵焼き、塩で味付けしてるんだよな。個人的に塩の方が好き」
「やった……!」
「——でも」
でも、と言った。驚きが見える両者。何を言うのか。
「凛花のは……だし巻きだろう?」
「え……」
「だから、”いい卵焼き”って話なら葛城しかないんだよ。——勝負するならレギュレーションは一緒にしないとな。……ん?」
なんだか雲行きが怪しくなってきた。二人の気配が変わっていく。
「斗真君、ハンバーグ好きでしょう。食べなさい」
「藤宮。ハムカツをあげるわ」
二方向からの挟み撃ちを喰らう斗真。
「ちょっと待て、お前ら”仲良く”して……」
「仲ならいいわ。——ねぇ?」
ここへ来て呉越同舟の二人。——これからの斗真も大変そうだ。
* * *
二組の教室の前を通りかかる影が一つ。
「……私も混ざろうか。なんてな。ふふ」
一人楽しそうな生徒会長であった。
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