第11話 藤宮斗真の一日・前編
ピンポーン。
藤宮宅の呼び鈴がなる。それで目を覚ます斗真。
「お兄ちゃ~ん! 手が離せない!」
妹は朝飯作り中か。俺が出るしかない。
部屋を飛び出し、玄関に向かう。しかし朝から訪問者とはなんだろうか。
玄関を開ける。
「おはよう斗真くん」
「凛花……!」
玄関前に立っていたのは星野凛花だった。前は家の前で待ち伏せされていたが、ついにウチへ攻め込んできた。
「おじゃまするわね」
「おいおいおい!」
玄関に入り、そこで靴まで脱ぎだした。完全に上がるつもりだ。
「ところで何か焼いている匂いがするけど、火の元を離れていいの?」
「いや、それは妹がやってるから――」
「——妹?」
妹、と聞いて家の中へズンズン進んでいく。なんだかマズイ気がすると後ろをついていく。
「なんだったのお兄ちゃ――え?」
「本当に妹がいたのね」
静かに、だが凛花は驚いている様だった。凛花からすれば思わぬ伏兵だったからだ。
「どうしようお母さん。お兄ちゃんが女の子連れてウチに上がってきた」
「母さんは今はいないだろう」
「ええ、ウチの兄が? ええ?」
心底腑に落ちない様だった。……別にいいじゃないか。女の子と接点があっても。
澄乃は一瞬で冷静になり、まず焼いていたベーコンと卵を皿に移し火を止める。そしてエプロンを外して、凛花の正面に立つ。
「……」
「……こちらに敵対の意志はないのだけれど」
「……兄とはどういう関係で?」
斗真はゾっとしたが、凛花はむしろ堂々と答えた。
「彼が私と付き合ってほしいと言って――」
「——それは”嘘”」
澄乃がばっさりと切り捨てた。
「本当にそうなら兄は私に報告するはず。気持ち悪い挙動をしながら」
「お兄ちゃんをなんだと思ってるの?」
「つまり偽物ってわけ」
そう切り捨てた澄乃に、凛花は小さく笑って返した。
「ふふっ、観察力あるのね。妹さん」
「観察するまでもなく分かります。妹とはそういう生き物ですので」
なぜ妹はこんなに強気なんだろうか。そしてなぜ喧嘩腰なんだろうか。
「さあ食べますよお兄ちゃん。——あなたの分は当然ありません」
「ええ。構わないわ」
突き放す澄乃。冷静を崩さない凛花。
(気まずいなぁ……)
くらいの感覚でいる斗真。しかし水面下では激しい心理戦が繰り広げられていた。
まず凛花はというと――。
(てっきり一人っ子とばかり思っていたのだけれど、まさか妹がいたとはね)
テーブルに着く斗真。当然その横を座ろうとするが――。
「あなたは駄目です。ソファにでも座っていてください」
「……分かったわ」
言う通りにする。随分と嫌われたものね、となるべく平静を装うが――。
(今日で両親にご挨拶をして外堀を完全に埋めるつもりだったのに。誤算だったわ)
ソファに腰かけテレビの方を向く。しかし思考は常に斗真のことだ。
(しかし、私は何故こんなにも嫌われているのかしら。今後は無害アピールをして少しづつ絆していくしかないわね)
と、策略を練る凛花。
一方、澄乃はというと――。
(あんな美人がいきなりお兄ちゃんとくっつくなんてありえない)
なにか裏がある。そう睨んでいた。
しかし澄乃にはもう一つの考えがある。
(あんなのがいたんじゃ、ことねちゃんのつけ入る隙がない!)
そう。澄乃はことねの事を考えていたし、兄にふさわしいのもことねだと考えていた。昨日ウチに来た時も「さっさとくっつけよ」と思っていた。
だが、状況はそう単純ではなさそうだった。ことねは恐らく苦戦を強いられている。
(わたしが助けられることはないかもしれない。けど、ウチは凛花《この女》を受け付けない!)
静かにことねへの援護を決める澄乃。
かたや斗真はというと……。
(女の子どうしが出会うとどうしてこうなるんだろう。催眠、かけなおそうかな)
一人ベクトルが違う事を考えていた。
* * *
「じゃあ先に出るな」
「いってらっしゃいお兄ちゃん」
そうして斗真と凛花は通学路へと出た。
二人の間に少しの沈黙が流れた。それを破ったのは凛花だった。
「……いつもああなの?」
「ん、というと?」
「妹さん。不機嫌そうだな、と思っただけよ」
「あ~。家の家事はあいつがほとんどやってるから、それの邪魔されたのが気に食わなかったんじゃないか? ……俺も家事手伝いはするぞ?」
「そう……」
なんだか覇気のない凛花を不思議に思う斗真。右手にはスマホが握られていた。
「なあ凛花」
「なに?」
「はいこれ」
目の前に出された催眠アプリ。凛花は昨日の事を思い出す。——サブリミナル効果で情報が共有されるという話。じっくりと見た。
(”このアプリを使う者は理想の学園生活を望んでいる”……なるほど。それに次から次へ浮かぶこの顔ぶれは、昨日生徒会室に集められたメンツね。誰が共犯者か分かる、ということ)
あの時生徒会長が言っていたことが理解できた。他のみんなもこれを見ていたのね、と。
「……これを見せてどうだというの?」
「なんか……今の凛花は苦しそうだなって思って。”俺の前ではもっと素直になっていい”からな?」
凛花の心が揺れる。催眠が効いてないとか気づかない癖にそういうところだけ鋭いの、なんだというの。
(凛花って……いつも完璧すぎるくらいで、正直近寄りがたかった。でも今のほうが、ずっと“人間”だ)
斗真はそう思っていた。
「……、そういう命令?」
「命令っていうか、そういうんじゃ……アレ」
斗真は思った。アレ、催眠効いてなくない? と。しかしすぐに凛花は答えた。
「私って、嫌われやすいじゃない。どこへ行っても、だれと接してもそう。私は、あなたに迷惑をかけたいわけじゃないのに」
俯いて話す凛花。いつもの覇気がなく、そこにいるのは年相応の少女だった。
斗真は黙って聞く。
「私は、どうすればいいのかしら。このままではあなたも――」
「うん。今のままがいいんじゃないか?」
「え……」
「素直になる、ってだけの話だよ。だって今のお前、すっごい可愛いぞ?」
「な、何を言って……」
顔が熱くなる凛花。不意打ちの連打に頭がパニックになる。冷静でいられない。
「いつもの凛花って、完璧すぎるんだよな。だから人間臭くっていうか……」
「……弱くても、いい?」
「そうだな。そして誰かを頼るべきだ」
そう言われて心が軽くなるのを感じる。そう言う人だから、私は――。
「……そうね。”そう言われたら”、そうしなければね」
「凛花?」
「頼りにしているわ。——斗真」
その時の凛花の顔は、多分とても朗らかだったと思う。
* * *
昼。
「おーい斗真、学食——」
「斗真君。お弁当よ」
ガァン! 隣の席とドッキングする。
「……」
「……」
「ごゆっくり~……」
またしても斗真は捕まってしまうのだった。そして現れる重箱。
「いや毎回これはしんどくないか?」
「別に。”少し”多くなってしまっただけよ」
「少し……?」
なんてやり取りをしながら今日も昼が始まる。——と思っていた。
「——このクラスだったのね。やっとみつけたわ、藤宮」
クラスの中へ入ってくる小柄な少女——葛城一葉。
やはり波乱を持ってくるのは彼女、なのかもしれない。
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