第10話 暴かれし真実、語られしルール
「みんなちゃんと席に付いたようだな。偉いぞ」
パチパチと手を鳴らす生徒会長・皇城真雪。それに嚙みついたのは凛花だった。
「……ここに集められたのが、催眠アプリ被害者、というわけ?」
空気が張り詰める。緊張した空気。しかし動かすのはやはり真雪だ。
「被害者、か。君が言うのもおかしな話だがね」
「なんですって……」
真雪はホワイトボードを引っ張ってきて説明を開始する。
「まずは皆が気になっていること。それを一つづつ見て行こうじゃないか」
真雪がボードに斗真を書く。
「まず主犯……藤宮斗真は私を除いた五人に催眠をかけた、と思い込んでいる」
「えっ!?」
声をあげたのは一葉だった。
「なに、みんなあの催眠ってやつ見せられてんの?」
「そういうあなたも……」
「あれって私に試したんじゃ……」
ざわつく部屋。混乱が広がろうとしたところを真雪が制止する。
「順番に説明しよう。……といっても最初からイレギュラーなんだがね」
「……」
真雪が凛花に向ける視線を受けながらも凛花は気にしないといった素振りだった。
ボードに五人を書き足す。
「まず最初に催眠を受けたのは星野凛花だ。——だが彼女は”催眠の影響を受けていない”。カウントされていない一人だ」
「ちょっと待って! じゃあ何、あの日、あの行動は全部素面だったの!?」
ことねが言うあの日、というのは斗真と一緒に登校した日の事だ。あの日からすでに凛花は自分のための行動をしていた。だが――。
「私も催眠アプリを”見て”いるわ。だからあなた達の”ルール”を破るつもりはない」
そう毅然と答えた。そして重ねて真雪が告げる。
「あのアプリに”催眠効果”はない。だが”サブリミナル効果”が仕込まれていた。——あの画面を見せられた時瞬時に”ルール”を脳に刷り込まれたんじゃないか?」
「本物のサブリミナル効果……」
紗良が興味深そうに考え込んでいた。
きゅぽ、とペンの蓋を取る真雪。
「まず全員が分かっているだろう”ルール”の確認だ」
真雪はホワイトボードに新たな言葉を書き加えた。
《ルール1:催眠アプリの存在を知っている者同士は、真相を暴かない》
「これが、君たち五人が無言で共有していた“掟”だ。違うか?」
静まり返る教室。誰も口を開こうとしない。凛花でさえ、珍しく視線を逸らす。
そんな沈黙を破ったのは、一葉だった。
「……ちょ、ちょっと待ってよ。なにそれ。私、そんなルール、聞いてない」
「聞いていないんじゃない。気づいた上で“乗った”んだろう? 君も、自分が催眠にかかったフリをすることで、斗真の視線を独占できると考えたはずだ」
その言葉に、一葉の目が泳ぐ。だが否定の言葉は出てこなかった。
真雪は続ける。
「星野凛花、葛城一葉、如月ユナ、綾小路ことね、南雲紗良。……そして私」
それぞれの名前を挙げながら、彼女はボードに円を描いた。その中央には――藤宮斗真の名。
「彼には悪いが、私たちの間ではすでにゲームが始まっている。次のルールはこれだろう」
《ルール2:自分から恋心を匂わせてはいけない》
「ちょ、ちょっと待って! そんなの凛花《この女》は破りまくりじゃない!」
「違うわ。私は彼に”付き合ってくれ”と”言われている”のよ。——ただアプリの指示に従っているだけ」
「そんな……」
落胆することね。しかし、次の瞬間には顔を上げていた。
「だったら……、こんな茶番は終わらせてやるわ。すぐにでもアプリの事をトーマに伝えて私の思いを伝え――」
「っと、それは流石にお姉さんが許さないかな~」
「っ!?」
ことねの言葉を遮ったのはユナだった。普段ふわふわしている彼女だが、先ほどの言葉には、まるで拳銃の撃鉄を起こすかのような迫力があった。
「いいの? あなたの好きな人は”この学園でのハーレムを望んでいる”。それをぶち壊してあなたの一人よがりの世界にしてしまって」
「——っ、それでも――」
「少なくともここにいる五人は絶対に許さないだろうけど」
ことねは先ほどのユナの発した言葉が起こした撃鉄は一人分ではない事を知る。全員の銃口が自分に向けられていると気付いた。
ことねは椅子に座り直し、下を向いた。
「言っておきますが――」
そう切り出したのは南雲紗良。文学少女は構えた銃口は降ろさず、臆さず、宣誓する。
「私も彼を諦めるつもりはありません。……なんだか舐められている気がしたので、一応」
「わ、私だって!」
続いたのは葛城一葉。
「あいつに思うところが無いわけもない、というか……」
「ふ、一番やんちゃそうに見えて、意外と奥手なんだな」
「う、うっさいわね。私にはわたしのやり方があるってだけ!」
茶化したりもしながら真雪はまとめていく。
「さて、この上記二つのルールだがこれはアプリ側から刷り込まれた知識だ」
「待ちなさい」
遮ったのは凛花だ。
「ずっと疑問だったのだけれど、皇城はどうやって催眠者を割り出したの?」
「——ああ、一番最初の君には分かりようがないな。簡単だ、アプリが今までかけてきた人間を教えてくれる」
「……どういうこと?」
「ルールを刷り込まれた時と同様に、催眠にかかっている人間の顔が浮かぶんだよ」
「でも名前までは分からないんじゃないかしら」
「そこは、な。私が腐っても生徒会長だという話だ」
「そう……もう質問はないわ」
さて、と真雪は手を叩いてペンを抜く。
「ここからはアプリルールではなく、あくまで私たちの間での”ルール”の話をしよう」
きゅっきゅと書き足していく。
《ルール3:命令には協力してフリを続ける》
「常に一対一とは限らない。我々が手を取り合うタイミングもあるだろう」
続けて真雪が話す。
「”彼には催眠アプリは本物だと思わせ続ける”これは第一だろう。だが彼が無茶ぶりをしてきたら? 一人では難しいこともあるだろう。そこで協力するというわけだ」
「え~、いらなくない?」
「誰もが君のように強かではないのだよ、ユナ君。それに――誰かさんのせいで全員の努力が水泡に帰すのもいやだろう」
ことねがピクリとする。
「さて、ここで終わってもいいが、最後のルールを決めようか」
真雪はボードに書いていく。
《ルール4:藤宮斗真に告白された者が勝者となる》
「あら、じゃあ私の一人勝ちじゃない」
「本当にそうか? 君が言われたのはただの実験で”付き合ってくれ”とだけだろう? ”好き”だなんて言われていないはずだ。——もっとも、教室での君の行動は目に余るものがあるが」
「ちっ……」
凛花は一歩も引かなかったが、勝ち逃げとまではいかなかった。
「と、こんな感じだろうか」
《ルール1:催眠アプリの存在を知っている者同士は、真相を暴かない》
《ルール2:自分から恋心を匂わせてはいけない》
《ルール3:命令には協力してフリを続ける》
《ルール4:藤宮斗真に告白された者が勝者となる》
「以上だ。なにか質問があるものは?」
誰も手を挙げなかった。質問しなかったのではなく、各自が作戦を練っていたのだろう。
「では解散だ。——この学園生活がどこへたどり着くか、見届けようじゃないか」
* * *
一方その頃、斗真は……。
(アプリの使用残数も「0」になってるってことは生徒会長は確実に当たっているという事だ。やっぱり最初の五人のだれかが……)
と、真剣に考える一方。
「平和だなぁ。たまにはこういう日があってもいいかもしれない」
一人帰る斗真。——そんな日は二度と来ないと知る由もなく。
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