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第1話 催眠アプリ(偽)

  私立星嵐学園。中高一貫で、俺こと藤宮ふじみや 斗真とうまも中学から通っている普通の学生だ。

 青春とは縁のない生活を送ってきた俺だが、そんな俺も晴れてこの春から高等部へ進学することになったわけだが……。


「斗真」「とーま」「斗真さん」「藤宮君」「斗真様」


 ああ――あの頃では想像すら出来なかっただろう。

 俺が、催眠アプリで大ハーレムを築いているなんて……!


「ふふ……フハハハハハ!!」


     *     *     *


 時は遡り入学直後の話になる。入学式もホームルームも終わり、教室で待機している時間だ。

 スマホを手にころころと画面を動かし、ネットサーフィンをしていた。すると――。


(まただ、この広告。”催眠アプリ”ねぇ)


 ちょっと気になったのでタップする。画面が遷移し、ダウンロードページに飛ばされる。


(ちゃっかり120円取んのかよ。で、謳い文句が”理想の学園生活をあなたに”ねぇ)


 俺は一人、その”催眠アプリ”とやらをじっと見ていた。

 詐欺? そうだろうな。うさん臭い? まちがいない。

 でも俺には――120円払ってでも手にしたい青春があった。


 クラスの話題は学級委員という、俺に言わせれば雑用係を決める話になっていた。

 無論そんな面倒な存在になる気なんてない。——そう思っていた。


「では学級委員は――藤宮斗真さん。おねがいできますか」

「……。はあ!? 俺!? なんで!?」


 突然の飛び火に驚く。なんで俺が指されているんだ!?


「藤宮さんは中学でも学級委員をやられていたとか。なら慣れた方にやっていただいた方が便利……得策かと」

「それは、確かにやっていたが……」


 あれは俺が”青春”に憧れていた時の話。学級委員になればあんなことやこんなこともあるだろうと思い立候補した。……けど、別に何もなかった。ただの雑用だったし、誰かと仲良くなることも、笑い合うこともなかった。……あとさらっと便利とか言わなかった?


「そ、それを言うなら今まとめをしている星野さんの方が適任じゃないか?」


 前に立っているのは星野凛花ほしの りんか。ロングでさらさらな黒髪に凛とした顔立ち、大和なでしこと言う単語が似合いそうなザ・和風美人だ。その美貌は中学の頃から伝わっており、話す姿はまるで秘書か管理職のようで、どこか近寄りがたい雰囲気すらある。狙う男子も多かった――俺もその一人だった。

 だった。というのは去年の終わりごろか、星野さんに彼氏が出来たという話が上がったからだ。それで男子は軒並みK.O.。


「はぁ……、分かりました。ですが私は副学級委員ということでお手伝いはします」

「いや! 俺は学級委員には――」


 ——理想の学園生活をあなたに。


「っ!?」


 今、誰かが囁いた気がした。それは、その文言は、催眠アプリの……。

 今ここで立候補し、彼女との接点を作る。そして催眠アプリを使えば……。

 乗るべきか、狂気の渦。

 何もなければ笑われて終わり。いいのか?

 俺の青春に、俺自身がオールインしなくてどうする……!


「……乗った」


 俺は答える。学級委員という立場をものにしてみせる!


「やるよ、学級委員。そのかわり仕事はちゃんと振るからな」


 そうだ。これでいい。これで……。


 ……。


(いやいや、なにやってんの! 冷静になれって!)


 あの後、クラスは解散。みんなは下校となったが学級委員と副学級委員は残ることになった。

 俺はというと……トイレの個室に駆け込み急いで携帯を見ていた。


(これだ、催眠アプリ)


 ダウンロードページへ飛ぶ。しっかり120円取られるようだ。親になんて言おう。

 だが……、ええい! 安いもんだろ、青春への投資だと思えば! タップ!

 ……ダウンロードは一瞬で終わった。ますます怪しいが、まずは起動。


(え~っと、なになに……)


1.アプリ起動後、画面中央の「催眠ボタン」をタップ。

2.表示される画面を催眠対象に三秒見せる。

3.催眠完了です。相手は貴方のいいなりです。効果は半永久的に続きます。

4.催眠内容を更新したい場合は再度2の手順を行ってください。

5.催眠を使える回数は「五回」です。ただし催眠の更新には回数を消費しません。

6.催眠の回数を増やしたい方は→こちら←


(え~っとつまり、画面を見せればいいってことか)


 それだけ確認し、トイレを出る。使えてくれよ……!


 教室に戻る。中には星野凛花が一人座っていた。


「いやぁ悪い悪い。腹の調子が悪くってさ」

「はあ、別に構いませんが。さっさと終わらせますよ。——彼氏が待っているので」


 その言葉にドキリとする。やっぱりホントだったのか、彼氏の噂……。

 それでも――やるんだろう? 俺は、もう後に引けないんだ……!


「それで、学級委員の仕事ですが――」

「ああ、それなんだが、これを見て欲しい」


 行け! 催眠ボタン、ポチ!


「……。なんです? このぐるぐる?」

「え、ああほら、錯視とかいうやつだよ。何がみえるかなーって、はは……」


 ダメ、か? やっぱりただのおもちゃだったのか……?

 もう三秒以上は経っただろう。効果が出てもいいはずだが……。


「では話を進めますよ。——せっかく二人きりになれたんですから」

「……え?」


 なんだ? 聞き間違いか? あるいは言い間違い? 星野の声は、さっきまでの冷静さとは少し違っていた。その頬に、ほんのり朱が差している。 


「あの、彼氏が待ってるっていうのは?」

「彼氏? ああ、そんなの嘘ですよ。いつまでも男子の目線が鬱陶しいから、嘘を流しました」


 そうだったのか……。じゃなくて! これって、催眠状態?


「なあ、一つ聞くが……。——俺の言う事、全部聞くか?」


 何を言っているんだ俺は! でも、これは確認のためで――。


「? はい。”言う事全て、なんでも言う通りにします”よ? ——それがなにか?」


 ま、間違いない。これは――本物の催眠アプリだ!

 ……ふふ、クク――。


「うわ、なんかニヤニヤしてる……」

「い、いやいや!? なんでもない、なんでもないから! その辺の資料、整理しといてくれ!」

「え? 別にいいですけど……って、どこ行くんですか?」

「ちょっと気分転換! 星野も適当にサボっていいぞ!」



 意気揚々と教室を出る。ああ、感情の爆発が止められそうにない! 今すぐにでも駆けだしたい気分だ!

 さて次はどうする。あの星野凛花を自由に操れるんだぞ。ああ、ニヤけで顔が痛い。


「あれ、とーまじゃん。どうしたのこんな時間に。……あっ、さては学級委員に選ばれたな? あはは!」


 そう声をかけてきたのは、今は隣のクラスにいる、綾小路ことねだ。明るくスポーティな活発少女で……俺の幼馴染だ。


「なんだ、そういうお前は……ああ、部活だな」

「そ、高等部になっても変わらずバレーをすることになりそう」


 こいつとは長い付き合いになる。……真偽を確かめるならチャンスか?


「なあ、ちょっとコイツを見て欲しいんだが」


 そういって催眠アプリを取り出す。ことねは素直だ、じっと画面をみている。


「……で、これが今の流行りなの?」

「まぁな。ところで、俺の言う事を聞く気になったか?」


 過去のことねとのやり取り的に、普通であれば――。


「な~に変な事言って。また変な遊びでもしてるんでしょ」


 ……といってはぐらかすはずだ。さあどうだ……。


「……。もちろん! ”なんでも言う事聞く”、よ? ……とーまは何がしたいの?」

「……!」


 少し恥じらいを見せながらも、そう答えた。やはり間違いない。これは本物のアプリだ――!


「わ、悪いなことね。ちょっと用事があるんだった。またな!」


 またねー! と背中に声を受けながら廊下を駆けだす。ああ、楽しい! これまでの人生の中で一番輝いている。サイコーの気分だ。現実が夢に追いついた瞬間って、たぶんこういうのを言うんだろうな。

 勢いよく駆けたまま、廊下を曲がろうとした。その時——。


「! しまっ――」

「きゃ――!?」


 小さな身体がこちらに倒れ込んできた。俺は慌てて支えようとして、そのまま受け止める形に。両手で彼女の肩を掴む――が、バランスを崩し、そのまま床に倒れ込んでしまった。

 ドン、と鈍い音。気がつけば俺は彼女を庇うような体勢で倒れこみ、見上げてきたのは――。


「っ……。ごめん大丈夫か?」

「……」


 ぶつかった相手は 南雲なぐも 紗良さらといって小柄でかわいらしい小動物系の女の子で結った髪のおさげがなんとも文学少女の雰囲気を出している。

 ……少女は答えない。代わりに何か、潤んだ目で訴えている。


「……この体勢、変じゃないのですか?」

「いや、そういうつもりじゃ……ただ、倒れたから……」


そう言いながら、俺はすぐに身を起こそうとした。


「……そうですか」


 紗良はしばらくじっと俺を見つめていたが、やがて無表情のままゆっくりと口を開いた。


「——一年二組、藤宮斗真」

「は、はい!?」


 なんだろう、小柄な少女のはずなのに大きな圧を感じる……。


「私を押し倒して、不埒なことをしておいて何事もなく……なんて都合が良すぎるとは思いませんか?」

「いや、でも今回のは事故っていうか……」

「シャラップ。さて、どう風紀委員に晒し上げたものか」


 なんだか恐ろしい事を言っている気がする! ……っ、そうだ、こういう時こそ。


「なあ南雲。少しでいいこれを見てくれないか?」

「なんです? この催眠アプリみたいなものは」

「いや、えっと……」


 その例えが的中で心臓が跳ね上がる。しかし、効果はあるはずだ。頼む!


「……まあ、誠意があるというなら”なんでも言う事聞いてあげてもかまいません”が」

「……! そうか! じゃあ、今回の事は事故ってことで、よろしく!」


 どうやら上手くいったらしい。催眠とはいえ許しを得たわけだし、まあいいか。

 そして、その場を去った。いやぁ、あんな使い方良くないんだろうけど、でも出来るんだし、やっちゃっても、ねぇ?

 よくはないよなぁと思いながら階段の方にやってきた。上の階で少し心を落ち着けようかと考え、階段の一段目を登りかけた時——。


「あっ――」

「!」


 階段の上にいた学生、その短なスカートの中が見えた。……いや、紳士の心に誓って詳細は言うまい。だが、理性を保つのに必死だった。

 その学生は勢いよく階段を降りてくるとこちらに詰め寄ってきた。


「ちょっとあんた! ……見たでしょ」

「な、なんのことやら……」

「とぼけるな! 顔に書いてあるんだから!」


 なんていうことだ。ラッキースケベはバレないからいいのであって、バレてしまったら犯罪みたいなものじゃないか。

 相手は葛城かつらぎ 一葉いちは。ある意味で学園の有名な女子だ。見た目はかわいいこともあってよくモテるのだが、告白した男子はその毒舌によって深い心の傷を負わされるという。できれば敵にしたくない相手だ。

 ・・・・・・でもよ、こんな状況でもなんとかなるんじゃないか?


「あんた何組? 言っとくけど、明日にはあんたの悪い噂でクラス中が──」

「悪い。コレ見て」


 催眠アプリ起動! これで言う通りになるはず!


「・・・・・・なによ、コレがどうしたっていうのよ」

「あ〜、それよりさっきの事。無かったことにしてくれないか?」

「・・・・・・まぁそれくらい"言う事聞いてあげなくもない"ケド」


 そら見ろ! 成功した!


「そっか! それじゃあな!」

「ちょっと! 他の女のところにいったら許さないからねっ!」


 やっぱり催眠アプリ最強だ! 次々と女の子が俺のいいなりになっていく! ハハッ!

 嬉しくて廊下を駆ける。俺の学園生活は輝きに満ちている! フハハ!


「そこ。廊下を走らない」

「っと」


 何者かに声を掛けられる。優等生か? 風紀委員か? なんて考える心に余裕がある。


「……っぷ。な~んて、アタシらしくないか~」

「え、あなたは……」


 そこにいたのは如月 ユナ。美しく丁度良い褐色肌がまぶしい超純粋なギャルだ。高校生活が始まったばかりなのにおしゃれに気崩した制服に、引き締まったお腹が見えている。

 こちらも噂で聞いたことがある。中学時代からいろんな男子を食っていったという恐ろしい肉食タイプだと。


「ノリで風紀委員に立候補したけど、やっぱアタシには似合わないか~」

「そ、そんなことないですよ!」


 そういいながら右手はスマホに手を掛けていた。このギャルも、いやいや風紀委員を味方に付ければ心強いしな! な!


「あれ、そういえば君どっかで……」

「ちょっと、これを見てもらってもいいですか?」


 催眠アプリ起動。これでどうだ。


「へ~、変なぐるぐる。何か催眠にかかりそう」


 その言葉にドキッっとしたが、今はこのアプリを信じる!


「……で、俺の言う事を聞いてもらえますか?」

「……あはっ、”なんでも言う事聞くのに”そんな畏まる必要なくない?」


 ……効いた、のか? 何か試してみるか。


「……今日のパンツ、何色ですか」

「え~どんなだっけ」


 そういうとおもむろに自分のスカートをめくりだす。そして露わになる黒のレースの入ったちょっとエロティックなパンツ。


「こんなんだった~」

「わ、分かりましたからスカート下してください!」


 周りに人がいなくて良かった。二人して変態扱いされるところだった。……だがさすがにこれはやりすぎか。自重しなくては。

 とはいえ、これで効果は分かった。確実に効いている。


「じゃ、俺戻らなきゃいけないので!」


 ばいばーいと手を振るユナを背に自分の教室まで走って戻る。

 夢じゃない。催眠アプリは本当にあったんだ!


「……ただいま」

「もう、遅いじゃないですか。ほとんど仕事は終わりましたよ」


 教室に帰ると。書類をまとめ上げた凛花が待っていた。普通はもっと怒るものだろうが……。


「ああ、悪い悪い……。——なあ凛花」

「はい。なんです?」


 突然の名前呼びにも特に反応を示さない。なら、一歩踏み込むか。


「俺達、付き合わないか?」

「……」


 あ、あれ、レスポンスが悪いな。もしかして催眠が切れた? それとも流石になんでもっていうのは――。


「いいですよ」

「——!」


 ややあったがその言葉を引き出せた! 俺はクラス一の美少女・星野凛花を彼女として手にすることが出来た!


「どうしたんです? 顔がにやけてますよ」

「ああ、これは、あれだよ。安心したというか――」


 凛花は動揺が表に出ている俺の耳元まで接近してきてこう言った。


「——そんなに嬉しかったんですか? ——斗真様?」


 小悪魔的なその言葉に理性が吹っ飛びそうになった。何とか耐える。そういうのはもうちょっとしてから……。


「じゃぁ……一緒に帰りましょうか」


 そっと手を握られる。緊張で背中がじんわり熱くなる。

 そうして俺たちは、二人で学校を後にした。青春サイコー!


 ……。


 そして今に至る。

 学園ハーレムを築くという第一歩を踏み出した俺。


 大和なでしこ系美少女、星野凛花。

 スポーティ幼馴染、綾小路ことね。

 儚げミステリアス文学美少女、南雲 紗良。

 毒舌ツンデレ系美少女、葛城 一葉。

 姉御的ギャル、如月 ユナ。


 この五人と俺の青春を彩っていく。


「ふふ、フハハハハハ!!」


―――――――――――

【視点変更:女子ーズ】

―――――――――――


「ふふ、フハハハハハ!!」


 浮かれている斗真。その背を見ている女子五人。

 彼女たちは知っている。催眠アプリなぞ、なんの効果も持たないことに。

 勝手に有頂天になっている斗真を見ながら各々は考える。


(分かっているわね)

(もちろん)

(催眠に掛かったフリをして……)

(藤宮君には)

(約束を果たしてもらう)


 五人が結束し、しかし己の目標を果たさんと動く。互いを利用し、互いを監視する。そんな静かな戦いは既に始まっていた。


(((((絶対責任取ってもらうんだから!)))))


 彼女たちは、それぞれが思惑を持って動いていた。

 それを知らない間抜けな男が一人……。


―――――――――――

【視点変更:斗真】

―――――――――――


 帰宅後。俺はベッドに飛び込んだ。


「いや~最高の一日目だったな~。催眠アプリが本物だったなんて」


 そういってスマホを取り出し、アプリを見る。


(これのおかげで人生が――ん?)


 アプリの中段あたり、説明が書いてあるところ。

 そこにこう書かれている。


 催眠使用・残数「1」


(どういうことだ? 俺は確かに五人に催眠をかけたはず)


 考える。これがどういうことか。


(あの中に一人、かかったフリをしているやつがいる?)


―――――――――――――――――

お読みいただいてありがとうございます。

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