さよならフェイト、もう一度リリアに会うために
世界から、リリアが消えた。
昨日まで一緒に笑って、泣いて、手を握ったはずなのに。
朝起きても、彼女の気配はどこにもない。記録も、記憶も、周囲の人間の認識すら──全てが、なかったことにされていた。
「そんなの、認めねえよ……」
俺は、フェイトが遺してくれたRewriteキーを握りしめていた。
彼女の存在も、今や不安定だ。
観測者として禁忌を犯した代償──ログがバグを起こし、世界から少しずつ弾かれつつある。
そのフェイトが、最後に託してくれた願い。
「リリアさんを、取り戻して」
だから、行く。
世界の裏側へ──リリアが消された場所へ。
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Rewriteキーを発動すると、視界がぐにゃりと歪む。
落ちるような、浮かぶような感覚。
気がつけば俺は、灰色の空と無数の断片が漂う空間にいた。
ここは、《因果抹消領域》──
存在が不適切と判断された情報が破棄される、いわば運命のゴミ箱。
「リリア……どこだ、リリア!」
声は反響し、どこまでも響く。
そのとき、ひとつの欠片が光を放ち、現れた。
そこには、リリアがいた。
ただし──彼女はまるで、人形のようだった。
目には光がなく、何も反応しない。自己すら持たない、抜け殻のように。
「おい……リリア、聞こえるか!? 俺だ、悠真だ……!」
手を伸ばしても、反応はない。
それでも、俺は語りかけ続けた。
俺たちが一緒に歩いた日々。
ミラレーナの大聖堂で交わした言葉。
何度も手を伸ばし、伝えた想い。
「運命なんて、書き換えるためにある。俺が、そう言っただろ……!」
何度目かの叫びの後、微かに、彼女の指が震えた。
「……ゆう、ま……さん……?」
その声が、俺の胸を貫いた。
「そうだ、俺だ……戻ろう、リリア」
「……こわい。わたし、消えたはずなのに……記憶も、夢も……何もなかった……」
「もう大丈夫だ。俺が、迎えに来た。絶対に連れて帰る。もうお前を、存在しなかったことにはさせない」
ゆっくりと、リリアの瞳に色が戻っていく。
握った手に、確かな温もりがあった。
その瞬間、足元から黒い霧が巻き上がる。
《抹消管理システム》──存在を戻そうとする意志への、反作用。
この空間は、修復を拒む者を許さない。
「くそ……!」
「悠真さん!」
リリアを抱きしめたまま、俺は最後のRewriteキーを使った。
「Rewrite──存在構造、補完宣言。対・リリア・ルート再編成。この想いが、真実だって……世界に、叩きつけてやる!」
世界が、光に包まれた──
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気がつけば、俺は寮の自室にいた。
となりには、あのときと同じように、リリアが眠っていた。
「……帰ってこれた、のか」
目を開いたリリアと、目が合った。
「おかえりなさい、悠真さん……」
それだけで、全て報われた気がした。
だが。
フェイトの姿は、どこにもなかった。
部屋にあるRewriteコンソールの記録も、完全に白紙になっている。
彼女は、あの行為の代償として──完全に観測ログから削除されたのだ。
それでも。
夜、空を見上げたとき、不意に風が吹いて、何かが頬を撫でた気がした。
──ありがとう。あなたの選択は、ちゃんと届いたよ。
そんな声が、遠く、微かに聞こえたような気がした。