消去される恋、救う方法(バグ)
「リリアさんの存在が、不安定化しています」
フェイトが告げたその一言は、あまりにも冷静で、だからこそ恐ろしかった。
「……どういうことだよ、それ」
「本来の正規ルートが有効化されたことで、並列構造にあった分岐──つまり、リリアさんとのルートは上書き対象になりつつあります」
「上書きって……まさか」
「このままでは、彼女の存在そのものが、この世界から消える可能性があります」
そう、それは物語の強制修正。
ゲームでいうなら、フラグの打ち消し。
記憶が、絆が、想いが──なかったことにされる。
「……ふざけんなよ。そんなの……」
「でも、それが運命の正解なんです」
静かに告げるフェイトの声は、どこか自嘲的だった。
「運命は一本道でなければならない。だから、バグが生まれるんです。リリアさんも、私も、正規の構造にいない存在。あなたが正解へ進むためには、削除されなければならない」
「だからって、それを受け入れろってのか!?」
叫ぶように言った俺の声は、寮の中庭に虚しく響いた。
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翌朝。
リリアの様子が明らかに変だった。
何かを忘れかけているような、ぼんやりとした目。
俺の声に反応はするのに、昨日話したことを思い出せない。
「悠真さん……昨日、私……どこにいたんでしたっけ……?」
「リリア……?」
「ごめんなさい、なんか最近、ぼーっとしてて……」
それは、消去の兆候だった。
存在が薄れていくように、記憶が巻き戻されていく。
「フェイト、止められないのかよ! 何か方法はないのか!」
「……ひとつだけ、あります」
フェイトはゆっくりと、言葉を選びながら答えた。
「Rewrite権限を、本来の適合者であるティアさんではなく、リリアさんに一時移譲する。それによって、正規ヒロインとしての定義を書き換えることができます」
「そんなこと、できるのか……?」
「理論上は可能です。ただし、それは私にとって禁忌です。観測者は物語の構造を守る存在。Rewrite権限の不正移譲は、私自身の存在を危険にさらす行為になります」
「……お前が、消えるかもしれないってことか」
フェイトは、静かに頷いた。
「でも──それでも。私は、あなたに選んでほしいから。選ばれない存在としてじゃなくて、一人の想いを持つ存在として、あなたに届いてほしい」
その言葉が、胸の奥に刺さる。
彼女はずっと、選ばれないことを前提に隣にいた。
でも今、選ばれる可能性を自ら手放してでも、リリアを救おうとしている。
「……いいのかよ、それで」
「いいわけないです。だけど……わたし、リリアさんが消えて、あなたが悲しむ顔を見たくないんです。だから、バグでも、ズルでも、構わないって思ってしまうんです──それが、私の恋なんです」
言葉にできなかった。
俺が何を選ぶべきかなんて、もうわからなかった。
ただ、はっきりしているのは──
このままじゃ、誰かが消える。
そして、俺がそれを選ぶ側であるという現実だけ。
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その夜、リリアが姿を消した。
寮の部屋にはいたはずなのに、気づけばまるで最初から存在しなかったように、すべてが空白になっていた。
「リリア……!? どこにいるんだ……!」
叫んでも、返事はない。
まるで世界が、彼女を最初からいなかったことにしようとしているかのようだった。
そのとき──
「悠真さん!」
フェイトが駆け込んできた。
「まだ、間に合います。私のRewriteキーをあなたに渡します」
「……フェイト、お前──!」
「覚えておいてください。バグでも、不完全でも、わたしは、ちゃんと、あなたを好きでしたから」
その瞬間、フェイトの手が光に包まれる。
彼女の身体が、少しずつノイズのように揺らぎ始めていた。
「やめろ、やめろフェイト! それ以上やったら──!」
「リリアさんを救って。お願い、悠真さん」
──眩い光の中で、フェイトの姿が、ゆっくりと消えていった。