本来のヒロイン、現る。
ミラレーナの町を出て数日。
感情の停滞現象を解決した俺たちは、次の目的地『ルーミア学園都市』へと向かっていた。
「ここが……学園都市か」
高い塔と、水路が走る美しい町並み。魔導学と騎士学が融合したこの都市は、冒険者の登竜門であると同時に、俺たちの旅の中継地点でもある。
俺たちはこの町で数日間滞在し、補給と情報収集をすることになっていた。
リリアとの距離は、以前より確実に近くなった。
手をつなぐことにも、並んで歩くことにも、もう抵抗はない。
だけど──
「悠真くん……だよね?」
その声が、すべてを変えた。
振り向いた先に立っていたのは、制服姿の少女。
透き通るような金髪に、真っ直ぐな藍色の瞳。整った顔立ちと、品のある立ち居振る舞い。
見覚えのないはずなのに、どこか懐かしさを感じた。
「わたしの名前は、ティア=フォルセリア……あなたと出会うために、ここに来たの」
その言葉が告げる意味は──あまりにもはっきりしていた。
「まさか……この子が……」
フェイトの声が震えていた。
「はい、正規ルートのヒロイン。悠真さんが本来、運命的に出会うはずだった存在……その人です」
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学園都市のゲスト寮で、俺たちはティアと改めて向き合っていた。
「ティアさん……ですか。どうして、急に……?」
リリアが問いかける。ティアは、静かに微笑んだ。
「私、ずっと待ってたんです。運命の相手──Rewriteの適合者が、わたしのもとへ来るのを」
「Rewriteの……?」
「私は、フォルセリアの神託で選ばれた巫女。あなたの力を引き出すために存在する、本来のパートナーなんです」
頭が混乱していた。
ティアの語る内容は真実味があり、何より彼女の存在そのものが自然すぎた。
まるで、ここにいるのが当然だったみたいに。
「つまり、悠真と最も運命的に結びつくはずだったのは……このティア、というわけです」
フェイトの言葉が、どこか苦く響いた。
「じゃあ……私は、やっぱり間違いなの……?」
リリアの声がかすれた。
言わせたくなかった。絶対に、もう二度と。
「ちがう。俺は、リリアとの旅で、今の力を得た。誰と出会うはずだったかなんて、今の俺にはどうでもいい」
「……そうですか」
ティアは、ほんの少しだけ目を伏せた。
「でも、それでも──私はここに来た。だってあなたは、私の運命だから」
その言葉は、まっすぐで、どこか切実だった。
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その夜、俺は一人で寮の中庭にいた。
星空を見上げながら、胸の中のもやもやを吐き出そうとしていた。
そこに、フェイトが現れる。
「混乱してますか?」
「まあな。急に正解が出されたみたいで……こっちの想いが、間違いみたいに思えてくる」
「……運命の正解って、たいてい、誰かの幸せの排除で成り立ってるんです」
「……?」
「ティアさんが正解なら、リリアさんは排除される。リリアさんが正解なら、ティアさんが、過去の誤算になる……そして私は、最初から選択肢にすら入らないバグです」
「……お前、それでいいのかよ」
「いいわけ、ないですよ」
フェイトは、どこか苦笑のような顔をした。
「でも、それが、私の位置ですから。それでも──それでも、見守りたいって、思ってしまうから……わたし、やっぱりバグなんですよね」
そう言って、彼女はそっと夜空を見上げた。
静かで、強がりで、少しだけ泣きそうな横顔だった。