恋は一本道じゃないらしい
「──この町、なんか……変だな」
「ええ、雰囲気がちょっとおかしいです。人通りも少ないし、空気が妙に静か」
俺たちがたどり着いたのは、旅の途中で通りがかった中規模の町
フォルセリア神殿へ向かう道中、補給と休息のために立ち寄った町だったが──
何かが、引っかかる。
人々の顔がどこか暗く、店の看板も半分は閉じられていた。
「……これは、停滞因子の影響かもしれませんね」
フェイトが言った。
「運命の流れに障害がある場合、こうやって町全体の感情の推移が止まるんです」
「つまり、この町も何かのエラーに巻き込まれてるってことか」
「簡単に言えばそうですね! で、ユーくん!」
「呼ぶなっつってんだろ、その名前!」
「ユーくんには、この町で、恋の兆しを起こしてもらいます!」
「……は?」
唐突にぶち込まれた単語に、頭が追いつかない。
「この町では、愛の流れが停滞していて、住人同士の絆が結ばれない状態にあるんです。原因を探るには、まずあなたが、誰かと恋の可能性を見せつける必要があるかと!」
「いや待て、何その無茶振り」
「恋愛ゲームですから」
「そんなノリで言うな!」
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──で。
俺は、リリアと二人きりで街を歩いている。
「……フェイトさん、わたしたちを、恋の兆しって言ってましたけど」
「うん、まぁ。俺たち、たしかに、仮想的にはカップル扱いなんだろうな」
リリアはほんの少し顔を伏せて、小さく笑った。
「仮想的でも、嬉しいですよ。わたし……間違ってる存在でも、悠真さんの隣を歩けるの、幸せだから」
その言葉に、思わず胸が痛む。
彼女は、ずっとそれを間違いとして抱えてきたのだ。
でも今、確かに俺は──
「間違ってても、俺はお前と出会えてよかったと思ってるよ」
静かにそう返すと、リリアは一瞬、きょとんとした後──
「……ふふ。ずるいですね」
と、照れくさそうに笑った。
そのとき。
「──それ、ほんとに、リリアさんへの気持ちですか?」
横から差し込んできた声。
振り向くと、そこには買い出しに行っていたはずのフェイトが立っていた。
笑ってはいるけれど、どこかその瞳は試すようだった。
「……何が言いたいんだよ?」
「ただの確認です。だって、あなたは、まだ選んでませんから。
リリアさんを、恋愛対象として選ぶのか。それとも──」
「……それとも?」
フェイトは、少しだけ視線をそらした。
「いえ。観測者の発言ではありませんね。失礼しました」
その口調はいつもの調子だったが、どこかに冷たさが混じっていた。
俺は言葉を失った。
なぜなら、自分の中で、答えが揺らいでいたからだ。
──リリアのことは、大切だと思う。
けど、フェイトの笑顔や、たまに見せる不器用さが、最近妙に気になる。
仮の存在のはずなのに。
人じゃないと分かっているのに。
「……フェイト」
「あれ? 今、名前呼びました?」
「いいから、ちゃんと話を──」
「──ッ、やめてください」
フェイトは、ぴたりと足を止めた。
「……私、観測者です。恋愛感情を持たないし、持つ資格もないんです。だから、あなたが、誰かを選ぶとき、私はただのシステムでいないといけない」
そう言った彼女の目に、うっすらと涙が浮かんでいるように見えた。
俺は──動けなかった。
自分が、彼女の中の何かを揺らしてしまっているのだと気づいて。
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その夜。
フェイトは一人、町の鐘塔の上にいた。
「やっぱり、私は──バグなんだなぁ」
小さく笑うその声は、誰に届くこともなかった。
運命は一本道のはずだった。
なのに、気づけば恋は枝分かれし、感情は数式からはみ出していた。
「……悠真さん。わたし、きっともう、あなたの正解にはなれない」
誰にも聞かれないその独白だけが、夜空に溶けていった。