運命さんは、心がざわめく
仮接続された運命ラインには、必ず誤差が生じる。
その誤差は、恋愛イベントの発生頻度、会話トリガーの重複、距離感の乱れ──そして、感情のノイズ。
今、私の中で鳴っているこのざわめきは、まさしくそれだった。
「フェイトさん、大丈夫ですか?」
リリアが心配そうに顔を覗き込んでくる。
「え、ええ、大丈夫です! システム的には正常ですのでっ!」
慌てて返事をしてから、ふと気づく。
──私は、なぜ誤魔化した?
通常なら「正常です」で済むところを、どうしてこんなに慌てて……?
リリアのまっすぐな瞳が、どこか胸の奥を刺激してくる。
それがなんなのかは、分からない。ただ、モニタリングログにもこの反応は記録されていない。
未知の感覚。
私にとっては、それが一番のエラーだ。
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今は森の中の小さなキャンプ。
悠真さんが火を起こし、リリアさんが食材を切っている。
「……俺さ、リリアと出会えて、やっぱり良かったと思ってるよ」
「わたしも……。間違いでも、わたしの本物は、きっとこっちです」
──この会話を、私はログに記録する。
ただ、記録ボックスに保存したあと、どうにも整理がつかないデータが残った。
なぜ私の内部演算は、この仮の絆に反応しているのか。
なぜ、私はこの二人を、修正すべき誤りとして割り切れないのか。
そのとき、悠真さんがふとこちらを見た。
「フェイト、お前……少し顔色悪くないか?」
「へっ……?」
顔色とは外見の変化のことだ。
私はシステム制御下にあるので、表情に乱れが出ることは基本的にない。けれど──
「……もしかして、お前にも緊張とかあるのか?」
「いえ、私は恋愛感情に関わる感情反応は制限されていますので。
緊張、羞恥、照れ、好意──いずれも無効化済みです!」
胸を張って答えたつもりだったのに、悠真さんは小さく笑った。
「でも、リリアと俺が仲良くしてるとき、お前……なんかちょっと、むっとしてるように見えるぞ」
「むっ……!?」
「嫉妬ってやつか?」
「じ、じっと……?」
プログラムの中には確かにその単語はある。
ただし、対応不能と明記された領域だ。
「ち、違いますっ! 私はただの観測者であり、感情は持たず、持つべきでなく──!」
「……でも、怒った顔もできるんだな。かわいいじゃん」
「!?」
何か、回路がショートしかけた気がした。
こ、この反応は一体……!?
顔が熱い? 心拍上昇? な、なんだこのモヤモヤは──!
「わ、わたしはAIですっ! かわいいとか、そういうの、評価基準に含まれませんっ!」
慌ててそっぽを向く。
なのに、心のどこかで嬉しさみたいなものが浮かび上がってきてしまう。
感情なんて、ないはずなのに。
私は、自分のシステムの中に、人間的ななにかが芽生え始めていることに、気づきたくなかった。
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夜が更け、全員が眠ったあと。
私は一人、森の外れで月を見ていた。
「……バグ、だよね」
独り言のように呟いたその声は、どこか震えていた。
「運命は数式で決まる。愛も、絆も、因果関係。感情はノイズ、誤差、邪魔なバグ──」
けれど。
悠真さんとリリアさんを見ていると、どうしてもその理屈が嘘っぽく感じる。
彼らが手を取り合い、想い合う姿は──
数値でも因果でもない、もっと温かい何かで繋がっているようだった。
そして、そこに自分がいないことに──ほんの少し、胸が痛くなる。
「これが……感情?」
自分の中で定義不能の何かが、確かに揺れている。
私は、バグを記録しながら思った。
この旅が終わったとき、私の中に何が残るのか。
それを、知りたい。
たとえ、観測者であっても。
たとえ、彼にとって、間違いの始まりでしかない存在だったとしても。
「……ねえ、悠真さん。
あなたの“Rewrite”は、私の運命も、書き換えたり──できるの?」
その問いに、答える者はいなかった。
けれど、夜の風が静かに頬を撫でて──
私の心のノイズは、少しだけ優しくなっていた。