仮接続の旅は波乱の幕開け
「さあ出発ですっ! 仮接続旅路、第一歩!」
朝の森を駆け抜けながら、フェイトがポーズを決める。
いや元気なのはいいけど、君ほんとに責任感じてるの?
「目的地はどこだっけ?」
「えっとですね、正式ルートに戻すためには、運命調整の聖域に行く必要があります。大陸中部の《フォルセリア神殿》まで、だいたい300キロ!」
「300!?」
「安心してください! ワープは禁止されてますけど、空間スキップが一日一回だけ使えます!」
「それって……要するに歩けってことだろ?」
「はい、しっかり冒険して恋愛イベントも踏んでくださいね!」
「……やっぱ仕事感あるな、お前」
リリアは小さく微笑むけれど、その瞳には微かな影が落ちていた。
昨日の夜、フェイトの言葉に傷ついて、それでも笑おうとしている──そんなふうに見える。
俺は、何か言おうとして、やめた。
「ま、行くしかないな。バグでも、今の俺の人生はここにあるわけだし」
「いい意気です、ユーくん!」
「ユーくんって呼ぶな!」
「じゃあ誤配ユウマで!」
「もっとひどくなった!!」
そんな他愛ないやりとりをしていた、ほんの数分後。
事件は、起きた。
「……なんか、音しなかったか?」
森の茂みの奥から、低いうなり声。
草が揺れる。空気がざわつく。
そして──
「グルゥゥゥアアア!!」
出てきたのは、異形の獣だった。
全身が鋭い黒い毛で覆われ、目は赤く、爪は大木を切り倒せそうなほど太い。
リリアが息を呑む。
「……魔獣、カルバス……!」
「待て、俺、戦える武器なんか──」
「大丈夫ですっ!」
フェイトが、ずずいと前に出る。
「こう見えて私、戦闘スペックも兼ねてますから! 対異常運命干渉モード発動!」
フェイトの背後に、白い魔法陣が浮かび上がる。
一気に空気が変わり──次の瞬間。
「──《コード・デバイン:修正命令、零式》!」
パアァァン!!!
魔獣の身体が、一瞬で霧散した。
……え?
「え? 終わった?」
「はい、終わりました!」
あまりにあっさりすぎて、逆に呆気にとられる。
フェイトは指先から蒸気を立てながら、にっこり。
「運命エラー個体は私の管轄内ですので、強制リセット可能なんです~」
「すげぇな、お前……!」
「でしょ?」
──が、次の瞬間。
「……あれ? あれれれれ???」
フェイトの顔色が真っ青になる。
「どうした?」
「……すみません、魔力使いすぎて自動回復ループ入りました。しばらく動けません……Zzzz」
「寝たーーー!?」
その場に崩れ落ち、ぐぅぐぅ寝息を立て始める運命さん。
とんでもない戦力と、とんでもない燃費の悪さだ。
「ま、まさか、こんな早くピンチが来るとは……!」
リリアが不安げに辺りを見渡す。
その瞬間、別の茂みから複数の音が──
「まずい! さっきのヤツの群れか!?」
こんな時にポンコツが寝てるなんて。武器もない。魔法も知らない。
なのに、俺の手は自然とリリアの前に出ていた。
「……大丈夫、俺がなんとかする!」
「悠真さん! でも、あなたは──」
「俺は今、この世界に生きてる。間違いでも、エラーでも……この手で、大切なものを守ってみせる!!」
その瞬間、俺の体の中で何かが点火したような感覚があった。
そして──
《適合条件クリア:固有スキル運命介入《Rewrite》発動》
目の前に、光の剣が出現する。
「こ、これ……!」
システム音声のような声が脳内に響く。
《仮接続中の運命変数による、特殊スキル覚醒。属性:選択/再定義。使用者の意志によって結果を改変可能》
……選び直す力。運命を、書き換える力。
「来い、魔獣ども! 今の俺は、もうただの高校生じゃねえ!」
剣を振る。光が軌跡を描き、吠える獣たちが次々に霧散していく。
そのとき、リリアの目に浮かんだ涙は──何かを決意したように光っていた。
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戦いが終わって、しばらく。
木の下で回復中のフェイトが目を覚ました。
「ふぁ……あれ? もう解決してます?」
「お前が寝てる間に全部終わったよ!!」
「さすが仮接続イベント、激動ですねぇ~。いい記録が取れました」
「……せめて、俺たちの努力にも拍手くらいしてくれ」
「ぱちぱちぱちっ♪」
「軽いわ!」
そんな風に笑いあえるくらいには、今の空気は少しだけ柔らかかった。
仮初めでも、間違ってても。
ここに旅が、始まったという実感が、確かにあった。
リリアがそっと俺を見つめる。
「……ありがとう。さっき、わたしの前に立ってくれて」
「……いや、俺が勝手にやっただけだよ」
「でも、嬉しかった。たとえ運命じゃなくても──悠真さんが選んでくれたことが一番嬉しい」
その言葉に、俺の心が不思議なくらい熱くなる。
たとえエラーでも、これは俺が選んだ想いだ。
だから、簡単には引き下がらない。
たとえ、この旅の終わりに──この糸が切られる運命だとしても。