運命さんは、心が読めない
「というわけで、三人旅、スタートです!」
……などと威勢よく言い放ったのは、もちろん空から降ってきたポンコツ運命さんである。
「仮接続って、そもそもどういう意味なんだ……」
俺はため息混じりに尋ねた。
どうにかリリアの村に案内してもらい、事情を説明して──って言っても9割は俺も理解してないが──
なんとか「村の外れに一晩だけ泊まらせてもらえること」になった。
今はその帰り道、夕暮れの森を三人で歩いている。
「仮接続とはですね、正式な恋愛運命とは異なる一時的な運命ラインです!」
フェイトは元気よく胸を張る。いや、誇るな。
「ま、要はシステム上の間違いだけど、切ると混乱するからとりあえず放置ってことですね~」
「それ放置しちゃいけないやつだろ……」
「人間の感情は不安定で曖昧ですから。急に切ると心的バグが発生して、誤った愛がそのまま進行しちゃう可能性があるんです~」
「誤った愛って……」
リリアが小さくうつむいた。
その横顔を見て、俺はなんとも言えない気持ちになる。
さっきまで、リリアはずっと笑顔で「がんばりましょう」と言っていた。
でも、それが、本物の笑顔じゃないってことくらい、俺にだって分かる。
──だって、間違いだったんだもんな。
俺とリリアが繋がれたのは、正しい運命じゃなかった。
ただのミス。バグ。エラー。
それを真正面から言い渡されたら、そりゃ傷つくだろ。
「フェイトさん。あんたさ──」
「はいっ?」
「……間違いでも、嬉しかったって気持ちは、どう扱うんだ?」
フェイトは目をぱちくりさせた。
「……わかりません。私は感情処理パラメータを削って構成されてますので」
「……は?」
「運命課のAI系統はですね、感情干渉を避けるため、恋愛感情に関する理解力を意図的に制限してるんです。なので、たとえば、好きとか寂しいとか言われても、正直よくわかりません!」
また胸を張って言いやがった。
「それで、恋愛運命管理してるわけ?」
「はいっ♪ 恋愛は論理ですから! 数式で結び、確率で決めれば感情なんて不要なんですよ!」
「お前、それで仕事になると思ってんのか!?」
思わず怒鳴ってしまった。
リリアが、俺とフェイトの間にそっと割って入る。
「……あの。フェイトさん」
「はい?」
「わたし、少しだけ……悲しかったです」
「……?」
「でも、悠真さんと出会えたこと自体は、嬉しかったんです」
フェイトはその言葉を、まるで聞いたことのない言語みたいに首をかしげた。
「それは──誤配線だったとわかっても、ですか?」
「はい。だって……心が、ほんの少しだけ、温かくなった気がしたから」
フェイトは何も言えなくなっていた。
やっとのことで「……難解です」とだけ呟いたその声は、ほんの少しだけ震えていた。
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その夜。
小さな村の外れの納屋に寝泊まりすることになった俺たちは、藁のベッドを3つ並べて横になっていた。
静かな夜だった。
フェイトは、無表情で星を眺めている。リリアはそっと目を閉じている。
「……なあ」
俺は寝返りを打ちながら、ぽつりと聞いた。
「正しい運命って、そんなに大事なのか?」
フェイトはゆっくりと振り向いた。
「重要です。世界全体の安定に関わります。誰と誰が出会い、恋に落ち、結ばれるか──その一つ一つが連鎖的に未来を構成しているんです。一つの誤配線が、未来全体を変えてしまう可能性もありますから」
「……でも、変わるのが、悪いこととは限らないだろ?」
フェイトは、少しだけ黙った。
いつものように言い返してこない。システム通りの反応もない。
「……私には、わかりません。でも──あなたがそう思うなら、記録しておきます」
「記録……?」
「はい。人間が、運命を受け入れず、自分で選び取ろうとしたという事例。これは非常に稀少で、貴重なバグです。私の学習ログに保存しておきます」
それは、どこか誇らしげな、でも寂しげな声だった。
「……フェイト」
「はい?」
「お前さ、感情はわからないかもしれないけど──リリアの気持ちを切るべきものって言ったとき、少しだけ悲しそうだった」
「……私が、ですか?」
「自分じゃ気づいてないかもな。けど、俺にはそう見えたよ」
フェイトは、何も言わずに夜空を見上げた。
静かな沈黙が、3人の間に落ちる。
でもその沈黙は、なんだか少しだけ、優しかった。
──間違いでも、心が動いたなら、それはきっと本物だ。
俺はそう、信じたいと思った。