選ばれなかった運命(ヒロイン)に、名前を
運命なんて、最初から決まっていなかった。
俺たちは今まで、そう信じて生きてきた。
だけど──結局のところ、それは、誰かが書いたルートの上を歩いているにすぎなかったのかもしれない。
あの日、フェイトという名の観測者が言っていた。
「選ぶことと、選ばれることは違うんですよ。本当に大事なのは、選び直せる勇気なんです」
俺は、ようやくその意味を理解した気がする。
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フェイトとリリアが向かい合っていた。
人気のない時計塔の裏庭。
落ち葉が静かに風に舞う。
「……あなたのこと、嫌いだったわ」
先に言ったのは、リリアだった。
「だって、あなたは全部を見てたくせに、何も言わなかった。私の不安も、涙も、全部知ってたくせに、観測者だからって笑って、何もしなかった」
「……そうですね。あのときの私は、ただ記録するだけの存在でしたから」
フェイトは、静かに言葉を返す。
「でも、今は違います。私はもう、ただのログじゃない。悠真さんに存在を選ばれた、ひとりの女の子です」
リリアが少しだけ笑った。
「そう。だから……今なら言える。ありがとう、フェイト。あなたがいなかったら、私、悠真さんと出会えなかった」
二人の距離が、少しだけ近づく。
そして。
「だけど、もう私はあなたと争うつもりはないの。だって、悠真さんはきっと──どっちも、選ばない人だから」
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放課後、屋上。
フェイトとリリア、両方の気持ちを聞いたあと、俺は、ひとつの答えを出していた。
「俺は──誰も選ばない」
その言葉に、二人の瞳が揺れる。
「フェイト、お前が言ってくれた選び直せる勇気。リリア、お前がくれた生きる意味と心。俺は、どちらも失いたくない。だけど、どちらか一人を選ぶことが、正解だなんて、今の俺には思えない」
「じゃあ……どうするの?」
リリアが尋ねる。
「運命を、俺がRewriteする。ヒロインは一人なんて構造自体を、書き換える」
「そんな……そんなことできるわけ──!」
「できるよ」
フェイトが、微笑んだ。
「だって……彼は、私を運命の外から連れ戻した人だから。それに比べたら、世界のルートひとつ、書き換えるくらい……朝飯前です」
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その夜、俺はRewriteコンソールを起動した。
ヒロインルート管理構造。
そこには確かに、ひとつの設定があった。
【ヒロインは一人でなければならない】
【複数の存在が愛を主張した場合、最終的に一人に収束する】
世界が、そう定義しているのだ。
でも。
「俺たちは、誰かを選ばない物語を生きてる。それを否定する構造なんて、運命でもなんでもねえよ」
Rewrite──選ばれなかった運命にも、名前を。
この一文を、世界の定義に書き加えた。
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朝。
屋上で、三人並んで缶コーヒーを飲んでいる。
「……ふつう、ラブコメって、どっちかとくっつくんじゃないの?」
リリアがぼやく。
「ええ。普通の物語なら、そうですね。でもこれは、悠真さんの物語ですから」
フェイトが微笑む。
俺は、少しだけ照れくさくなって、空を見上げた。
運命なんて、最初から決まってなんかなかった。
そしてきっと、これからも決まらないままでいい。
ただ、この二人と一緒に、物語を続けていけるなら──
それが、俺にとっての「選択」なんだ。




