一章
現実を変えたいと、誰もが願う。
あるはずのない世界を想像して、理想の自分を創造する。
現実はどうしようもなく非情で、人生に振り回される俺たちは、所詮それに生かされているだけなのだと限界を知るのだ。
遥か昔から人類は決められた今を生きてきた。
変えられるのは自分だけ。取り巻く世界までは変えられないのだと、それが常識であり、真実そのものだった。
西暦二〇四五年、技術的特異点。ついに人々は「世界を変える方法」を手に入れた。
世界初のフルダイブ機械。開発までに様々な利用方法が検討されていたが、大半は純粋な遊びのためのもの。
今までの常識が変わる、世界を変えるようなコンテンツが生み出されようとする中、ある人物により『青幻計画』が細々と開発されていた。
幻の青春を意味するこの計画は、自分の生きる世界を選び直し、『幻の青春』を求める少年少女たちを「現実」を変えることで救おうと考えたものだった。
過去の後悔を、忘れられない苦しみを嘆く少年。
恵まれた容姿に辟易し、生き方を見失う少女。
事故で続けることの出来なくなった日常生活をもう一度やり直したいと願う者……。
かくして二〇四五年、日本、ひいては世界で初めての仮想学校として、「青幻計画」が幕を開けた。
*
「みなさん、ようこそ幻青高校へ。あなたたちの入学を歓迎します」
体育館に響き渡る声。目の前のステージに、人はいない。今日は高校の入学式。俺たちを歓迎してくれたのは、機械音声だ。
「すご……これほんとに現実じゃないの……?」
「信じられないよな。俺は慣れてるとはいっても、やっぱり改めて見ても凄い技術だよ」
「うん……信じられないな」
俺、青葉春人と、隣に座る白川秋菜は現実世界と遜色ない非現実の世界に感嘆を洩らす。
「前方に表示されるクラス番号を確認して、教室へ向かってください」
機械音声といってもこちらも人間の声と見分けのつかない音で続けた。
「春人、何組?」
「Aだよ。秋菜と同じ」
「ほんと!?」
クラスは一学年四つ。一学年と二学年があって合計八クラス。各三〇名で二四〇人。
「とりあえず教室行こうか」
「そうだね」
決して大きくはない校舎の階段を上がり、俺たちは教室に向かう。
「ここかな?」
「だね」
二階、校舎の端。教室の中を見れば、二十人ほどがもう席についていた。
教室内は一見普通だが、特徴的なのはみんなの容姿が揃いも揃って整っていることだ。
なんでもできる仮想空間。デフォルメ化されたアバターではなく、現実と見分けのつかないリアルは人型を採用してはいるものの、それらの造形はある程度の自由がある。
ここに来る人間の多くは、本来の自分よりも理想の人間になるべく、まずは見た目を装おうとするだろう。
ちらほら普通の顔の人も見かけるけど、それほど見た目の印象は大きい。
「秋菜はあそこの席だな」
俺の二個左隣。間に男子が挟まっている形だ。
俺たちの間に挟まれているのは見た目からして快活そうな男子。そんなことを考えながら席に座ると、予想通りそいつは快活に話しかけてきた。
「よ、お隣さんたち。俺、加藤康太」
「よろしく、加藤。俺は青葉春人」
「えっと、よろしくね。白川秋菜です」
俺たちへの同時挨拶。秋菜は初日からの積極的なコミュニケーションに戸惑っている。
「青葉と白川か。よろしく。二人は知り合いか?」
「そう。幼馴染なんだ」
萎縮している白川の代わりに答える。
「へぇ、幼馴染かぁ。俺知り合い一人もいないからさ、これからよろしく頼むわ。そうだ、俺さ……」
加藤が言いかけて、急に教卓が光った。
「皆さん、こんにちは。Aクラスの担任をする、佐々木だ。よろしく」
成人男性の見た目をした人物。各クラスの担任は、学校側で用意された人工知能のアバターだ。
「うお、びっくりしたぁ」
隣で加藤が驚く。
「これから二年間、君たちにはこの学校で過ごしてもらう。各々したいことを存分にするといい。そのための制度だ。それと同時にこの計画は一種の研究でもある。君たちの学内での状況はある程度監視されていると思ってくれ。もちろん学外ではその限りでは無い」
「監視だってさ。怖えなぁ」
「そんな大層なものじゃないよ」
担任が続ける。
「我々は基本的なこと以外干渉は行わない。できる限り自由に過ごしてもらって構わない」
俺たちは思うように過ごせばいいのだ。それぞれが理想とする生活を送るために作られた空間なのだから。
「本日はクラス分けと簡単な学校の説明のみだ。このあと一定のルールが書かれたメールが手元に届くと思う。各自目を通しておくように」
こんな感じでさらっとホームルームが終わり、軽くシステムそのものについて説明を受けた後、初日はお開きとなった。