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05. 氷の怪物公爵と俺

 クラウスは男爵家へ帰ってきた。クラウスはすぐさま父親の執務室へ通された。父親は書類に手を通していたが顔を開けでクラウスの姿を見つけるとすぐさま立ち上がった。父親はクラウスの全身を探るように見ると、ふうと息を吐きながら椅子に座った。


「クラウス、無事に帰ったのか」

「ご心配をおかけしました。ダグラス様より養子の内定書をいただきました。すぐに提出して参ります」


「そうか、よくやったな⋯⋯今さらだが、お前はこれで本当にいいのか?」


 クラウスは父親の瞳を覗いた。理解力のある父親のおかげてここまでやってこられた。養子になってダグラスの元へ行っても父親は父親だと思っていたい。


「はい、これで良いのです。ただ⋯⋯いつまでもあなたのことを父のように思うことをお許しください」


 それを聞いた父親は目頭を強く押さえた。

 それからクラウスはすぐに馬車に乗り込み養子の内定書を提出しにいった。


 無事に受理されるとその足でエステルの元へと向かった。クラウスは応接室でエステルを待っているとパタパタと急いでいるような足音が部屋の外に聞こえる。だんだんと近くなりその足音は部屋の外で止まった。


 エステルがドアを開けて入ってきた。クラウスは嬉しそうな顔をエステルに向けた。


「エステル、エターランドの領主・ダグラス様から養子の内定をもらったぞ!」

「あぁ、良かった⋯⋯本当に良かったわ」


 エステルはクラウスにそっと近づくと手を握りクラウスの胸へおでこをつけた。


 可愛いエステルがこんなに近い⋯⋯あれっ抱擁くらいはいいんだよな⋯⋯?


 クラウスはエステルを抱きしめた。2度目の人生でアランの姿で抱きしめた以来だ。このまま婚約を結ぶところまでちゃんといけるかが勝負だ。


 このあとは養子の手続き、両家の顔合わせ、婚約書の提出が残っている。手続きから完了までは時間がかかるから早く養子の手続きを終わらせたい。養子の手続きをしている間に両家の顔合わせを暫定的におこなってもらおう。


 クラウスは支度をするとまたエターランドへとんぼ返りした。



 ■



 エターランドへ戻ってくると、また城の目の前までやってきた。城の城壁は固く重々しい石で作られておりこの先何十年と経っても変わらないように思える。


 城門の扉を叩くとまた老執事が出迎えてくれた。城の中へと入るとクラウスはお茶の準備を買って出た。これから家族になる身だ。それに人も少ないから自分で出来ることはやりたい。


 老執事に教えてもらいお茶を準備すると、お盆に乗せて応接室へと入った。するともうダグラスはクラウスを待っていた。ダグラスは目を見開いてクラウスを見ている。


 自分でお茶を持ってくるのが、そんなに珍しいことなのかな?


 クラウスはお茶をダグラスの目の前に置いた。


「私がお茶を淹れました。そこにいるサホスから淹れ方は教わりましたので、おそらく大丈夫です」

「驚いた。自分で淹れたんだな」


 ダグラスはお茶を手に取った。なんだか懐かしそうにお茶を見つめている。クラウスは自分のお茶を机に置くと着席した。


「私の妻はもう10年前に亡くなったが、君のように何でも自分でやりたい人だった。周りの執事や従者から公爵夫人ですからご自分でなさいませんようってやんわり止められていたが、人手がないし、自分でやってみたいと言って何でもやっていた」


 そう愛おしそうな目をしながら話すダグラスに心から夫人を愛していたんだなと感じた。前回会ったときは、余裕がなかったクラウスはポロポロと涙を流しながら身の上話をしてしまった。今日はちゃんと落ち着いている。


「ダグラス様は御夫人を愛していたんですね。あのダグラス様、前回は感情に身を任せ身の上話を聞いていただきありがとうございました。あのような話を聞いてくれた方はダグラス様だけです。今さらなのですが、なぜ養子の件を受けていただけたのでしょうか?」

「ひと言でいうと、君に心を動かされたんだ。私と妻の間には子は恵まれなかった。それでも妻と2人の生活は楽しかったし心も満たされていたから、そんなことは気にならなかった。だが、妻がいなくなるとすべてのことがどうでもよくなったんだ。1代で取り潰しになる公爵でも、いいだろうと思ったのだ」


 クラウスはダグラスの方を向きながら真剣に聞いていた。氷の怪物と呼ばれる気性の荒い怖い人だと聞いていたが、それは真逆に近いものだった。


「そこへ君が来た。君の身の上話もそうだが、男爵から公爵になろうとする努力、ひたむきに進むその姿勢は⋯⋯私の胸を打った。⋯⋯いつか妻との間に子が出来ることがあるのならば、聡明で力強く生きていく子になってほしいと話していたんだ⋯⋯」


 クラウスは胸が熱くなって眉をひそめた。自分の努力をちゃんと受け止めてくれる人がいる。そばで見ていなくても、男爵という格下の身分でもそういうのを全部取り払って、人として見てくれる、話を聞いてくれる、そんなダグラスに心の中で感謝しまくった。


「そして君の話を聞いたあと、そばで行く末を見たくなったんだ。こんな何も無い土地へ来てくれるなら私は歓迎したい」

「ダグラス様⋯⋯ありがとうございます。俺は⋯⋯俺は⋯⋯これから先このエターランドをしっかり治められる後継ぎになれるよう行動で示していきます。ダグラス様の思いに応えられるような人間になれるよう努力いたします」


「分かった。⋯⋯君のことはクラウスと呼んでもいいか?」

「ダグラス様、もちろんです!」


 その後、養子の手続きを行うことと婚約にこぎつけるまでの予定をダグラスに伝えた。もちろん時間がないこともだ。ダグラスは穏やかに聞いていた。こんな人が先の戦争で1番功績を残してこの北の領地と公爵の地位を受け取った人物だとは理解しがたい。クラウスはすでにダグラスを尊敬していたのだ。


 今回はダグラスも王都にきて貰う必要がある。手続きを行う本人がいてはじめて手続きを行えるのだ。



 ■



 ダグラスの準備が出来るとすぐに馬車を用意して王都へと向かった。王都へは行く途中の街で1泊してようやくたどり着いたのだ。


 養子の手続きは爵位によって場所が違う。平民や貴族、男爵くらいまでは神殿で行うことが出来る。だがそれより上の爵位の者は、王立裁判所へ行って手続きをしなければならない。


 事前にエステルの父親にエステルと婚約したいこと、そのために公爵になる予定のことを伝えていた。今回は養子の内定をもらったあと、エターランドの情報を集め、持続可能な統治をするための事業案なども相談していた。


 エステルの父親はクラウスの情報収集とその情報の活用の仕方などを見て、評価する部分もあり、またクラウスが自身で足りないと思っている部分を客観視出来る資質を評価した。そして王立裁判所への手続きの日取りを優先的に前倒ししてもらえるよう働きかけてられたのだ。


 吹雪の影響も鑑みて数日予備日があったので、ダグラスを男爵家へと招いたのだった。


 ダグラスの男爵家への訪問は極めて順調に事が運んだ。クラウスの父親はダグラスとの対面時にひどく緊張していたが、話し始めるとその穏やかな物言いと雰囲気に心からほっとしていたのである。



 ■



 養子の手続きの当日、ダグラスとクラウスは王立裁判所へと向かった。


 もうすぐ裁判所に着くところで馬車は止まった。外で何かあったのかもしれない。静かに待っていると後ろから王室の紋章ののついた馬車が通り過ぎていった。それを見たクラウスは目を見開いた。


 あれはアランの使っている紋章だ。こんなところで見るなんて胸くそ悪いな⋯⋯


 それを見たダグラスは軽く諌めた。


「今のが例の王子の馬車か。感情的に殺気を出すのは慎みなさい」

「すみません、気をつけます」


「私の妻が同じような目に遭ったら、八つ裂きにして北の大地に捨てる。それをするのはやつを仕留めるときだけだ」

「ははっ、頼もしいアドバイスです。以後気をつけます」


 平然と物騒なことを言うダグラスにいとも簡単にやってしまいそうな想像が出来た。しかし逆手に取れば、必要なときこそ制裁をして良いと言っているように聞こえた。


 王立裁判所では順調に手続きが済んだ。だが王立裁判所の前で馬車から下りると誰もがダグラスを見た。身長も196センチもありそれだけで目立つのに、毛皮のコートを着ていたので一層目立った。


 ダグラスの横を通り過ぎていく若い人たちは好奇の目を向けてきた。だが、年配の人たちは動きを止めてダグラスを意味ありげに見続けていた。


 帰り際に王室の紋章をつけた執事が声をかけてきた。それは王妃様からのお茶のお誘いだった。


 ダグラスとクラウスが行ってみると王妃様はダグラスに先の戦争の活躍にお礼を伝えていた。だがクラウスの目にはそれだけではないように思えた。


 おそらく王妃様はダグラス様を気に入っているんだ。だからそれを見た王様はあんな陸の孤島と呼ばれるエターランドへダグラスを飛ばしたんじゃないだろうか。


 エステルと結婚したら王都には近づかないでおこうとクラウスは心に決めた。


 その後、ダグラスはエターランドへ帰ってしまい、両家の顔合わせを迎えた。養子の手続きは完了していないため、確定を元に話は進められたが、すでにエステルの父親には何度も会っていたし、人となりを知っていたので想像以上に和やかに終わった。


 あとは養子の手続き完了の知らせが来次第、婚約書の提出をする予定だ。1度目の人生を思い返すと、王子がエステルに会うのは同じ日になる可能性が大きいため、それまでに、婚約までこぎつけることが1番重要であった。


 時間は過ぎていく⋯⋯養子の手続き完了の知らせがなかなか来ない。


 だが、クラウスはもう1つやることがあったのでそれの準備をしていたのだ。


 日付がだんだんと迫ってくるとダグラスは心配して事前に王都に来てくれた。クラウスはダグラスを見ると何度も感謝をした。


 ダグラスが来た次の日ようやく養子の手続きは完了となりクラウスは公爵の子息となった。


 善は急げだ!


「あのダグラス様⋯⋯」

「すぐに婚約書の提出の予約を取るんだろう? 私はいつでもいいから」


「ありがとうございます! すぐに執事に予約を取りに行かせます!」

「分かった⋯⋯それから手続き上クラウスは私の息子になった。⋯⋯抱擁してもいいかい?」


 クラウスはダグラスを見た。


 あぁ、本当にこの人の養子になれてよかった⋯⋯まずい、俺の目が潤んでいる気がする⋯⋯


 クラウスはダグラスに近づいた。そして力強い抱擁をしたのだった。

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