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04. 氷の怪物公爵との出会い

 見慣れた天井が見える。


 どうやって帰ってきたのだろうか。起きたら男爵家のベッドの上だった。クラウスは目を覚ますと飛び起きて残りの公爵家を調べた。


 2週間後、残りの2つのうちの1つの公爵家に来ていた。クラウスはとにかく焦っていた。


 ちゃんとマナーのある礼儀正しい挨拶をした。


 自分の経歴を話した。公爵も感嘆の声を上げてくれて頷いた。笑顔で上品にそして少し余裕が見えるように話す仮面の下では神の審判を受けるがのごとく手を前に揃えて目をつぶってひたすら願っていた。


 頼む⋯⋯頼むから、養子にしようと言ってくれ!


「興味深いが男爵家か⋯⋯。まぁ、考えさせてくれ」

「ありがとうございます。いつごろにお返事はいただけるのでしょうか?」


 クラウスは気がはやってしまった。


「いつごろ⋯⋯来年の春くらいかなぁ」

「もう少し早めになんとかなりませんか?」


 クラウスは心の中で公爵にしがみつく。

 ⋯⋯頼むから⋯⋯ここしかないんだ⋯⋯


「いや⋯⋯こっちから連絡をするから待っていてくれ」

「そこをなんとかお願いします!」


 クラウスは頭を深く下げた。


 最後のチャンスなんだ⋯⋯お願いします⋯⋯何でもしますから⋯⋯


 だが、頭には静かに鉄槌が落ちてきた。


「⋯⋯君、礼儀を知りなさい。待っていなさい」


 公爵は怒りを抑えたような声音になると執事にクラウスを出口まで案内させた。




 絶望的だ⋯⋯あと2週間しかない上にもう1つの公爵家は事実上、選択肢ではない⋯⋯


 残る公爵家はエターランドという永久雪の積もる山も多い北の地域の領主であった。ここ20年の間、他の貴族とは必要最低限の繋がりしかない。家族構成も分からなければ、誰も交流がないため、連絡のしようもなかった。


 クラウスは一度男爵家に戻ると父親に今の状況を正直に話した。いつもそばで応援してくれた父親だったが、この時だけは公爵に会うことを反対した。


「なぜ反対なさるのですか?」

「エターランドにいる公爵様は氷の怪物と呼ばれるほど気性も荒く戦に強いと言われる。万が一、なにか間違えでもして公爵様の逆鱗にでも触れたら、帰ってこられないかもしれない。私はそんな理由でクラウス、お前を失いたくない」


 父親の慈悲深い言葉に目を潤ませたが、クラウスは深々と頭を下げた。


「お父様、これ以降のわがままは一切言いません。一生のお願いですから、私がエターランドに行くことを許してください!」


 父親は頭を下げたクラウスをじっと見つめている。すると父親から声をかけられた。


「クラウス、大きくなったな⋯⋯いつの間にかこんなに立派になっていたんだな⋯⋯分かった。屋敷で1番屈強な兵士を連れていきなさい」

「⋯⋯ありがとうございます」


 ぽたっ、涙が床を濡らした。父親の慈悲深い愛情を感じてクラウスは長い間、頭を上げることが出来なかった。


 クラウスは準備が出来るとエステルの屋敷へ行ってエステルにそのことを伝えた。


「エターランドの公爵って氷の怪物でしょう? こんな形であなたを失いたくないわ!」

「エステル、俺を信じてくれ! ⋯⋯必ずいい話を持って帰ってくる」


 クラウスはそっとエステルの頬に手を当てた。エステルはクラウスの手をぎゅっと自分の手で包むと目を潤ませた。



 ■



 クラウスはエターランドに向かう途中で一泊するとエターランドへと急いだ。行く途中に吹雪にも見舞われて予定よりもずいぶん遅くなってしまった。


 真っ白な雪の世界に突然生えている塔がいくつも見えてきた。近づいていくともやが晴れるように城の全貌が見えてきた。クラウスの乗った馬車が城の塀の前で止まる。


 執事がドアを叩こうとすると、クラウスが馬車から下りてきた。


「ここは俺にやらせてくれ」


 クラウスは城壁の扉を拳に勢いをつけて叩く。くぐもった音は空気中に響いた。扉を叩いても誰かが来る気配がない。クラウスはもう1度扉を叩く。



 1回⋯⋯



 2回⋯⋯⋯




 3回⋯⋯⋯⋯⋯⋯



 クラウスは冷え切った身体で立ち尽くしていた。


 ようやく扉から人が出てきた。それは小柄な老執事なようだった。老執事はクラウスたちを見まわした。


「本日のご予定は入っておりません。どんな用件でしょうか?」

「突然の訪問となってしまい、誠に申し訳ありません。クラウス=ダンプトンという者です。公爵様にお話をしたく参上いたしました」


 それを聞いた老執事はクラウスの後ろに控える兵士をちらりと見た。


「⋯⋯公爵様とクラウス様のお2人でならお話しても良いと言うと思います。いかがでしょうか?」

「なりません!」


 兵士が大きな声でそういうのでクラウスは兵士を慌てて止めた。


 もし帰れたら、お父様にはいくらでも叱られよう。


「承知しました。それで大丈夫でございます」


 それを聞いた老執事は扉を開けるとクラウスとともに馬車へと乗り込んで玄関まで向かった。


 城へ近づいてみると圧巻だった。綺麗に切られた滑らかな石が寸分の狂いもなく積まれている。作りは確かに古いが今では入手出来ないような頑丈な石で作られていた。


 城の中はカーペットがしかれ廊下にはランプが一定の間隔でついている。ランプはあるがほとんどついていない。おそらくよく使う部分しかランプをつけていないのだろう。


 クラウスの心の中と同じように、養子を断られてしまう不安と心配の闇の中に、“もしかしたら”という希望の光がぽつぽつと灯っている。


 そして春には飾っていたと思われる花瓶が各ランプの下に置いてある。


 城の中のものはどれも古いものではあったが掃除と手入れは行き届いていた。


 老執事は1つの部屋の前で止まるとドアを開けてクラウスに入室を促した。


「クラウス様は中へ入られますようお願いいたします。兵士の方は廊下でお待ち下さい」

「分かった」


 クラウスは兵士に深く頷くと部屋の中へと入っていった。部屋の中にはカーペットが敷かれておりシンプルな机にソファが置いてある。部屋の端に設置されている暖炉には小さな火が点いている。


 クラウスは暖炉の側へと近づいた。ここ何日かはろくに寝ずに奔走していたので、暖炉の火を見るとぼうっとした。


「クラウス様、暖炉に薪を追加したします。お茶を飲んでお待ち下さい」

「いえ、私にも薪を運ばせてください」


 老執事の後ろをついて薪を取りに行った。薪を持って戻るとクラウスはソファへ腰掛けた。紅茶はもう熱を失い、ぬるくなっていた。


 ようやく公爵がやってきた。大きな体に無精髭を生やしている。毛皮で出来たコートを羽織っております氷の怪物と言うよりは大きなヒグマのようだった。


 獲物を探すような目はクラウスに止まった。クラウスは勢いよく頭を下げて挨拶をした。


「クラウス、ソファに掛けてくれ。私はダグラスだ」


 クラウスは次第に緊張し始めた。


 これがだめだったらどうしよう⋯⋯いや、こんな場で考えちゃだめだ⋯⋯


 クラウスは自分の学校の成績や取ってい授業などを話し始めた。幾度となく話した内容だ。もう眠っていても話せそうなほどだった。


 ちゃんと素晴らしいと思われるように伝えなければならない⋯⋯


 そう思っているのに、今日は上手く話せない。


 ここで断られたらエステルは⋯⋯


 クラウスは声が上ずってしまった。はっと我に返り公爵の方を見た。見た目の怖さからは程遠く、こちらをじっと見ながら穏やかに聞いている。クラウスは謝罪をした。


「⋯⋯申し訳ありません。算術についてですが⋯⋯」


 言葉を紡いでも紡いでも空回りしているように感じた。


 俺にはもう選択肢がない⋯⋯他にも何の手立てもないんだ⋯⋯


 クラウスの目から涙がこぼれる。


「――ッ!」


 クラウスは目を見開いた。


 人前でしかも最後のチャンスなのに、泣いているなんて失礼なことをしてしまった!


「大変申し訳ありません」

「クラウスと言ったか、君が何か心に大きなものを抱えてここにやってきているのは伝わっている。ダンプトンと言ったらたしか男爵家だろう」


 クラウスは動揺して立ち上がった。その様子を公爵はじっと見ている。


 今までで1番の失敗だ⋯⋯これは本当に家に帰れないかもしれないぞ。


「はい、ご紹介が遅くなりました。ダンプトン男爵家の次男でございます」

「緊張することはない。座ってくれ」


 クラウスはすっと座り直した。


「私は前の戦争で大きな功績を残した。その結果、この城を得たのだ。それは褒章のように見えるが、体の良い厄介払いだ。戦争以外で役に立たないが、近くに置くと危ない。冬は雪で閉鎖される陸の孤島・エターランドに氷の化物を隔離しておこう。そういった話だ。君は私に何を望んでいるのか?」


 クラウスはなぜか公爵に前世の話をし始めた。いきなりそんな話をするなんて気が触れたやつだと思われるかもしれない。なのに俺は止められなかった。エステルの話もアランをどれだけ憎んでいるかも、そのためには公爵になりたいと言うことも洗いざらい全部話した。


 長い時間になったが、公爵はじっと聞いてくれた。


「クラウス、君の話はよくわかった。先に言った通りここは陸の孤島だ。それでもよければ君に協力したい」

「公爵様⋯⋯」


「これから養子にする内定書を書くから、それを持って王都に提出しなさい。追って養子の登録を行う。それから私のことはダグラスと呼ぶように」

「ダグラス様、心より感謝申し上げます」


 クラウスは深々とお辞儀をした。

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