03. 3度目の人生が始まる
【3度目の人生はクラウスとしてもう一度やり直す】
※ただし1度目と同じことをする場合は、同じことが繰り返される。
つまりは自分で未来を変えなければアランにエステルを取られてしまうという事だ。
「男爵だって、エステルと結婚出来るところを見せてやる!」
また俺は君の屋敷の庭で君に初めて会った。俺はエステルを見ると目が合った。エステルは初めて会うのに興味深く観察してくることも緊張している様子もない。
どこか懐かしい笑顔を向けてくる。
「私はエステルよ。あなたはクラウスね。私が人生3度目って言ったら笑うかしら?」
「それなら話が早い。俺が大人になったら結婚してくれるかい?」
「もちろんよ」
5歳のエステルとクラウスの見た目からは信じがたい会話だった。
今回はお互い前世の記憶を持っているようだった。俺たちは早々にエステルの庭の木々が集まっているところを秘密基地にした。
今度は10年と少し時間がある。俺がエステルと結婚する計画を立てないといけない。
まず、条件を洗い出してみる。
『アランとエステルが出会う前に婚約をしないといけないこと』
『貴族のしきたりで王族か公爵家の人間であること』
この2つをクリアしなければいけないのである。
王族か公爵になること、これがクラウスの最大の壁であった。王族は血縁によるものなので、今からどうこうできるものではなかった。
それなら公爵になることだ。10年の月日があっても公爵になるほどの功績を立てるのは難しかった。それならどこかの公爵家の養子になること、これが最善策だと言うことに決まった。
公爵家の養子になるにはどうしたらいいだろうか。実は公爵家の血筋が入っていた。そんなこともない。公爵家に見合う人物にならないといけないのだ。
公爵家に見合う人物⋯⋯クラウスとエステルはお互い調べ始めた。だが、2人は5歳だ。出来ることは限られていた。だからクラウスは知識をつけるしかなかった。
男爵家である父親に頼み込み先生を付けてもらうことにした。5歳のクラウスにまずはマナーと歴史の先生をつけてもらった。それ以外の時間は家にある書物を読みあさり、エステルの屋敷の図書室にもお邪魔した。
10歳にもなると、その頭のよさは他の同年代よりずば抜けて抜きん出てきて“神童”と呼ばれた。
だが、エステルの隣にいられないのなら、そんな努力も神童なんて呼び名も意味がない。
そんなクラウスの様子を間近で見ていた父親は驚いて他にも先生をつけると言い出した。そこで父親に公爵家の養子になりたいことを打ち明けた。
”エステルと結婚したい。そのためには公爵家の養子にならなければいけない”
父親は驚いて口をあんぐりと開けた。クラウスは真面目に先生の授業を受け、幼少部ではすべての教科で常に1番の成績を取り続けた。家に帰ると書物を読み漁り、食事会では大人顔負けのマナーを披露した。父親はそんな日々を隣で見ていたので、クラウスの言葉に頷いた。
リミットは残り5年
それについて自分の父親とエステルの父親にも協力を仰ぐために自分たちの状況と予定を伝えた。そして協力を仰ぐ期間は5年であることもだ。
エステルの父親も了承してくれた。なぜなら15歳から社交の場は開かれる。それまでの間については成長の機会でもあるので悪いことでないのなら、たくさん試してみなさいと激励してくれた。
クラウスとエステルは2人の父親からこの国の公爵家の一覧をもらった。どんな要素があれば養子にしてもらえるだろうか⋯⋯
予想以上に雲行きが怪しかった。なぜならクラウスの家は男爵家だったからだ。これが伯爵家なら話は違うが現実はそう簡単にはいかない。
エステルの父親も社交の場でそれとなく他の公爵に聞いてみてくれた。エステルの父親の話にはじめは耳を傾けたが、それが男爵家のものだと分かると笑顔でお茶を濁した。
それを聞いたクラウスは肩をがっくりと落とした。そこへエステルは優しくクラウスの肩に手を置くと応援してくれた。
「なかなか見つからないわね」
「そうだな⋯⋯でも必ず見つけるからエステル待っててくれ」
「クラウス⋯⋯」
王都だけではなく地方の公爵家も調べた。地方については王都ほどの情報が集まらない。時間を見つけては地方の公爵家を回るしかないと思った。
公爵家について調べているだけでいいわけではない。どこかの公爵家が気にいるように、算術、戦術、剣術の授業も増やした。
その合間を縫って地方へと足繁く通い始めたのだ。クラウスが男爵家の人間と分かると明らかに態度を変える人間も多かった。中には話も聞かずに門前払いをしてくる家もあった。
クラウスは焦り始めた。
「あと2年しかない。養子の手続き受理と婚約の完了を考えると今年中に養子の内定が決まらないと間に合わない⋯⋯」
「今年ってあと2ヶ月しかないわ⋯⋯」
「残る公爵家はあと3つしかない」
クラウスはある公爵家へと訪れた。品の良い老執事がクラウスを丁寧に迎えてくれる。
しばらくすると恰幅の良い初老の公爵がやってきた。クラウスはすぐに立ち上がり、身体に染み込ませたマナーで挨拶をした。
それを見た公爵はにっこりとした。ソファへと着席を促されたので言われるがままに座ると公爵はクラウスに話をするように促してきた。
まずは話を聞いてもらえないと困るので自分の学校での成績や受けている授業の話などを話す。
公爵は時折頷きながらにこにことしていた。
だが、最後には男爵家であることを話さなければならなかった。
「もし公爵様が了承いただけるのであれば養子にしていただきたいのですが、お考えいただいてもよろしいでしょうか?」
「分かった。そういえばクラウス、君の家はどちらかな?」
その言葉は氷の剣となりクラウスの首筋に刃を添えた。
「⋯⋯ダンプトンでございます」
「ほう、男爵家か」
そう言うと公爵は口を閉じた。クラウスは口から心臓が出そうなほど大きく鳴り始めた。クラウスは瞬きもせずに公爵を見続ける。
「ふむ、確約は出来ないが養子にする方向で話を進めよう」
クラウスは頭を勢いよく上げると公爵に深々とお辞儀をした。
クラウスは一刻も早くエステルに伝えたかった。馬車を走らせている早馬のごとく気持ちだけは前へ前へと急いでいた。
クラウスは男爵家に戻すと、すぐに父親に報告した。すると少し寂しそうな顔になったがクラウスによくやったと労をねぎらってくれた。
次の日、エステルの屋敷へ赴いた。クラウスはずっと落ち着きがなかった。応接室へと通されてソファへ腰掛けるよう促されたが、座ってはいられない。
部屋を何周しただろうか、クラウスは30周目に突入したころ、エステルが入ってきた。
クラウスはエステルの手を強く握った。
「エステル、ようやく養子の話にこぎつけたぞ」
「まぁ本当? ⋯⋯クラウス⋯⋯本当にありがとう」
「まぁ、まだ養子の話で進めることになっただけだよ」
そう言ったクラウスが1番公爵になれると信じていた。
それから1ヶ月の間、何の連絡もなかった。さすがにおかしいと思い、公爵の元へ行くと公爵はあの後倒れてしまったようだ。まだ、ベッドの上らしかった。
そう伝えてくれたのは、初めて公爵家に行った時にあった老執事だったが、今日はよそよそしい。
「あの⋯⋯クラウス様、実は⋯⋯」
後ろから甲高い声が聞こえる。
「あらぁ、その子が男爵家の子?」
化粧の濃い、ピンクなのか赤のか分からないどぎつい色のドレスを着た女はクラウスの顔をじっと、観察した。そして虫でも見るような目でこう言い捨てた。
「ふーん、いまいちね。お父さまもまだ起きてない状況だから帰って頂戴」
⋯⋯帰って頂戴? ふざけるなよ⋯⋯俺がどんな思いでここまでたどり着いたと思うんだ?
「あの公爵様から書類などの提出はありましたか?」
「えー、ないんじゃないかしら。とにかく白紙に戻させて頂戴。お父さまが起きたら連絡するわ」
目の前が真っ白になった。
立ち尽くすクラウスに老執事は深々と頭を下げた。
「クラウス様、お力になれず申し訳ございません。今、1番発言力がございますのはそこにいるアマンダ様でございます」
クラウスは目の前の道が崩れ落ちたかのように成す術が無かった。