02. 2度目の人生
何の因果か、目を覚ました時にあれほど憎んでいたアラン王子に生まれ変わっていた。
神様は王子が悔し紛れに差し向けた刺客に馬車ごと襲わせて俺を殺したことを教えてくれた。
それでも神様は試練を与えてくる。
それはこの3つの試練だ。
【エステルは1度目の人生の記憶を持っているということ】
【俺は前の人生でクラウスだとエステルに伝えられないこと】
【婚約するまでにエステルの気持ちが変わらない場合、アランの中のクラウスは消滅する】
おそらく1度目の人生でエステルが言った“あなたがアランさまだったらどんなに良かったか”は決してフラグではないはずだ。
だが実際には俺はアランになってしまった。しかも15歳だ。あと3ヶ月ほどでアランとエステルは婚約する。
人生2度目のエステルは同じ人生を辿らないよう絶対に回避するだろう。そして15歳のアランだ。アランが自分勝手なやつだというのは周知の事実だ。今からその醜聞をなくすためにいろいろするには時間がなさすぎるのだ。
だが、まずやることがある。
俺は部屋の中にある鏡をすべて割って壊してしまった。憎い顔と24時間いることなるといっても、その顔は見たくない。
割ったあとにガラスの破片が散らばった部屋に足を踏み込んだ侍女は慌てて部屋を出ていった。
俺は心を決めないといけない。
アランとなった今、俺はエステルに会わなければならない。俺は意を決してエステルを探した。ブロンドの髪をなびかせて歩く魅力的な人は俺の知る限り1人しかいない。
あっあの後ろ姿はエステルだ!
するとエステルは廊下を歩いているのが見えた。ここから声をかけて逃げられては困る。仕方なく走ってエステルの前に参上して足止めをする、この方法しかない。
俺はエステルの目の前にやってきた。エステルはアランの姿を見ると大きく身体を上下にさせた。少し震えているようにも見える。
「やあエステル⋯⋯」
声をかけたはいいが何を話すべきか⋯⋯
エステルは少し動揺しながらアランを見ていたが、頭を深く下げた。
「アラン王子、ごきげんよう」
「校舎の⋯⋯⋯⋯⋯⋯で話さないか?」
校舎の横の生垣の奥で話さないか?
やはりクラウスとわかる発言は出来ないのか⋯⋯
エステルは目を見開いている。動揺しているのか目が小刻みに動く。
「あの⋯⋯王子、なんとおっしゃっかのですか?」
「⋯⋯勉強を教えてほしい」
エステルの顔にははっきりと“無理”と書いてあった。エステルは感情が顔に出やすい。
「私がですか?」
「だめか?」
「ダメなんてことはありません」
俺の馬鹿⋯⋯なんでもっと上手く言えないんだ⋯⋯王子からのお願いは命令と同義だ。この人生でエステルと初めての対面なのにもう人生をやり直したくなった。
ここからどう修正するべきか⋯⋯でも考えようによっては勉強なんて1度やったからといって効果は出ない。継続学習が大切だ。そう思えば毎日会う口実にはなるかもしれない。
「できれば毎日⋯⋯」
「えっ?」
「扉を開け放った教室ならどうだ?」
俺は精一杯の安全をアピールする提案をした。俺はあいつなんかと違うことを示したかったのだ。
当然、エステルは返答に困っているようで口を開けて何か言いかけたが、承諾してくれた。
次の日、俺は苦手な科目の教科書とノートを持参した。自分で言ったからにはちゃんと勉強したい。アランは馬鹿だから少しでも知識をつけておきたいのだ。
指定した教室へ向かうとすでにエステルが座っていた。アランがエステルに近づくと、顔を上げてアランを見るとエステルは急いで立ち上がった。
俺は手を前に出してエステルが立ち上がるのを止めた。そしてここでは立ち上がらなくても不敬に当たらないと伝えた。
そのあと早速、勉強は始まった。
エステルの隣に座った俺は嬉しくて口を緩めた。
あぁ、こうしてエステルの隣に座れるなんて2度とないと思っていたのになぁ。可愛いエステル⋯⋯ずっと見ていたい⋯⋯
エステルはアランの隣で緊張しているようだ。アランが動く度に見を固くしてくる。それについてはどうすることも出来ないので、エステルを刺激しないように一定の距離を保った。
俺はいくらエステルが可愛いからといって勢いで手を出す男ではない。
その日はそれで終わった。エステルは本当に勉強だけで終わったので、眉間に少しだけ皺を寄せた。
次の日も勉強をした。俺はエステルの横にいられるだけで嬉しかった。
あぁ、エステルは可愛いなぁ。まつげも長いし⋯⋯って勉強に集中!
俺は雑念を振り払うように勉強をした。
何日か経ったある日、エステルはこう王子に言った。
「アラン様は勉強がお好きなんですね」
「⋯⋯其方が好きなんだ」
そういった直後にアランは悪手だと思い歯ぎしりをした。
やってしまった、気が急いでついそんなことを言ってしまった⋯⋯今の俺が言うと下心満載に聞こえるよな。
「えっ?」
エステルが身構えたのを見て、俺は慌てて言い直そうとしたが、エステルの方が早かった。見を固くしたエステルは防御の姿勢でこう言い放った。
「私はあなたのことが嫌いです」
「俺が伝えたかったのは、其方は勉強も好きではないかってことで⋯⋯えっ?」
俺は言葉を失ってしまった。だが、エステルから続きの言葉はない。
――効果抜群だ、エステルから10000ダメージをうけた――
えっ嫌いって言われた? ⋯⋯アランのことが嫌いなのは嬉しいが、目の前で嫌いと言われると反射的に傷つくな⋯⋯いや、反射的じゃない、心をえぐり取られたようだ。
そこで会話を切り上げるとまた勉強に戻った。さっきの反応を見るにエステルはアランの好意に警戒している、というか嫌われている。それもそのはず、1度目の人生の経験からだろう。
エステルの反応を考えると距離を縮めることは難しそうだった。
俺はそのあとエステルに「嫌い」と言われる夢を何度も見て、夢から覚める度に下を向いて少し泣いた。
幾度目かの勉強でアランはこんなことを聞いてみた。
「エステルは身分差についてどう思っているんだ? ⋯⋯例えば公爵家と男爵家とか」
アランの言葉にエステルは実を固くする。
「どうと言われましても⋯⋯身分の差は超えられませんものね⋯⋯」
「それはそうか。男爵家なら公爵家の者にどうすることも出来ないな」
アランの言葉にエステルの顔は曇った。
俺は今度はダンスのレッスンに付き合ってほしいと言った。前に俺のことを嫌いと言ってきたので断られるかと思ったが身を固くしながら了承してきた。
俺はダンスが得意ではない。ダンスパーティーにエステルを誘うなら事前に距離を詰めておかないと、また警戒されてしまう。
今度は音楽の隣のこじんまりとしたダンスホールを借りた。俺はエステルが困らないように、窓を開けて侍女を部屋の中へ入れることを提案したが跳ね除けられてしまった。
王子としての身分に気を使ったのだろう。だが俺はダンスの練習を逆手に密着してムフフなんてことは考えていない。⋯⋯断じてそんなことはない⋯⋯
ホールの真ん中でエステルとアランは対峙した。そしてお互い手を握るともう片方の手をエステルの腰に回した。すると明らかにエステルの身体は強張った。
そりゃあ、嫌だよなぁ。こんな憎たらしいやつと密着するなんて、申し訳ない!
俺は心の中で盛大に謝った。
あれっでもエステル柔らかいな⋯⋯長いまつ毛がこんなに近くにある! おい、さっき邪念は考えないって決めたばっかりじゃないか。もうダンスは始まっているんだ
俺はターンが下手くそなのだ。小さい頃から下手くそなターンが直らない。ダンスパーティーの次の日に会った時にはエステルに笑われたものだ。
俺のターンがやってくる。
エステルは動きを止めた。
⋯⋯今の動きで俺がクラウスだって気がつくか?
「エステル、俺は⋯⋯⋯⋯だ」
やっぱりだめか。
「王子⋯⋯いえ、失礼しました。⋯⋯下手くそなので驚いてしまっただけですわ」
エステルよ、俺の前で下手くそと言うのとはわけが違うぞ。これでも見た目は王子だぞ。それに俺はなぁ、1度目の人生で君に下手くそと言われたことは忘れていないんだぞ! でもあの時はそんなことを言いながらも君が笑いかけてきたから、可愛いすぎて身悶えしただけだが、今回は真顔じゃねーか!
■
ダンスパーティーではもちろんエステルを指名した。
俺は綺麗に着飾ったエステルを見て惚れ惚れした。
いつもの長い髪の毛を三つ編みにしてアップにまとめているの可愛いなぁ、それに色白な肌に鮮やかな赤色のドレスが似合ってる。良きだなぁ。はぁ、俺得でしかないな!
俺たちは寄り添うとダンスが始まった。
あと1ヶ月半で婚約になる。その前にエステルに気がついてもらわないといけない
ダンス中にアランはエステルに声をかけた。
「ダンスが終わったら、バルコニーで話をしてもいいか?」
「⋯⋯はい」
その後のダンスは上の空だった。ダンスが終わるとお辞儀をした。アランはエスコートのために手を腰に当てる。エステルはその腕にそっと手を乗せた。
2人はバルコニーに着いた。
「エステル、俺は君と、その婚約⋯⋯」
その言葉にエステルは震え上がった。アランは困った。
「婚約したいが、それまで君にダンスとエスコート以外触れないっていう条件はどうだ?」
もうやけくそである。いろいろと積んだ気がするがエステルに安心してもらうにはこれしかない。俺は神様の試練を乗り越えるためなら、賢者にだって哲学者にだって喜んでなろう!
エステルは口を開けたまま立っていた。
よし、もう一押し
「君が心配なら契約書を作る。俺はエステルが好きだ。本当は⋯⋯⋯⋯なんだ!」
くそっ俺はクラウスなのに名前も言えない
エステルは言葉を選んでいたようだが、顔を上げて俺を見てきた。
「私があなたに好意を向けていると思って?」
「へっ⋯⋯?」
「勘違いもいい加減にしてください。私はあなたのことが嫌いです」
――効果抜群だ、エステルから50000ダメージをうけた――
エステルよ、さっき言葉を選んでいたではないか。その割には直接的な言い方だな。⋯⋯嫌いって⋯⋯見た目はアランだからいいんだけどよお⋯⋯いや正直、傷つくわ⋯⋯
神様からの試練を放棄して落ち込んだ。
そして作戦は失敗した。
エステルが家に籠もってしまったのだ。もう時間もないが、いきなり押しかけても困るだろう。
1ヶ月が経った
時間は刻一刻と過ぎていく⋯⋯
あれっエステルはまだ家に籠もっているのか? もう会いに行くしかない。
俺はエステルの屋敷へ向かった。屋敷へ着くと慌てて執事たちが玄関にやってくる。
「悪いがエステルに会いたい。侍女たちも部屋に入って面会したいと伝えてくれ」
それを聞いた執事は慌ててエステルへ伝えに言った。別の執事が応接室へと案内した。
俺はソファに座って静かに待っていた。すぐに侍女がやってきて俺に向かって深々と頭を下げた。
「エステル様はお会いになりたくないようです」
「分かった。ドアの前で話すのならいいだろう?」
俺はもう引き下がれないのだ。
アランの気迫に負けて侍女はアランをエステルの部屋の前まで案内した。アランは扉に向かって声をかけた。
「エステル、アランだ。君はそこで聞いているだけでいい。俺はいつも思っていたことを伝えるだけだ」
この際アランの姿はだってどうでもいい。前世で伝えられなかったことをエステルに伝えたいんだ。
「君の屋敷の庭で初めて会った時に俺は君が可愛い子だなって思ったんだ。それからよく会うようになって君の軽口も軽快な話し方も好きだった⋯⋯」
思いつくまま話したが、エステルは出てこなかった。
あと2週間しかないので、毎日来ることにして屋敷を後にした。
次の日も次の日もエステルに会いに来た。
「エステル、君が1度だけ俺の⋯⋯⋯⋯になるって言ってくれたのを覚えているか?」
俺のお嫁さんだよ! 大事なところを消すなよー!
次の日
「俺はエステルが好きだ。大好きなんだ! 俺は後悔しているんだ」
恥ずかしくて死にそう⋯⋯
次の日
「エステル、扉を開けてくれ! 好きだ!」
これじゃあ変な人だよな⋯⋯
アランの努力も虚しく明日は婚約の日になった。
今日もエステルの部屋の前にやってくる。
ふぅ、今日が最後か⋯⋯思い出話でもするかな⋯⋯
「エステル、思い出話をしようか。これは俺にとって⋯⋯目の人生だ」
2度目くらい言わせろよ! エステル、俺は2度目の人生なんだ。
「俺は⋯⋯家だからって何もかも出来ないって諦めていたんだ」
男爵! 男爵いもの男爵だろうが!
俺は1番大事な部分が伝えられなくて、心の中で盛大に地団駄を踏んでいた。
「エステル、こんなにやつれて大丈夫か? って聞いている前にとっとと連れ去れば良かったんだ。君がアランに会う前から君をお嫁さんに出来る手立てを考えれば良かったんだ⋯⋯」
アランは扉に手を当てる。
「なぁ、エステル。”あなたがアランさまだったらどんなに良かったか”って言ってくれたのを覚えているか? 俺はアランになったんだ!」
その時部屋の中から声がした。
「お願い、神様⋯⋯もう扉を開けてください⋯⋯」
「えっ? 神様?」
もしかしてエステルにも試練を課していたのか?
アランはダメ元で扉をひねってみる。するとカチャリと静かに扉が開いた。
俺はエステルの元へと駆けていった。この際見た目が憎たらしいアランの姿でも我慢出来ない。俺はエステルを強く抱きしめた。
はっ勢いで抱きしめてしまったがこれはいいのか⋯⋯?
俺はエステルを少し離して瞳をじっと見入った。するとエステルは俺を見て愛おしそうに笑顔を向けてくる。
「クラウス⋯⋯」
俺は自分の名前を呼ばれて身体中が熱くなった。エステルは中身がクラウスであることを分かっていたのだ。ならば見た目は憎たらしいアランの姿でも。この際構わない。
「エステル、世界で一番愛しい人」
それでも神様は試練を与えてくる。
【3度目の人生はクラウスとしてもう一度やり直す】
※ただし1度目と同じことをする場合は、同じことが繰り返される。
つまりは自分で未来を変えなければアランにエステルを取られてしまうという事だ。
「男爵だって、エステルと結婚出来るところを見せてやる!」