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01. 1度目の人生

「⋯⋯クラウスありがとう」

「エステルごめんな。始めからこうすれば良かったんだ⋯⋯」



 俺はずっとエステルを連れ去りたかった。だが男爵家の俺は何ができたのだろう⋯⋯


 ――――――



 男爵家に生まれたクラウスは茶色の髪の毛に緑の目を持っており、少し大人しめの男の子だった。


 無理強いはせず周りに合わせるような性格で男爵家であればうまくやれる方ほうであろう。


 公爵家に生まれたエステルはブロンドの長い髪に碧眼で目鼻立ちもはっきりしている可愛らしい女の子だった。


 明るく笑うと花が咲いたように素敵でどこかおっとりしている女の子だった。


 創国祭で神殿の前で会ったのがきっかけだったが幸いにも同い年だったのでその日は良い遊び相手になった。


 その日だけでは終わらずに、なんと幼馴染になったのだ。


 その頃はまだ2人とも5歳だったので周囲の大人は微笑ましく2人を見ていたが、クラウスだけがかなわない恋だと知らなかった。


 公爵家であるエステルと男爵家であるクラウスでは身分が違いすぎるのだ。公爵家と男爵家の間には、公爵家、侯爵家、伯爵家、子爵家、男爵家となっているからだ。どう考えても越えられない身分差だ。


 幼いがゆえ会って遊ぶことを許されていたとクラウスが気がついたのは、そのあと何年かしてからだった。


 エステルと会って間もなくのことだ。彼女は一度だけ俺のお嫁さんになりたいと言ってくれた。その記憶だけは俺にとっていつまでも忘れられない思い出となった。


 幼少部の頃はまだ爵位をあまり気にすることがなかったのでエステルとも頻繁に顔を会わせていた。その度に2人は軽口を言って笑い合っていた。だが、周りからは他の人に誤解をされるからあまり人のいるところで気軽に話さないよう注意された。



 だから学校の校舎横の生垣の奥に2人で秘密基地を作ったのだ。



 学校ですれ違う時に暗号を言う。暗号というのは、今日は会えるかという問いだ。


 大丈夫なら振り向く。駄目なら通り過ぎるだ。


 とは言っても、さすがに2人とも身分違いの恋を相手に伝えることはしなかったし、誤解のされるような言動も出来るだけしないようにした。


 大人になっていくにつれて2人が会う時間はどんどん減っていった。それでも会いたいだの会えなくて寂しいだのということはどちらも言わなかった。


 15歳にもなるとエステルは公爵家なので、嫁ぎ先についての話題が嫌でも上がってきた。おそらく同じ公爵家か王族である王子の誰かが候補だろう。男爵家であるクラウスは蚊帳の外だった。


 そんな頃、俺は校舎脇を歩いていると、渡り廊下の端のところでエステルが誰かに言い寄られていた。その人物が見えるところまでクラウスが移動すると、それはアラン王子だった。


 エステルの大きな碧眼の瞳は魅力的で長いまつ毛がそれを飾るように添えられていた。目鼻立ちもはっきりしており、一言で言えば美人だ。アランはエステルの美貌を気に入ってしまったようだ。


 俺は足を前に出そうとしたが、行き先を失い宙ぶらりんになった。


 アランに言い寄られて困っているエステルを助けたい⋯⋯しかし王子に歯向かっては俺だけではなく、男爵家が取り潰しになる可能性もある⋯⋯


 クラウスは2人を遠くからただ見ているしかなかった。


 久しぶりに生垣の奥でエステルと会った。だがいつもとは違い、どこかぎこちない素振りをしている。俺は渡り廊下の一見をそれとなく話に出してみた。


 エステルは反射的に首を押さえた。クラウスの目にはそれが何かを隠したいよう素振りに見えた。


「クラウス、アランとは何も無いの。まだ王室からも話はないから」

「エステル大丈夫だよ。ここでは気を使わないでいいから」


 そう言うとエステルは少しほっとしたようだ。首に当てていた指の隙間から赤い何かにつままれたような跡があったのがクラウスの目に入ってきた。



 その時は少し気になったくらいで、何も聞かなかった。後になって思うとあればキスマークだったのではないかと思う。


 つけた相手は一人しかいない――アランだ。


 俺はアランの評判を周りから聞いていた。馬鹿なのに自尊心と自己愛が強く、他人の意見を聞かない王室の汚点だと影では皆からこっそり言われていた。


 王室も機会があれば辺境の地へ送るつもりだったのだろう。



 だが、それは叶わなかった。



 なぜならエステルがアランと婚約したからだ。あまりの唐突なことに、クラウスだけではなく王室もさぞ驚いたであろう。



 思い返せば婚約する前日に、エステルはいつもより不自然な行動が多かった。何かを考えていることが多かったし、言いかけたがやっぱり口にすることはなかった。


 次の日、エステルはアランと婚約したのだ。


 それだけでは終わらなかった。


 そのあと、王子は婚約前にエステルに手を出していたことを噂で聞いたのだ。


 クラウスが感じていた違和感は合っていたのだ。おそらくエステルは自分の身に起こった悲劇を俺に伝えようか胸にしまい込もうか、考えあぐねいていたのだろう。


 クラウスは以前見たエステルの首筋のキスマークを思い出していた。一気に体温が上がる。


 アランはエステルの首筋にキスマークをつけただけでは終わらず、その先まで進んだのだろう。


 想像もしたくない、クラウスは口の中が苦いものでいっぱいになったかのように顔を歪めた。


 俺は怒りで一杯になったが、所詮は男爵家だ。どうすることも出来なかった。そしてエステルと2人で会ったのは、あれが最後だった。



 それからは遠くから眺めているしかなかった。


 次第にエステルからは笑顔が消え去っていった。その頃からアランは平民のアンと言う女学生に執心し始めた。可愛いエステルを押しのけアンをいじめただの、ひどいことを言うだの難癖をつけていた。


 ある日、エステルがおしゃれでもないのに首にスカーフを巻いていたのを遠くから見ていた。なぜそんなものを巻いているのだろう。


 クラウスは思い出す――エステルが押さえた指の隙間から首筋にキスマークが見えたことを。


 スカーフで隠すほどのものなのか⋯⋯最近はアンという女にアランはご執心のはずなのになぜエステルを手放さないのか⋯⋯


 俺は一度王子とその取り巻きとすれ違った時に王子がエステルの話をしていたのを聞いた。それは何とも下品な話でエステルとの夜の出来事の詳細を取り巻きに伝えていたのだ。


 俺はその時腸はらわたが煮え返りそうになった。助走をつけてアランをぶん殴りたいとこの時ほど思ったことはない。だが俺はアランとすれ違うことしか出来なかった。


 俺はそのやり場のない怒りを拳に変えて校舎のレンガの壁にぶつけると、俺の拳のほうが悲鳴をあげた。



 エステルは見る度に元気がなくなりどこかの上の空でふらふらとしていた。


 一度だけ耐えきれずに誰もいない階段の踊り場で遭遇した時にエステルに声をかけた。


「エステル、こんなにやつれて大丈夫か?」


 エステルは潤んだ目を泳がせながらクラウスを見てきた。そのあと目を伏せがちに口角を上げた。


「あなたがアランさまだったらどんなに良かったか⋯⋯クラウス、心配してくれてありがとう」


 そう言ったエステルの顔には生気がなかった。


 あの時、本当に無理矢理にでも連れ去ればよかったんだ。そしたら何かが変わったかもしれない。俺はあの日のことを何度も思い出しては悔いていた。



 だが、事態は急変する。



 学校のホールに学生が集められた。一体何が始まるんだろうか⋯⋯


「王子のアランだ。本日をもってエステル=ラックセスと婚約破棄をする」


 アランは高らかにそう告げると隣にいたアンを引き寄せた。


「そしてアン=ロードリーと婚約する!」


 それを聞いた瞬間、俺は怒りで我を忘れた。全身が熱くなり、見ている景色はまるで映画でも観ているように他人事のように思えた。


 エステルから何もかも奪っておいて、婚約を破棄だなんてエステルを切り捨ててくるなんて絶対に、絶対に許さない。


 気がついたら俺はアランを助走をつけて殴っていた。俺の拳には憎くてたまらないアランの頬の感触が伝わる。


そのまま地面に叩きつけんばかりに拳に力を乗せた。



「へぶしっ!」

 アランはホールの床に叩きつけられていた。



 ホールは騒然となった。派閥関係なく好奇な目を向けてきた。ある者は賛同し、ある者は嫌悪した。


 俺はエステルに近づくとエステルの手をそっと握った。


 驚いたエステルはクラウスの方へ顔を上げて目を潤ませた。


「⋯⋯クラウスありがとう」

「エステルごめんな。始めからこうすれば良かったんだ⋯⋯」


 俺はずっとエステルを連れ去りたかった。だが男爵家の俺は何ができたのだろう。


 そのまま警備団がやってくると俺とアランは別室に行くことになった。話し合った結果、俺は厳重注意となった。アランは腕を組んだまま口をへの字に曲げていた。それは納得していないような態度だった。


 その日の夕方に家に帰る途中、俺は後ろから暴漢に襲われて死んだ。

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