第9話 最初の罪
武蔵介に赴任して早々事件は起きた。豪族である武蔵武芝は検注を嫌がっていたが、興世王の策によりあっさり受け入れてしまった。しかしその二人は裏で平将門と繋がっており、わざと一芝居かけていたのだ。そしてある時源氏側の営所が武芝率いる軍に取り囲まれてしまった。主人公優はこのピンチをどう切り抜けるか...
宴会の数日前....
「貞純親王様、密偵からの連絡にございます。」
「はい、ごクローさん。どれどれ...」
「....ふーん。興世王がねぇ、」
そして現在に至る
「親王様、俺の予想が正しければ興世王に武蔵武芝、それと平将門は最初からグルだったのではないでしょうか...」
「...実はね、伝えるのが遅くなるんだけどさ、数日前二人に話をしようとしただろ?」
「えぇ、確かその時は興世王殿が偶然帰ってきて...
そこで話が終わりましたが、彼に聞かれては不味い様な内容だったのですか?」
すると親王は眉をひそめ、深刻そうな顔をしながら口を開けた。
「あぁ。密偵からの報告によると興世王は東国の豪族や将門と近い人物と接触していたンだよ。その中に挙がった名前として、武蔵武芝や藤原玄明といった朝廷関係者もいたんだ」
「藤原ってことは、まさか朝廷もグルなのですか!?」
満仲は心配そうな顔で親王に問いかけた
「いや、それはないね。この藤原玄明って人だけど、租税を納めないどころか収穫物も横領するヤバいやつなんだよ。そんな輩を賢い朝廷の貴族は手を貸さないだろう。」
名門藤原氏と言えばこの時代天皇をも凌ぐ絶大な力を誇っていた。開祖藤原鎌足から始まり、最盛期の藤原道長の時代に至るまで他氏排斥を続けその地位を確立してきた。貴族のイメージが強い藤原氏であるが、実際には豪族として各地を治める武に長けた者もいた。藤原玄明は研究によると東国豪族されているが、その行動から藤原氏の汚点とも呼べる存在であろう。
「どうされますか、父上...」
優は考えた。このまま夜戦を展開するか、それとも白刃戦を挑むかどうか。しかし彼は元々学生だ。戦いの知識など漫画やアニメなどにあるどれも浅い知識しか脳内にはなかった。そもそも戦を起こしたところで勝つ事なとできるはずがない。相手はあの平将門だ。
(平将門の乱って最後どうなるんだっけなぁ....しかもその過程も全く思い出せない....)
そして悩んだ末ひとつの答えを導き出した
「よし、撤退だ。兵上層部は直ぐに京へ発つ準備をするんだ!」
「もしかして、朝廷へ今回の事を直訴するのですか!?」
「あぁ、この様子だと将門達はこの東国を支配しそうな気がするんだ。それも国司達を凌ぐ、朝廷で例えるなら藤原氏の様な存在に」
「...同感だ。直ぐに今日へ行こう」
【将門記】によると「介経基ハ未ダ兵ノ道ニ練レズ。驚キ愕イデ分散ス」と書かれており、経基は急いで京都へ逃げ帰り、戦の経験の浅さに着いて指摘されている。
そして日は流れ天慶二年 二月、経基こと優達は朝廷へ将門らに謀反の疑いがあると伝えた。
「上手くいきますかね...まだ謀反だとはわかりませんし、それに実力者の藤原忠平は平将門の元いた上司ではありませんか...」
「確かにそうですよね満仲さん。もしこちらの間違いなら俺たちはどんな罰則を受けるか...」
二人の予感は的中した。五月になると東国五カ国が事実無根の証明書を朝廷へ提出したのだ。これにより源経基は讒言により左衛門府へ拘禁されるのだ。因みに左衛門府はざっくり説明すると宮城の門の警護をする役所である。そして、そのころ朝廷では...
「ふーー、頭が弾けそうじゃ」
「どうかされましたかな関白(忠平)殿」
「東国からの書状に謀反は毛頭ないと書かれておるがあ、もしこれが嘘の内容だとしたら私のかつての部下が何とも愚かなことを...」
「仮にそうだとしてもそれは関白殿のせいではございませぬ」
「すまないな、気を使わせてしまって。そうじゃ、左衛門府にて謹慎されている六孫王はどうしておるのじゃ?」
「源経基の事でございますか?なんでもやることがないからと兵士らしく日々武芸に励んでいるそうですな」
「元皇族であっても今はその時の面影はないと、な...」
そのころ左衛門府では
「ですから、ここで武芸に励むのはおやめ下さい六孫王様!」
「その名は朝廷にいた時の名ですよ。今ではちゃんと源経基っていう立派な名前があるんですから」
「ですがここは左衛門府の役所でございます。毎日毎日ここで修行する姿を見ますと、こちらも作業が捗りませぬ」
「ですが、屋敷は引越してもう無いのですよ。なので勘弁してください」
「はぁ、毎日これだからかなわないよ」
このまま拘禁期間が続くのであれば、現状維持する他ない。ただひたすらに武芸に励み、いつ来るであろう初陣で、死なないようにしなければならない。そんな事を考えながら月日は流れた。そして天慶二年十一月、東国で大きな動きがあった。遂にあの男が動き出した。
ドッドッドッドッ!!
「か、関白殿ー!!!」
「そんなに急いでどうされましたかな?」
「と、東国にて、た、平将門が常陸介藤原維幾の軍をう、打ち破りましたァァァ!!」
「な、なんと将門が、わしの部下であったあやつが道を外すなどと、何とも愚かな」
「どうされます関白殿...」
「先ずは動きを見ようぞ」
十二月になると将門は更に進行した。同月十一日に下野へ出兵、そして数日後には上野国府を陥落させてしまった。更に勢いがついた将門は「新皇」と名乗り始めたのだ。
「ぐぬぬぬぬぬッッッ!新皇などと、自身が新しい帝になるなどと恐れ多いことをっ、最早擁護は出来ぬわ....」
「つまり将門を討つと」
「うむ。年明けと同時に奴を討つぞ」
「して誰を討伐に向かわせるのですか?」
「老将ではあるが征東将軍である藤原忠文を大将として行かせようぞ」
「成程。では副将はいかがなされますか?」
「あやつがいるじゃろ。長い間謹慎を受けていた者が」
天慶三年(940)一月、源経基は朝廷へ呼ばれた。
「そなたが源経基であるな。まさかお主が申したことが現実になるとはのお。拘禁はすまなかった。」
「だ、大丈夫ですよ、それに兵士として武芸に励むことも出来ました。」
「んフフ、それはそうであったか。しかし朝廷にもメンツがあるからのぉ、それでお主は放免じゃ。」
「な、有り難き幸せ!」
「フフ、更にお主は良く東国の状況を朝廷に申してくれたな。事を信じなかったわしを許してくれ」
「そ、そんな滅相なことを...」
「そう言うでない。その攻を認め、お主には従五位下の位を授ける。」
「あ、ありがとうございます!!!」
「それと....」
数時間後、平安京周辺仮の邸宅にて
「お帰りなさいませ経基どのって、どうかされましたか?どうやら顔色が...」
俺は震えが止まらなかった。初めて与えられた爵位。現実の世界では一生涯縁のないものだろう。しかし爵位を授かった喜びよりも勝るものがあった。
「お、おれ...」
「...はい、」
「将門を討つため、ぐ、軍の、ふ、副将に任命されましたぁぁぁあああああ!!!」
「ま、誠ですか、経基殿!!」
「まさか初陣が副将とはねぇ...」
『し、親王さま、いつの間に』
「君の生き方を決めさせたのはこの私だ。だからあれこれ言うつもりは無いけどさ、君にとっては初めての戦だ。つまり相手の命を奪うんだ。無論こちら側が奪われる事もあるけどね。...生きて帰ってくるんだよ。」
「は、はい!生きて必ずや親王様の所へ帰ってきます!」
そう言うと親王様はこくんと頷き、奥の部屋へと戻って行った。その後ろ姿は何処か悲しげな様子であった。
(親王様、何かあったのかな....)
「経基殿、早速戦の準備もしましょう!それと早めに大将殿と連絡を!」
「わ、わかりました。兎に角急ぎましょう!」
こうして俺は正式に無罪放免となり、自由の身となった。それどころか爵位まで授かり、軍の副将にまで任命された。ここが俺の最高地点なのだろうか。それとも今よりも更に高い地位まで登るのであろうか。現実世界での記憶が忘れつつある中それは最早誰にもわからないだろう。今の俺にやれることは目の前の課題野山を兎に角片付けることだ。