第39話 分岐路
優と親王は六条河原にて義平達と望まぬ再開を果たした。絶望の最中目の前に平重盛が現れ、頼朝も既に捕縛されている事を告げられた。希望はもう無い。
数ヶ月ぶりの再開だ。
この期間で元は同じ土俵にいた同士が勝者と敗者に別れた。
「....重盛、久しいな。いつ以来だ?」
「内裏で殺しあってからだから数ヶ月は経つな」
「しかしその見た目、とてもあの六孫王とは思えんな」
重盛は冗談を交えながらも敗者に会話を続けた。
「....二人は頼朝と義平を擁立する為に六波羅まで戻ったのか?」
「あぁ、全てお見通しって訳か」
「そんな簡単なこと、平家の者なら誰でも簡単に思いつくさ」
「...二人のために忠告しておく。もうここらで刀を下ろすんだ。」
重盛は降伏を促した。
「これ以上血を流す必要も無い、既に見た通りだ。信頼も義朝も討ち取られた。加えて帝や上皇様も我等がお守りしている。」
「賊軍を引き従えた義朝も死に、その長男義平も斬られた。その弟の朝長も死に...」
「..何だよ?まだ誰か死んだのかよ」
「頼朝も先日捕縛され、後日首を斬られる予定だ。」
義平亡き後最後の希望でもあった頼朝は既に平家に捕らえられていた。つまり優を除いた賊軍の大将首ほぼ全てが討ち取られた事を意味する。
「な、頼朝まで捕まってたのか...」
「そうだ。こう言うの酷だが、源氏がほぼ全て討ち取られた以上、お前の後ろ盾はもう無いんだ。幾ら六孫王と言えどな。」
「それにお前の素性を知るのは俺や義朝や義平、頼朝位だった。他の兵士からしたらお前は突然現れた素性の怪しい武将に過ぎない。」
実際優の存在に疑うものは少なくなかった。突然義朝の配下に置かれ、源氏の血を引く者だと告げれば、疑いの目が向けられることは避けられなかった。その為先の戦で彼に従う兵士は少なかった。
「そ、それじゃ、俺はどうすりゃいいんだよ....」
「.......」
「お、俺は今まで普通に生きてきたんだ。殺し合いとは無関係の日々を平穏に過ごしていたんだ。なのに突然過去へ飛ばされて人を殺す事が当たり前の時代で生きることを余儀なくされた。」
「その時代で何年か生きて、ようやく慣れ始めた頃、また突然飛ばされてこの時代で生きることになった。前の時代に親しかった人はもう居ない。そしてこの時代唯一の頼みの綱だった人達も死んで行った......」
「.....優」
「俺は、俺は、一体何のために生きているんだよ!!.....人を殺すことに躊躇いも無くなった。戦で誰かを斬る事が普通であると考える様になっちまった。」
「もう、こんな野蛮なやつ元の時代に帰れたとしても通用しない。でもこの時代で生きようとしても捕縛され斬られる運命、なんなんだよ、何なんだよぉッツツ!!!」
貯め続けた胸の内を全て吐き出した。
「俺は、所詮唯の一般人。それなのに身分を偽り皇族の一員になり源姓を貰った。.....俺は所詮偽物、お前達本物とは、まるで違うんだよ。」
「.........偽物?」
「あぁ、そうだ俺は偽物だ。俺は唯の一般人、何処にでもいる何の面白みの無い人間なんだ。それに比べお前たちは由緒正しい家柄の出身で武勇に優れているヤツらばかり。それに比べ俺は身分を偽って偽物の大将を演じていたに過ぎないんだよ。」
「....家柄、か」
重盛はポツリと発した。声色は何処か呆れた様な感じであった。
「何か勘違いしている様だな。家柄なんてモノ所詮大したことの無い肩書きに過ぎん。」
「....は?」
「お前なんら疑問に思わなかったのか?だとしたら御目出度いおツムだな。」
呆れ顔で物申した。
「お前、平将門を憶えてるよな?」
「と、当然だ、あんな化け物忘れるわけないだろ」
「だよな?勝手に自分を新皇と名乗って東国を自分のものにしてしまった、俺の愚かな先祖を知らない人など居ないだろうさ。」
「....そうだったのか。でもそれが何だって言いたいのさ」
「将門の一件で桓武平氏の存在に嫌気がさす人間が増えた。その後将門の孫である平忠常が戦を起こし、源頼信によって討たれた。この時代遂に平氏の名声は一度地に落ちたんだ。正しく今のお前たち清和源氏、その中の河内源氏と全く同じ状況にな。」
平忠常が何故戦を起こしたのか今日でも様々な説が説かれている。しかし彼を討伐するために源頼信が派遣され、そこから清和源氏流河内源氏は一気に知名度を上げることとなった。
「確かにお前の言う通りだ。武士と言えど俺には確かに桓武の帝の血が流れている。そのため他の武士とは違い任官されるなどの待遇を受けている。自分自身が特に何もしていなくてもな。」
「...だがこうなったのも永承5年、我らの先祖が東国で力を増した源頼義そして八幡太郎義家によりその地を追われ、伊勢へと流れ着いた事が始まりだ。そして伊勢の地で着実に功績を積み上げて今日に至り、名声はかつてを凌ぐ程まで回復した。」
優はその言葉を聞いて悟った。今の河内源氏の状況は既に昔桓武平氏が経験していた事だと。そして一度地に落ちた名声を再び以前の様な状態にする為には努力する他ないと理解した。
「今のお前達の状況は正に我等の先祖が通過した分岐点にいる。今の現状を受け入れひっそりと生きる道に進むのも良し、伊勢平氏と同じ道に進むのも良し、そして何れ独自の道を切り開くのも良し。答えは進んだ先にある。」
「お前が伝えたい事も理解できる。だけどな、生き残りの頼朝もこれから殺されるんだぜ?もうどうにもできないだろ。これ以上どうしろってんだよ...」
「....ッフ。」
重盛は少し口角を上げ、クスリと笑った
「絶望に浸るにはまだ早いな。」
「その頼朝だが恐らく殺されることはない。池禅尼様が頼朝の助命に全力を尽くしている最中だ。さっき首を斬られる予定だと言ったが、恐らく流刑に済まされるだろう。」
絶望の最中、失った僅かな希望が再び目の前に現れた。その希望を生かすも殺すも優と頼朝、二人自身にある。




