第37話 鎌倉悪源太
義平は父や弟の無念を晴らすため清盛を襲撃する事を決心する。やっとの思いで六波羅にたどり着いた頃、背後から敵である重盛に声をかけられた。
六波羅-小松谷にて
「久しぶりにお前の館に来たな。なんか以前来た時よりも燈籠の数が増えてないか?」
「...まぁな」
平重盛は大の燈籠好きで今日知られている。後に「燈籠大臣」というあだ名が付けられるほどだ。
幾つもの燈籠が闇をを照らす中、重盛は口を開いた
「何故だ、何故東国へ落ち延びなかったんだ!!
わかっているだろ?捕まれば斬られることくらい!」
重盛は義平の肩をグッと掴んだ。
「...始めは兵を募って東国で父上らと共に再起を図るつもりだった。だが結果は見ての通りだ。兵を募る事も失敗し、父上も尾張で討ち取られた。数日後には都の何処かで首を晒されるはずだ。」
「だったら、尚更だ!何故、なぜ都に戻ってきた...
鎌倉悪源太と名を馳せたお前を父上は生かしておかないはずだ....」
声がこわばり、重盛の頬には涙が垂れていた
幼い頃からの付き合いであった男の運命を悟ったのだ
「東国へ落ち延びても同じだったはずだ。東国には源氏に従う者もいる。ただそれは父義朝を慕っての事で、俺に対して同様の忠誠心などないであろうな。」
「...義平」
重盛は返す言葉が無かった。ただポツリと目の前の男の名を発するしかできなかった
「だがこの悪源太はタダでは死ねない。お前には悪いが父や弟の無念を晴らすためにも、清盛の首を捕らねばならん」
「....本来なら止めるべきなんだろうな。」
自分の父を殺すと目の前で言われても重盛は落ち着いていた
これから死にゆく男の願いを切り捨てる事など彼にはできなかった。
「けどなぁ...最期に祥寿と娘に会いたかったなぁ。だがそれも叶わぬ夢か」
「...義平、やはりもう一度考え直せ!生きていればまだ二人に会えるんだぞ!!」
「そうしたいのが本音だ。でもな重盛、俺も源氏の男。大将が命捕れて落ち着いてはおれん。」
義平は既に覚悟を決めていた。
父や弟の無念を晴らすこと、そのために妻や娘には二度と会えないことも。
「それではお暇するとしよう。じゃあな重盛、いつの日かまたあの世で会おう。」
こうして義平は館を後にした。
館を経つ義平の後ろ姿を見た重盛は、無意識に腕を伸ばしていた。然しその腕も直ぐに下げてしまった。
「....じゃあな、義平。また会おう」
そこからの義平の行動は早かった。舘を経って直ぐに清盛の館を襲撃した。
ただ一人で親と兄弟の無念を晴らすため、迫る敵兵を斬り捨てた。
「て、敵襲だあぁぁぁぁあ!!!」
「清盛様を守れぇぇぇえええ!!」
義平は容赦なく敵を切り刻んだ
「なんだなんだァ!?平家の者共は予想の他弱っちぃじゃねぇかァ!!」
「この鎌倉悪源太義平様が直々にご挨拶に来たというのに、つまらんなぁああ!!」
「....朝っぱらからうるさいのぉ、なんの騒ぎだ!!」
清盛は騒ぎに気づいて寝巻きのまま姿を現した。寝起きなのか目を擦りながら出てきたが、直ぐにその眠気さも覚めることとなる。
「ん!?そこに居るのは清盛だなぁ!?丁度いい探す手間が省けたな」
義平はそう言うと懐から自害用の小刀を取り出した。
そして刀を素早く抜くと清盛目掛けて投げ飛ばした。
「.....!?んぐぅ..」
刀が清盛の身体に傷をつけた。
「チッ、外したか...。悔しいがここ迄らしいな」
「き、清盛様!!ご無事ですか!」
「く、首を掠めただけだ...。それよりもあの男を早く生け捕りにせよ!!」
清盛の命令を受けた兵士が再び義平に襲いかかる。
義平はこれ以上暴れることは無く、すんなりと捕縛された。
「....其方、義朝の倅である義平に間違いないか?」
「そーさ、俺が義朝の長男である悪源太義平だ!!
俺を生かしておくと何をするかわからんから斬った方が身のためだぞ。」
義平は清盛の問に勢い良く答えた。その顔は悔しがる様子ではなく、全てをやり切った表情だった。
「愚かな行いだが武士としてはようやった。ここは褒めるほかないな。」
「そりゃどうも。あの清盛から褒められるとは俺もデカくなったものだな。」
清盛は義平をただ見つめていた
「同じ武士として今後のお主の成長ぶりを目にしたいが、賊軍であるお主を活かしておくことは出来ぬ。」
そう言うと清盛は兵士に次の言葉を告げた
「直ぐにこやつを引廻せ。その後直ぐに六条の河原にて首を斬れ。」
「はっ!!」
こうして義平は市中引廻しの上、斬られることとなった。
引き廻すことになった義平を人目見ようと、都の大通りは人で溢れかえった。
「あれが鎌倉悪源太かぁ、まだ若いというのに」
「何でも最期は清盛様に遅いかかったらしいぜ」
「これで源氏の名声は完全に地に落ちたなぁ」
嗅ぎつけた聴衆はお構い無しに各々が思う事を発し続けた。
「このクソガキがァ!お前に息子が斬られたんだァ!
さっさと斬られちまえ!!」
「兄を返せクソ野郎!!」
「貴様には無間地獄が待ち受けているぞ!!」
(こうなる事はわかっていたが、辛いものだな)
「死ねぇ!」
「これでも喰らえクソ悪党め!!」
四方八方義平に向けて罵詈雑言や物が投げつけられた
だが義平はそれ等全てを受け入れた。
与え続けたきた憎悪がそのまま自分へ帰ってきたのだと。
「お、おいお前大丈夫か?」
見かねた馬引きの男が義平に声をかけた
「くくく、辛いがあと少しの辛抱だ。耐えてみせるさ。」
「流石だな悪源太。全く、息子も少しは見習って欲しいものだな。」
男は義平と話を始めた。これから死ぬ罪人を想ってのことだろう。
「なんだあんた息子がいるのか」
「丁度そなたと同じくらいの倅が一人な。臆病者で先の戦もずっと後方で待ち構えたていたよ。」
男は自分の一人息子にについて語り始めた。その息子は臆病者で、先の戦が初陣だった様だ。その事を咎められ相当落ち込んでいるらしい。
「まー初陣ならそんなにものじゃないか?俺も初めての戦では小便チビったし。」
「本当か?お前程の男でも恐ろしいと感じる事もあるのか」
男がそう発すると義平は真面目に返答した。
「初めての戦で恐怖に怖気付く事なんて普通だ。そうでない奴など滅多にいないさ。だからあんたの息子は決して臆病者なんかでは無い。殺し合いの場に出てきただけで十分凄いじゃないか。」
「そうだ、俺の刀は何処にある?」
義平は自身が常に身につけていた刀の在処を問いただした。
「それなら此処に」
男は義平に刀を見せつけた
「俺の刀で間違いないな。其れは石切丸という名でな、幾つもの窮地をそいつと共にした。何度も此奴には助けられた」
「....ならば形見としてお主の家族に届けておこう」
「いや、その石切丸は其方の倅に譲る」
男は唖然とした。あの悪源太義平が自身之愛刀を自分の息子に譲り受けるというのだ。
「其方の倅の初陣を記念してその刀を譲ろう。まぁ使い道に困ったら質屋にでも出して生活の足しにしてくれ。」
「.....有難う御座います。」
男は義平に深く頭を下げ、礼を伝えた。
それから直ぐに目的地である六条河原に到着した。
「ん、あれは...」
義平は木の下で既に晒しあげられている首を見つめた。
「これはこれは信頼殿ではないか!既に斬られておったか!これは何とも無様ですなぁ」
晒されていたのは数日前に斬首となった藤原信頼だった
「とはいえ俺もこうして晒されるのであろうなぁ...これも運命というものか」
そう呟くと義平は馬から降りて準備されていた敷物の上に座った。
「俺の太刀取りは誰だ?」
義平は己の首を斬る男を探した。
「この難波経房が担当する。残念か?」
経房が返答すると義平は言葉を発した。
「こんな白昼に俺を斬るとは平家は情けを知らんようだな。まぁこうなったのも信頼に従った己の責任だがな。俺程の男を斬るとは名誉なことだぞ?」
「あーあーわかったよ。大変名誉なことだよ。」
経房は適当に返した
「...まずく斬ったら喰らいつくから覚悟しろよ」
義平の言葉に経房は歯茎を見せて笑った。
「お前これから首を落とされるんだぞ?どうやって噛み付くんだよww」
「怖気付いて頭でもイカれたか?ん?」
「直ぐにはしないさ。死後、俺が死んだ後に雷となってお前を殺してやるのさ。さぁ斬れぇエッッ!」
経房は刀を振り下ろした。
「...グッ、ガ、」
一筋で首は落とせなかった。そしてもう一度刀を振り下ろすと今度は一度で首を落とした。
「...なっ、、コイツ、マジかよ」
斬られた義平は笑顔そのものであったが、その目は経房をじっくりと見つめていた。
「.....?アレ、生きてる?今首を刎ねられた筈だが...」
「つーかここは何処だ?」
義平は辺りを見回した。すると後方から声がした
「まさか、兄上ですか?」
「と、朝長!?何故死んだお前がここに?」
その声は亡き弟である朝長だった。
「おかしな事を仰いますな兄上は。ここはあの世ですよ?死人がいて当然でしょ」
義平は口を軽く開けて固まった。自分が死んだことをようやく理解したのだ。
「何で口を開けて固まっているのですか?待ちキスですか?そういう事は祥寿殿として下さい」
「フハハハハッ!馬鹿言え。俺は待ちなどせん、常に攻める側じゃ!!」
「.....そんな事弟の前で言わないでください気持ち悪い。
それよりも急いで下さいよ」
義平は首を傾げた
「急ぐって、ここはあの世なんだろ?急ぐ事なんてあるのか?」
「父上が信頼殿をとっ捕まえて叱責しているのです。そろそら信頼殿が可哀想なので止めなければなりません。」
「...それは大変だな。では急いで信頼殿を助けるとするかな。」
こうして義平は弟の後に続いた。享年20歳であった。




