第36話 糸口のありか
義朝は家臣に殺された。賊軍に安らぎなど無い。
昔とある男がいた。その男は武士の中では英雄的存在であり、功績が認められ院昇殿が許された。誰もが次の時代は彼のものだと確信していた。
しかし男の時代は短いものであった。男の息子が地方で狼藉を働き朝敵となり、討伐された。この一件で彼の名誉は失墜することとなる。
更に男の曾孫は失墜した一門の名声を取り戻すべく謀反を働いたが、蕾が開くことは無く虚しく都から離れた地にて裏切りによりこの世を去った。
そして謀反人の息子は今、ボロ雑巾の様な見た目をしながらただ一つの目的のために進み続けた。
「....虚しいな、ここまで自分を慕う人間が居ないなんてな。どうやら俺は父上の程の人望はないらしいな」
かつては綺麗であった橙色の直垂も、滲んだ血により見た目が変貌してしまった。
「皆はどうしているだろう。父上に弟の頼朝に優殿、そして我が妻である祥寿と産まれたばかりの娘。無事であろうか」
家族・友人、愛する者の安否を考え頭の中が混沌としていた。
だが彼には安全という安らぎはもう訪れることは無い。
彼は賊軍であり、討伐対象である。
捕まれば首を刎ねられ、何処かの地で晒されることは避けられない。
「一先ず尾張だ。途中熱田の神宮で祈願しよう。もはや今の俺に出来ることは限られている」
義平は等々神に縋る事にした。普段は祈願など滅多にしないが、試す価値あり。追い詰められた彼には些細な事でも、この状況を打破する一つの糸口だと考えていた。
「重盛ら官軍は今頃、俺達賊軍を捜索している頃か。捕縛され無様に恥を晒すくらいなら、捨て身の覚悟で清盛に喰らい尽くしてやる」
そうして家族や仲間の安否、清盛への復讐を心の支えとして何とか尾張国熱田へと辿り着いた。
熱田には少なからず源氏に縁のある地であった。
頼朝の母で父義朝の正妻である由良御前は熱田神宮の宮司の娘で、頼朝も熱田で産まれた。
何処かで自分の味方になる人物がいるかもしれないと僅かな希望を抱いていた。
しかし熱田神宮へ着くと同時に、その淡い期待は打ち砕かれた。
「....クソっ!もう官軍が嗅ぎつけていやがったか。
せめて祈願だけでもと思ったが、それもダメなのかよ」
官軍は既にこの地へ辿り着いていた。逃走中である賊軍を捕縛するため、各地を血眼に探し回っていたのだ。
「しまった、敵兵がこちらに来る!何処か身を隠さねば...」
辺りを見回すと偶然巨木が立っていたため、急いでよじ登った。
何とか身を隠し、敵兵の話を盗み聞きする事に成功した。
「オイ、聞いたかよあの話」
「聞いた聞いたよ。まさか味方に殺されるなんてなぁ」
(裏切られて殺された....一体誰が?)
義平は音を殺しながら再度耳を傾けた。
「何でもよぉ義朝のやつ、尾張の中でもド田舎な所で入浴中に家臣に殺されたって話だ」
「ブハハハハッ!そりゃ笑えるぜ!あの源氏の長がこうも簡単に打ち取られるなんてなァ。ざまぁねーな」
「全くだ。同じ武士として恥ずかしいね。しかし上が"うつけ"だと下が不憫に思えてくるよ」
耳にしたくない一報であった。父が同じ尾張で殺された。
しかも家臣の手によって。
直ぐにでも父を侮辱した兵士を葬りたい。
滅多刺しにして体を八つ裂きにしたい。
(堪えろ、今は堪えろ!!奴らの顔は覚えた。何れ俺の手で惨たらしい最期にしてやる...)
義平は唇を噛み締め必死に耐えた。
込み上げてくる憎悪を何れ放出するまで、今は耐えるのみ。
怒りで身体を震わせているうちに敵兵は郊外の方へ向かった。
「尾張はダメだ。もはや隠れる場所も頼る人もいない。ならば当初の目的通り清盛を仕留める」
「ヤツを仕留めて父の無念を晴らし、地に落ちた源氏の名声を再び、八幡太郎義家の様に俺も...」
そこからの行動は早かった。解き放たれた矢の如く、昼夜問わず彼は清盛がいる京、六波羅へと向かった。
道中空腹に耐え、泥水を啜り生き長らえた。
目的のため進み続けた。
そして目的地へ辿り着いた
「戦が集結してかなり経ったが、やはり警備が厄介だな」
やっとの思いで六波羅に着いたが、隙が無さすぎる。門前や館の周囲にも数多の兵士が巡回している。
「......お前、義平、か?」
聞きなれた声がした。
「...........重盛。」
「何処かで俺の情報がもれていたのか。まさかお前に捕ま...」
重盛は直ぐに謀反人の腕を引っ張った。
「兎に角俺の館へ来るんだ!」
重盛は友人を諦めていなかった




