第11話 罪悪感
ついに東国の覇者である平将門を討つ時がきた。しかし俺はどこか迷いがあり、その不安が大将藤原忠文にもバレた。胸の内を吐き出し、忠文は一つの助言を伝えるが...
(絶対倒す。将門、首を洗って待っていろ...)
そう思いながら俺たち一行は将門がいる東国を目指しながら道中を歩む。もしもだ、もし俺が将門を討つとなると、それは俺にとって初めての 殺人 となるわけだ。当然俺は自分の手で誰かを殺めたことはない。しかし今は平安時代中期、人権意識は現代と比べ物にはならないだろう。だとしても俺がこれからする行為は許されるのだろうか....
「...何かを決心したかの様な顔ですな、しかし何処か不安な様子も見受けられますな」
「忠文殿、私にはわかりません。最初に貴方と話した時は年老いた老将の印象しかありませんでした。しかし今はハキハキと口を動かし、ただの老将ではなく数多の経験を積んだ老将に見えます。この数刻で何が貴方をそうさせたのですか?」
「ハハハッ、面白いことをおっしゃいますな六孫王、いや源経基よ。一つだけいい事を教えてあげますぞ。戦場において戦以外の不安を抱いていると、どんな武将であれ呆気なく討ち取られますぞ。」
「(この人は俺の全てが見えているのか?)」
「実は私は今回が初陣であり、まだ人を殺めた事がありません。戦とは言え他人の生命を奪う行為に罪悪感があるのです。今回の将門討伐を言い換えれば悪者退治。ですが悪者と言えど討ち取るのは許されるのでしょうか?」
「ほう、成程な。まるで自分の手を汚したくないための建前にしか聞こえないが?」
俺は否定しなかった。実際そうだからだ。この時代で生きると決めたものの、正直ここまで決心はできていなかった。忠文殿は最初の殺しをどうしたんだろうか。
「...確かにそうです。俺は決心できていません。忠文殿は初めての 殺し をした時、どうだったのですか?」
俺は思い切って聞いてみた。
「ワシも同じだ。最初は経基殿と同じく初陣の時は、ありとあらゆる行為に恐怖を抱いていた。道中をゆく時は手が震えすぎて手綱を掴めず、便所の時は緊張感でクソが止まらなかったり吐いたりもした。しかし戦場は時間と同じで待ってはくれん。」
「せこい話に聞こえるだろうが俺は初めての敵を敗走兵に絞った。彼らは戦に負け意気消沈、怪我もあれば動きものろい。だから良き的になる、殺しに慣れるために彼らを殺めた。」
「全てがおわったあとかはクソほど吐いたよ。敵将を討つならまだしも、ただの敗走兵を殺したのだから。だが彼らの屍の上に私は自分の道を引いてきた。彼らの死が私を作り出していると今ではそう思っているよ」
どうやら老将は胸の内を吐いてくれたようだ
「もし俺が敗走兵を殺めると言ったらどう思いますか?」
「どうも思わん、それが普通だ。むしろ初陣なのに何も感じん奴はバケモノだ。ただこれだけは言っておくぞ。倫理観は捨ておけ、ではないとさっきも言ったが呆気なく死ぬぞ。」
「...わかりました。最後に一つだけ聞いてもいいですか?」
「なんだ?」
「どうして俺が軍の実質的な大将なのですか?」
忠文は最初、モゴモゴしながら軍の指揮の大半は俺が担うと言った。
「ワシら藤原一族は朝廷でこそ力を発揮する。しかし俵藤太を除いて、武将の類の藤原は栄華を誇れん。ワシは今自分なりの花道を歩んでいる途中だ。次の世代にも託していかなければならんことが山ほどあるわ。」
「その中でもやはり帝の血を引く源氏や平氏は栄華を誇るとワシは考えておる。特に源氏はな。」
「何故平氏ではなく我ら源氏なのですか?」
「ん?そーだな、まぁ勘じゃ。」
「か、勘ですか?」
「そうだ。何故か源氏の方に応援したくなるのだ。
じゃから、頑張れよ源氏の長よ。」
本当に勘なのであろうか、本当は何か考えがあるのかもしれない。でも今の俺には忠文殿が何を考えているかがわからない。俺も幾つもの山場を越えればそこに辿り着くのだろうか。
そう思いふけっていると前から連絡兵が走りながらこちらに向かってくる。
「も、申し上げます!前方に平将門と兵と思わしき集団がおります!」
「...数は?」 忠文は聞いた。
「そ、それが見たところ百も居ないと思われます」
「将門の兵がそんなに少ないなんて...見間違えではないのですか?」
「いえ、向こうには平氏の家紋である揚羽蝶を掲げた者がおりました。平氏の兵に違いありません!」
「奇妙じゃな。坂東の英雄とも言われる将門の兵がそれだけとは...まさか既に戦闘が始まっているとでも?」
向こうから更に連絡兵がまた1人走ってくる
「きゅ、急報ッ!平将門が...」
その連絡を聞いた瞬間、俺たちの脳内には衝撃の稲妻が何度も駆け巡った。




