家が汚いから
家が汚い 3581
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作者:島猫。先生
の二次創作です。
作者の島猫。先生より許可をいただいております。
※ しいな ここみ 先生主催の【リライト企画】参加作品です
私も、部屋綺麗じゃないです。
「きょう、あとできみの家行くから」
同じ大学の、同じ法学部・法律学科の、同じゼミの、同性の友人に好かれているっぽい。
まず、おれはれっきとした異性愛者であることをことわっておこう。
たしかに、まわりからは同性愛者疑惑をもたれてはいる。
というのも、高校のときに。クラスでいちばん人気の高嶺さんから、家へ遊びに来たいとの申し出があったとき、「おれの家は汚いから無理」との理由でそれを拒絶したからである。
実際、おれの家は汚いし。彼女が来たがったのも、姉ちゃんが飼っていた、なんとかというトカゲを見たかったからというのが真相だが。男からの誘いにつれない彼女の、爬虫類属性の性癖を知らない野郎どもからは、やっかみ込みの邪推を招き、おれの同性愛者疑惑の噂を呼ぶこととなった。
おれの進学したのは、高校と系列の大学ということで、同じ法学部・法律学科にも同校出身者は多く、その噂は通説と化していた。
そして、ある週末。
同じゼミの友人から「家に来たい」との申し出を、突然受けたのであった。
気の合う友人で、休日にわざわざ会うことはなくても、大学の帰りにふたりで遊びに行くことも多く。
まわりから、そういう目で見られていることだろうとは思っていたが。高嶺さんとの経緯も説明したことだし、それが誤解とわかってくれているはずだと油断していた。
当然、こいつに対しても同じ返答で、その訪問をはねのけてはいて。さらに、同性愛者疑惑をさらに強固にされてはたまらない、との理由もある。すでに疑惑と呼ぶには、まことしやかであるが、そのうえ男を連れ込んだ事実を認定されれば、もはや通説・判例となってしまう。疑わしきは被告人の利益にと叫ぼうにも、合理的な疑いの域を脱けてしまうのだ。
しかし、こいつの申し出は、はじめの一回に終わらなかった。
それから週末や連休ごとに、おれの承諾を求めての申請が繰り返されて。もちろん、おれはそれを拒み続けたのだけれど。
おれのところは実家ぐらしで、父ちゃん母ちゃんに、爬虫類好きの姉ちゃん(プラス、トカゲなどが数匹)がいる。
古い家のうえに、未整理のあれやこれやが多くて、近所からも「古屋敷」あつかいされていた。
同性愛者うんぬんを抜きにしても、やはり誰かを呼ぶことはできないのだけれども。
それを説明してはいるものの、こいつは引き下がることはなかった。
その熱意を目にして。
おれは悟った。こいつは、おれの釈明よりも噂のほうを信用したうえで、この訪問は積極的なアプローチなのだと。
そして、どういうわけか。
今回、こいつの口から出たのは打診ではなく断定。
有無を言わせず、家に押しかけると言う。
どれだけ強く言っても、ついて来る気のようだし。最寄り駅も知られているうえ、会話の中で漏らしてしまった近隣情報から、絞り込みもそう難しくはないだろう。
おれはあきらめて、渋々ながら同行を許すほかなかった。
かといって、訪宅までを受け容れたわけではない。家の汚さを外観から納得してもらい、門前払いを余儀なくさせてもらうためである。
こうして、駅から15分ほど歩いて。
とうとうおれの家へと、こいつを連れてきてしまった。
だが、それもここまでだ。おれにアプローチをかけてくる同性を家のなか、ましてやおれの部屋になど入れるわけにはいかない。
見たろ? この「古屋敷」ぐあいを。
とっとと、納得して帰ってくれと念じていたそのとき。
家から、おれの母ちゃんが出てきた。
そして、おれは彼女の反応に面食らう。
「おかえり。
あら、いっしょにいらっしゃるあなたが、そうなのね。
汚いとこ——なのは承知のうえか。
さっそく、あがっていただこうかしら」
「お邪魔します」
おぉい! なに?! なんで母ちゃんがおまえのこと知ってんの?!
すでに、話を通しておいたうえでの「家行くから(断定)」なのかよ!?
「お荷物、もう届いてるから。泊まるのはいっしょのお部屋でいいのね? お布団はあとで敷いてあげるわ」
はぁ? 泊まる?? おれの部屋で?!
荷物も送っておくなんて、なんて手際だよ。
しかもあの量。この週末どころか、一ヶ月は滞在するつもりかっていうトランクの数だぞ!?
てゆうか、母ちゃん。
家族におれの学校での噂なんて、話したこともないし。仮にそれを知っていたとしても、息子の部屋に恋人と思われる(まったくの誤解だが)同性を宿泊させるつもりか?? なに、受け容れちゃってんの?
あるいは、単に男友達が泊まりに来ただけだと思っているのかもしれない。
それはそれで、その状況を悪用して、当のおれが知らないうちにことを進めておくことを、こいつは選んだことになる。
アプローチうんぬんは置いといて、友人だと思っていたのに! これはもはや、不意打ちを通り越して裏切りではないのか?!
そして、さらに。この時間に帰宅しているのが珍しい、姉ちゃんまでもが顔を出したではないか。
「ねえ、それが例の子?
いらっしゃい。くわしい話、聞かせてほしいんで、とりあえずあたしの部屋に来ない?」
「待ちなさい。お父さんともちゃんと話してあるんだから、そっちが先。
お姉ちゃんは、明日からでもいいでしょ?」
……勘弁してくれ。姉ちゃんはおろか、父ちゃんにまで話が通っているとは。
そして、揃いも揃って、なんですんなり受け容れてんの?!
恋人とは思われていないにしても、不自然だろ?!
おまけにこの汚い家だぜ? てか、おれの部屋に布団を敷くスペースなんてあったっけ?
……布団が敷けないから、同じベッドでなんてことになったら。おれはまさに絶体絶命だ。
「布団を敷くなら、場所あけてくるから、おれはちょっと部屋行ってくるよ」
冷静になるべく、ひとまずこの場を避難しようとしたおれだったけれど。
「じゃあ、ぼくも手伝うね。ひとりじゃ無理だろうから」
まんまと便乗したこいつは、おれの部屋への侵入を成功させたのだった。
「このクリームは溶剤がはいってて、タバコのヤニで汚れた天井や壁をこするだけで、ずいぶん落ちるんだ」
「とにかく、最初のスペースをつくる!
そしたら動かせるものを動かして。
何回にも分けながらなら、床を全面、拭き掃除できるでしょ?」
「窓、どのくらい開けてないの?
フレームの溝んとこ、綺麗にするよ」
ええ……と、これはどうゆう???
おれの部屋への侵入を果たすやいなや。例のトランクのなかから、いくつもの、そして見たこともないお掃除グッズを取り出しては、作業にはいるこいつ。着替えてきた作業着をふくめ、衣類やお泊まりグッズは、たいした量ではないよう。
唖然として、手伝うことにさえ思いつかなかったおれの混乱した頭にも、ちゃんと理解できるように。やさしく説明してくれたのだった。
こいつは掃除が好きで、機材を買い集め、将来は個人で清掃委託業を立ち上げるつもりらしい。おれの家にきたがったのも、その練習台。普段から、汚い、汚いと言っておいたので興味がわいて、こっそり見に来ていたそうだ。
そして、無料だから、おれの友人だからと、まず家族から口説き落として。この週末、二泊三日の大掃除を企画したというわけ。
まったく、呆れた行動力だ。
この状況に納得したというか、ひと安心したおれに、こいつは仕事を振ってくる。
「ほらほら、まだぼくには雇ってる従業員もいないんだから。
きみも、手伝ってくれなきゃあ。
じゃないと、今週末だけじゃなくて、来週末まで泊まりにくることになるよ?」
冗談じゃない。それこそ、大学の連中に知られたら、おれたちがつきあってるってみなされてしまう。法律用語で「みなす」は「推定する」とちがって、くつがえることはないのだ。
しぶしぶ、こちらもジャージに着替えてきて、雑巾を手にしたおれに。
なんのつもりか、どこまで本気か。
こいつは、あやしげな言い回しをする。
「けっこう、スジがいいじゃない
これだったら、きみが就職きまらなかったときは、ふたりで仕事やるってテもあるよね。
雇うんじゃなくて、共同経営者。
いわば——夫婦みたいなものかな」
悪気なさそうに、笑えないことを言う。
将来の選択肢をくれるのはありがたくはあるが、そのジョークは勘弁してほしかった。
……ジョークだよな???
掃除は苦手。