5.荒唐無稽
5.荒唐無稽
<メソスガリア共和国の序列一位であるフォルク社は、二位のヤギュウにあと一歩まで迫られていた。序列が入れ替われば世界を巻き込む大規模な戦争になる。その対策に追われるウィルスンの元へ、一人の男が訪れた>
「入れ」
執務室の装飾の施された大きな扉が開き、精悍な顔つきをした男が入ってきた。失礼します、と頭を下げる。そして
「お久しぶりです」
と、ウィルスンに声をかけてきた。その顔を見てウィルスンの表情が明るくなった。
「マイク!元気にしていたか!」
ウィルスンはマイケルを抱擁した。六年前の抗争でともに戦った時より、その身体が大きくなったように感じた。
「太ったか?」ウィルスンがマイケルの腹をつまむそぶりをすると「筋肉です」と不服そうにマイケルが避けた。
久しぶりの再会を楽しむやり取りをいくつかした後、マイケルが切り出した。
「将軍から依頼されていた件を調べてみました。やはりヤギュウはロコ族の集落に派兵していますね」
「なぜあんな所に……」
「更に、イングマルがこの時期に殉職しています。表だっては訓練中の事故ということになってます。しかし、集落の派兵に参加していた将校がイングマルだった可能性があると私は考えています」
「ヤギュウの死神と怖れられたあの男が訓練で死ぬとは思えない。ただ、証拠がないな」
「はい。それに……」
マイケルが言葉を続ける前に、ウィルスンが手で制した。
「念のため、場所を変えよう」
マイケルは頷いた。
ウィルスンが意識をネルビオに切り替える。血液中のナノボットが即座に脳波を感知し、仮想世界のネットワークに接続した。
◇
ネルビオのネットワーク上で、ウィルスンのプライベート用のエリアトークンに接続した。マイケルもログインする。
仮想世界は実際に目や耳などの五感で情報を受け取るわけではない。
イメージはとても抽象的で感覚的なものだ。しかし、その感覚を他人と共有する際、通常は日常的な感覚に例える。
ネルビオにログインした二人は、やわらかいジャズの音色に迎えられた。
くすんだ木製のカウンターがほの暗い店内を支配している。
壁にはウィルスンが選んだアートコレクションのトークンが飾られており、時間がゆっくり流れてるような錯覚に陥る。
ウィルスンがカウンターの向こう側に立った。
「実際に酔いはしない。飲むか?」
手際よくシェイカーを振る。手際の良いリズミカルな動きが、ジャズの音に溶け込んでいる。
「酒を飲む癖がつくので、ミルクでお願いします」
「了解だ、牛の旦那」どん、とカウンターにカクテルを置いた。マイケルが苦笑する。
店の端には小さなテーブルが並んでいる。けれども今はマイケルとウィルスンだけがここにいる。
マイケルがカクテルの入ったグラスを揺らした。
「集落での”ネルビオ開発妨害活動”の詳細もつかめてません。集落の情報はネルビオにも上がってなくて、困ってます」
「ヤギュウの調査隊が残したデータや資料はないのか?」
「ネルビオからハッキングして手に入れました。かなり危ない橋でしたよ」
「もし、この集落にヤギュウのネルビオ開発を妨害する有力な手がかりがあれば、ヤギュウの序列の追い抜きを阻止できるかもしれない」
「何とも言えません。かなり部分的ですし、ヤギュウ社内の噂やら信憑性のないデータを含むものです。私がまとめたデータで良ければ、閲覧しますか?」
「頼む」
マイケルが資料のデータを空間に広げた。半透明のウインドウが複数浮かび上がる。
ウィルスンは資料を手のジェスチャーで手繰り寄せ、データを確認する。
「おい、マイク!これは……」
――そこに載っていたものは、あまりにも荒唐無稽で信じがたいものだった。