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ロコ  作者: Onimichi
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3.大丈夫


<逓婁歴(ティール歴)六〇二六年。人々の創り上げたかりそめの平和は、脆くも崩れ去った。フォルク社の管理区域であるR区が、ヤギュウ社の軍事組織によって攻められた。ウィルスンの妻は死んだ。ウィルスンはその事実を知らぬまま、戦禍を脱しようと足掻いている。>



 あちこちで悲鳴が聞こえる。走り去る人々が銃弾で倒れてゆく。


 仰向けに寝転ぶ女性。名前はサラ。


 サラは片手で腹をおさえていた。


 その手は真っ赤に染まっている。


 サラに縋りつく幼子が、「死なないでママ」と呪文のように繰り返しながら泣いていた。




 「大丈夫よ」




 サラが苦しそうに喘ぎながら言った。顔には苦痛の汗が滲む。激痛に耐えながら、サラは微笑みを作った。


 ふたをした手の隙間から、赤い液体が溢れ出ている。


 血だまりが床に広がる。




 居住R区で暮らしていたサラは、企業間の抗争に巻き込まれ、腹部を兵士に撃たれてしまったのだ。


 フォルク社とヤギュウ社の敵があちこちで撃ち合っている。


 避難する人々がサラと娘を通り過ぎて走り去っていく。その何人かは囲まれた兵士に撃たれて倒れた。


 サラ達はヤギュウ社の兵士に囲まれていた。娘は泣き叫ぶばかりでここから逃げようとしない。



 

 自分は死ぬだろう。と、サラは覚悟していた。




 それでも、自分がいなくても、夫が娘を守ってくれることを、サラは信じていた。




 「あーあ、何が大丈夫なのやら」




 サラと娘を見下すように立っていた男が、吐き捨てた。




 



 サラの夫、ウィルスンは、妻の身に降りかかった惨状をまだ知らなかった。


 ウィルスンはフォルク社の幹部だった。抗争で指揮を執っている。


 陽はとっくに落ちかけていたが、街は明るい。火で燃えているからだ。


 戦いの足跡は、次のようにたどることができた。――瓦礫と、人の死体。それらが燃えさかる道筋によって。


 


 「サラは大丈夫なのか」



 

 R区と通信が取れない。ウィルスンは焦りながらも、目の前の戦いに集中するよう努めた。


 


 早く助けにいかなければ。



 

 D区の街中で、住民は避難もままならない状況だ。


 その地獄の一角でウィルスンたちは苦戦していた。


 


 ウィルスンの隣で、仲間が撃たれて倒れた。ウィルスンは攻撃の方角に目を向ける。視界に映るヤギュウ社の歩兵は、顔が見える程度に離れていた。




 敵が銃を構えている。その周りの禿げた建物はまるで古い遺跡のようだ。覆いかぶさった火は、敵も味方も区別していないらしい。それは、人々の営みに神が怒りを示しているようにも見えた。


 





 戦争が始まる以前の街は、純白の素材で作られた形状たちが、複雑に折り重なって力強くそびえていた。


 その一つ一つが、人の営みに対してなんらかの機能を持っている。


 姿も大きさもまちまちだ。そしてそれは、社会の立ち位置を指し示すステータスの一つでもある。




 所有している者はたいてい、人々の集団を擬人化したものだ。企業、国、神。


 きらびやかに都市を彩る数多の建造物たち。もはやこれらは人の持ち物ですらない。




 人ならざる概念に羽虫のように見下ろされる運命に、人類はすっかり慣れていた。


 巨大な建造物を見上げると、道路が、景観を彩るような紆曲した線を描き、伸びている。


 街全体を見下した道路は、洗練されたデザインの柱で支えられている。


 それはまるで宙に浮かんでいるようにも見えた。


 人々はそこでせわしなく働いている。



 

 この街では、少なくともただちに命を落とす心配はない。


 彼らは命にとっくに飽き、その使い方を持て余していた。


 


 「生きること」の代替えを各々が求めた。


 例えば、経済や地位などを、至高のものとして定めた。


 それらは気高く崇高な「人生」だった。


 例えば、息を吸い、吐く事。食事を求め、食べることよりも。


 


 高度な概念にその「生」を求める人々。それにふさわしい街だった。


 街を織り成す全てが美しく、陽の光でさえ、その白さを一つも濁らせる事なく、はじき返された。


 街の景観が、まるで文明が自然の神々を打ち倒したような表情をしていた。


 


◇ 

 


 

 栄華を誇る都市の面影はむなしく、今や一転して文明の無力さを証明した。


 本来は雨風をしのぎ、人々を守るために作られた建造物たち。


 人々の守り手だったそれは、今やがらくたのように崩れている。


 それらがひらけた道を塞ぎ、逃げ惑う人々の避難を阻む。彼らの命を奪う努力に加担する。


 


 住民が逃げ惑う中、無慈悲な戦いが続く。




 ウィルスンは、命のやり取りを引き金一つで済ませられるこの世界で、傲慢にも家族の無事だけを願っている。




 ウィルスンが小銃を構えて撃つ。その弾で敵の歩兵が倒れる。




 打ち倒した敵の数だけ、希望が潰え、その何倍もの数の家族や恋人や友人が抜け出せない悲しみを背負うだろう。


 その悲しみを背負う重さに耐えるため、人々はフォルク社を恨むだろう。


 そして彼らが人の命を奪い、他人に悲しみを背負わせる。


 果たして、誰が悪なのだろうか。


 誰もが幸せを願い、それがかなう世界にはならないのだろうか。




 ウィルスンの視線の先で、敵の集団が小銃を構えていた。




 「将軍!伏せて!」




 ウィルスンがその声に反応する前に、連続した銃声の塊が街をこだました。


 

 

 ――その瞬間。目が覚めた。


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