2.世界の記憶を辿る旅
「つまりだ」と、リーフオールが指を立てた。
頭がズキズキする。リーフオールは意識が回復したのち、ヘメトに状況を改めて説明してもらったのだった。
「俺は魔王とすでに戦い、そして命を落とした」
「はい」ヘメトは無表情だ。
「ならばなぜ俺は今生きている?」リーフオールは自分の身体の感覚を確かめるように掌を閉じたり開いたりした。
「勇者リーフオールがオルドーンの祝福を受けているからです。あなたは神の子です」まっすぐリーフオールの目を見てヘメトが言う。
「そしてなぜ俺は今こうしてまた伏せている?」
「この私が、いましがたあなたを半殺しにしたからです」
それはおかしいだろ。と、リーフオールが立ち上がると、頭がまだクラクラしていた。
「なんでだよ」
「全裸であなたが飛びかかってきたからです」
頭痛で鈍る思考に集中し、記憶を探る。そういえば俺から襲いかかったのか。と、リーフオールは思い出した。
「服を着ても?」リーフオールが、ぶっきらぼうに聞くと、ヘメトが頷いた。
「その話がどこまで本当かはわからないが……」
身支度を済ませながらリーフオールが話し続けた。
「どちらにせよ俺は魔王を倒さねばならん。ヘメトが俺の邪魔をしないならそれで十分だ。世話になった」
着衣を済ませ、剣を腰に履き、立ち上がる。
「そのまま挑めばあなたはまた死にますよ」と、ヘメトがいう。
「だとしてもだ」リーフオールの目が、戦いを見据えて燃えている。
ヘメトが肩をすくめた。リーフオールが出口に歩き出す。
「それに――」と、リーフオールが振り返った。
「ヘメトの話が本当であれば、俺はどうせ死んでもすぐ生き返るのであろう?」
ヘメトはその場から動かずこう答えた。
「王は神剣リベレを持っています。それで貫かれた者は神の祝福を打消されます。蘇生できません」
え?どういうこと?と、リーフオールはまるで手品をみたハトのような顔になった。
「無駄死にです」ヘメトは表情を変えない。
「まてまて」リーフオールがヘメトにどしどし歩み寄る。「さっき俺は魔王とすでに戦って死んだのであろう?であれば今、俺がよみがえっているのはおかしいぞ」
「あなたは先の戦いで、神剣リベレに倒されたのではなく、自害したため蘇生しました」
あ、そゆことね。
……
はあ?
「この俺が自害しただと?」
ヘメトが頷いた。
「なぜ?」
「”世界の記憶”をみて、発狂し、自害しました」
「世界の記憶とはなんだ?」
話が長くなることを伝えるように、ヘメトが腰を下ろした。
「それを見ると、自分の体験のように世界を体験し、理を外れた力を得られます」
「俺はそれを?」リーフオールの問いにヘメトが頷いた。
「これは神の力そのものです。ただし――」ヘメトが目を伏せた「世界の記憶を体験する量に比例し、”個”としての感覚が薄れて”全"、つまり世界そのものの意識に成り果てます」
「よくわからない。何か問題があるのか?」
「価値観も人格もそのままでは居られなくなります。場合によっては気が狂い、先刻のあなたのように自害します」
自分が自害した記憶を持たないリーフオールにはいまいちピンと来なかった。
「そんな危険な力をなぜ俺は……」
「王もその力を持て余し、世界の各地の使徒に力を分配しました」
魔王の配下の使徒が各地にいたということか。そんなことすらリーフオールは知らなかった。
「あなたは各地を旅し、何度も命を失って記憶をなくして蘇生を繰り返しました。使徒を撃破し、世界の記憶の全てを集めることに成功します」
「俺が倒したのか……」リーフオールは自分の姿を改めて見下ろした。記憶はない。それでも自身が戦いに長けた存在という自覚はなぜかあった。
「当時のあなたは力の危険性についても熟知していたため、その力を使わず我が王と戦うことを決めたようです」
「であればなぜ俺はその力を、魔王との戦いで使った?」
「人の身のままのあなたは、王とあまりにも力の差があり、圧倒されました。あなたは手足も切断され、身体に穴が開き、命が尽きる寸前でした」
リーフオールは、思わず自分の手足を触って確認した。壮絶な戦いの記憶が何もないのがもどかしい。
「あなたは世界の記憶に頼らざるを得なくなったのです」
聞けば聞くほど疑問が湧いてくる。先ほど魔王と戦った時の自分にはどれほどの知識があったのだろうか?
「魔王は倒せなかったのか?」
「あなたは世界の記憶の力で、五体を一瞬で再生し、身体の穴を塞ぎました」
「そんなとてつもない力を手にしたのであれば、魔王にも深手を負わせたに違いないな」
「いいえ。あなたは気が狂い、自分の心臓を突き刺して自害しました」
リーフオールは目を見開いて絶句した。
「あなたは死ぬ間際に”世界の記憶”に私の人格を投影しました」
「それで亡霊になったのか。ということはつまり――」
「そうです。私が”世界の記憶”です」
神の力。魔王を打ち倒すほどの力だが、力に呑まれると自分の身を滅ぼす。そしてその力には敵の配下の人格が宿っている。
「ヘメト。今の君は作り物の人格で、偽物なのか」
「この世界全てが作り物と言えましょう。何が本物で何が偽物であるかは、あなたが決めることです」
「なぜこの俺が、敵の配下であるヘメトをよみがえらせた」
「それは生前のあなたがそう判断したから、としか言えません」
「なぜ、俺に協力する」
疑問がどこまでも沸いてくる。
「蘇生したばかりで疑問が絶えないでしょう。しかし王はここを出て目の前にいます」
ヘメトのいう通りだった。こうしてる間にも魔王がここを襲撃してくる可能性があることをリーフオールはすっかり忘れていた。
「時間がありません。世界の記憶をあなたに見てもらいます」
「はあ?そんなことしたら俺はまた気が狂ってまた死ぬんじゃないのか?」
「私が、あなたに見せるべき記憶を選びます。きっとそのためにあなたは、私を作り出したのでしょう。記憶のすべてを見るわけではありません。安心してください」
「断る。俺はまだ敵であるあんたを信じたわけじゃないぞ」
「では、その身一つで、永遠の死を受け取りにゆくのですか。生前のあなたが託した思いも、あなたの持つ疑問も、この世界のことも、何も知らないまま」
言い返せなかった。俺は魔王を倒すためにここにいる。
「どれぐらい時間がかかる」
「この世界では一瞬です。ただし――」ヘメトは祭壇に向かった「あなたにとっては長い苦難の記憶の旅となるでしょう」
「魔王を倒せるなら構わない」
どうせ失敗しても自害して蘇生できるのであろう。神剣で死ぬよりリスクは低い。魔王を倒せるのであれば、俺はなんだってする。と、リーフオールは強く決意した。
「こい、ヘメト。魔王を倒すためならば、人の身など捨ててやる」
ヘメトが不思議そうな顔をしてリーフオールを見つめていた。
「本当にそっくりね」かすかな声で呟いた。
「何か言ったか?」
その声はリーフオールには聞こえなかった。
いいえ、とヘメトは首を振った。
「それでは勇者リーフオール。世界の記憶の旅へ魂を導きます。この祭壇で横になってください」
リーフオールは祭壇に向かい、力強く歩き出した。
困難と絶望に戦う人々の記憶を巡る旅が、ここから始まった。
この後の物語が修正中のため、サブタイトル含め、繋がりが悪くなっています。
修正後、差し替えてまいりますのでよろしくお願いします。