13.知らせ
<ウィルスンは、ジョージの部隊と別れた。味方の部隊と連携して戦うが、乱戦になって、狼のような理獣に襲われたる。激しい戦闘の中、仮想世界を使った作戦を結構。打開を図るウィルスンは……>
ウィルスンの視線の先で、理獣が血を流して倒れていた。
混戦のさなか、誰かの銃弾が理獣を貫いていた。
助かった。ウィルスンはその誰かに感謝した。
戦いは続いている。
ウィルスンは瓦礫に飛び込んだ。
敵の銃弾がリズムよく土埃を上げた。仲間が数人倒れた。
ウィルスンは瓦礫から顔を出した。敵を探して銃口が動く。照準にぴったり敵の兵士が収まる。撃つ。
敵の理獣がウィルスンの脇腹に思い切り頭突きをした。
ウィルスンは勢いで吹き飛んだが、すぐに態勢を整えた。
とびかかってきた理獣を銃床で殴りつける。理獣がよだれを巻き散らして失神した。
次の敵に意識を向けようとしたその時、ウィルスンは危険を察知した。
視界でとらえるより先に、アンドロイドの拳がウィルスンに飛んでくる。
ウィルスンはとっさに反射的に身を傾けた。
岩が砕けるような音と、身が浮きそうな程の振動をウィルスンは感じる。
指で紙をつついたように、壁に穴が開いていた。
当たれば粉々になっていただろう。
ウィルスンの身体中の毛穴からぶわっと汗の玉が湧き出す。
ウィルスンは、自分の命の火を消さぬよう、死に物狂いで戦場を駆け回る。
それだけでいっぱいいっぱいだった。
縦横無尽に駆け回るパワードスーツやアンドロイド、”理獣”達と生身で応戦するのは骨の折れることだった。
ウィルスンは、この場の混戦以外の戦況も確認する必要がある。
ビューで味方の戦況を確認する。
仮想空間の部隊同士の衝突によるサイバー戦の影響がでていた。
影響の度合いによって、通信の連携が取れる部隊と取れない部隊がいる。
ウィルスンは脳波による通信で指示を出す――味方のアンドロイドや理獣士<理獣の調教を行うもの>達に。
こちらが優勢な地域と、不利な地域がある。
優勢な地域から、不利な地域に援軍を送る必要があった。
軍事リソースのバランスを適切に配置して、前線が崩れないように応戦しなければならない。
今ウィルスンがいる区域は、ヤギュウ社としては包囲の予定だった。
それが思わぬ混戦となり、ヤギュウ社に余計な損害が出ている。一度引いて立て直すしかないはずだ。とウィルスンは思った。
理獣は、狼のようなものだけでなく、二足で立つものや羽をもつ者も投入されていた。
神に愛された多種多様な生命たちは、企業の営利を守るために組織された暴力装置に作り替えられた。
彼らは武力を持たない住民たちの生活の舞台を蹂躙しながら地獄の劇を演じている。
「民間人に死傷者が出ています!」
ウィルスンの脳内に、味方部隊の報告が直接送信される。
「わかっている。チームガンマはここにいるか?」
チームガンマの七名の隊員が、ウィルスンのビューワーに表示された。
隊員たちのアバターが速やかに整列。続いて敬礼をする。
フォルク社、ヤギュウ社双方にとって、住民の犠牲は負担になる。
その理由は複数ある。まず死傷者により、両社の顧客が減る事になる。そして両者とも保険サービスを運用しているため、戦闘被害による保険金の損害も大きくなる。一方で、民間人の犠牲によって得られる利益がない。
そのため、両社とも民間人の被害をいたずらに増やしたくない思いがあった。
エルデ界での戦闘は、直接的に住民に死傷者を出す。
そしてこの混戦も収める必要がある。
「ネルビオ状況下で敵を制圧せよ。エルデでの戦闘を縮小するよう合意を取る。ヤギュウ社のブレインにも指令を伝えろ!」
ウィルスンは混戦で立ち回りつつ、脳波で指示を出した。隊員たちは迅速に脳波ナノボットを起動した。
サイバー空間であるネルビオでの戦闘であれば、住民の死傷者を減らすことができる。
両社ともにエルデ界での衝突を減らすよう互い合意をとる必要があった。
どのみちネルビオで主導権を取ることで、戦闘全体において優位になる。
なぜなら通信や連携面だけでなく、相手の身体に直接干渉できるからだ。
例えば相手の血液中のナノボットに干渉を起こす。サイバーユニットを暴発させる、などだ。
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チームデルタの隊員たちはネルビオに意識を切り替えた。
仮想空間ネルビオに潜る際、自我の度合いを調節することができる。
人の脳の処理系統にナノボットがブーストをかける。
物質界であるエルデでの感覚と、仮想世界ネルビオでの感覚を両立させる。
ナノボットのブーストを以てしても、二つの自我の両立は難易度が高い。
訓練によりある程度なら自我の管理ができたとしても、それぞれの自我に影響を受けてしまう。なぜなら、人の脳は本来マルチタスクが出来ないからだ。
ネルビオでは、実際に光が反射もなければ、音の振動もない。
つまり、視覚や聴覚は本来存在しない。
その自我感覚は独特ではあるものの、言葉にするときには五感に例えて知覚を共有した。
人々は見たり、聞いたり、臭いを嗅ぐようにネルビオで活動した。
ネルビオの状況下で激しい戦闘が繰り広げられていた。
ネルビオでの戦闘はよく、神話の時代の戦いに例えられた。攻撃方法をそれぞれを剣に例えたり魔法などに置き換えて考えるのだ。
起動力の高い騎兵たちが縦横無尽に駆けまわり、矢が飛び交い、盾兵が固まって陣形を固める。
その戦いにおいて、エルデ界の苦痛を遥かに上回る脳波が、兵士たちに交互に送り込まれた。
攻撃により血液中のナノボットが干渉を受け、神経系や内分泌に異常が発生する。
そしてネルビオであっても、自我データをロストすると、死に至る。
完全に自我データをロストしない場合も、攻撃により自我を損傷するとエルデ界で不可逆の障害を抱える。
チームデルタはネルビオでの戦闘に特化した部隊だった。
敵の指揮官に直接攻撃するため、彼らは敵兵を蹴散らしながら仮想世界の戦場を駆け抜けていった。
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エルデ界でウィルスンは戦い続けていた。
敵の指揮官との合意は取れていないが、混戦が落ち着きを見せ始めている。
両陣営がお互いに離れて遮蔽物に隠れながら牽制していた。
ウィルスンは脳内に映し出されるスクリーンを通じてネルビオ状況下の戦況を把握する。
しかし、その間にも敵兵の銃弾が、彼の身を隠す瓦礫の壁をかすめて、その破片が空中に跳ねる。
現実の戦闘にも意識を向けなければ、いつ命を落としてもおかしくない状況だ。
指揮に集中するため、ウィルスンは銃弾が飛び交う戦場の瓦礫の陰に隠れた。
そこを仮の作戦拠点とし、壊れかけの机と椅子を用意した。
その時、R区の部隊からメッセージが届いた。通信が回復したのだ。
それはウィルスンのサラの死を知らせる連絡だった。
「は?」
頭が真っ白になった。