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ロコ  作者: Onimichi
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11.英雄の過ち

<ウィルスンはD区での戦闘で、ジョージの率いていた小隊と合流し、撤退の指揮を執る。ウィルスンは家族の元に帰るため、戦場の危険の中、必死で立ち回る。アンドロイドを倒し、撤退は順調に思われたが、さらなる危機が……部隊は分裂寸前になった>




 弾丸が飛び交う難所の道を突破するため、ウィルスンが先頭になる。


 ジョージがそのあとに続き、残りの部隊も一列で駆けだした。


 しんがりはマイケルが勤めた。




● ● ●



 この隊列の順番をどうするかは、ウィルスンの独断ではなく、事前に話し合って決めた。




 「将軍の背中は私が必ず守ります」




 話し合いの時、マイケルは自ら提案した。


 彼は仲間を優先する判断力と、危険を顧みない勇気を備えていた。


 マイケルはジョージのバディであり、隊員たちとジョージのパイプ役として、いつも仲間たちに信頼されてる。




 「ああ、任せたぞ」




 ウィルスンはマイケルと拳を合わせた。

 

 彼がなぜ仲間に信頼されるのか、ウィルスンにも分かるような気がした。


 そしてただ自己犠牲をするだけでなく、困難な任務も必ずやり遂げる底力と運も持ち合わせていたからだ。


 実際にこの地獄のような混戦の中、何度も仲間たちの命を救ってくれた。


 彼はアンドロイドに対して生身で一人で立ち向かった英雄だった。

  

 後方をマイケルが守ってくれるならば、この難所もきっと乗り越えられるはず。


 ウィルスンは自分の運命と、そして仲間たちを信じた。




● ● ●




 ウィルスンは無我夢中で走る。




 銃弾がそこかしこを跳ねる。




 いつそれが自分にあたってもなんら不思議ではない。




 あと少し。




 あと少しで曲がり角まで辿り着ける。




 そしたら、敵の弾をやり過ごすことができる。




 走れ!ウィルスンは自分を奮い立たせた。




 その時、敵に追われる中、突然の銃弾がマイケルの足を貫通した。




 彼は悲痛な叫び声を上げて、市街地の通路のど真ん中で倒れこんだ。




 「マイク!」




 ジョージが退却しながら絶叫する。




 「走れ!足を止めるな」




 ウィルスンが叫び、部隊はマイケルを除き、遮蔽物まで辿り着いた。




● ● ●



 

 ひらけた路面で、小さな汚れのようにマイケルが這っている。


 その上から銃弾が恵みの雨のように降り注ぐ。


 無論、それで育つ花などない。

 

 硬い素材を砕き、砂埃を巻き上げ、そのステージで鉛が踊る。


 無機質なリズムとメロディ。これをもし音楽と呼べるのであれば、マイケルはこのコンサートの特等席にいた。




 マイケルのすぐそばの路面を、銃弾が掘り返す。




 塵が高く舞い、マイケルがむせる。




 マイケルとジョージが心の底から繋がり合ったバディであることは、この短い間戦闘をともにするだけでも、ウィルスンにはよくわかっていた。


 しかし、マイケルが倒れている位置は戦場のど真ん中だ。


 彼を助けるには、遮蔽物から飛びだして敵の的になるリスクを冒す必要がある。


 ジョージは、そこに飛び込もうとするが、足が止まる。危険すぎる。




 両陣営、構えた武器を下ろさない。


 触れるだけで命を刈り取る小さな死神が、マイケルの頭上を往復する。


 ジョージは眉間のしわを深め、拳を握りしめた。

 



 マイケルはいつ被弾してもおかしくない。




 市街地の崩壊した建物の壁にウィルスンやジョージ達は身を潜めている。


 ウィルスンは先を急ぎたかった。




 ここは危険すぎる。遮蔽物も全方位から弾を防げるわけではない。




 他の味方の部隊とも合流できた。全員で退却を進められれば、死傷者を減らすことができる。




 だが――ウィルスンは路面に目を移す。




 身に降りかかる地獄への誘いを振り払うように、マイケルが絶叫する。




 仲間の隊員達は、為す術もなくそれをただ眺めていた。


 ジョージは唇を噛んだ。退却をすべきなのはわかっていたが……




 「助けましょう!」




 それでもマイケルを助けたい気持ちが上回っていた。




 「だめだ。危険すぎる。今は退却が優先だ」



 

 ウィルスンは冷たく言い放った。


 マイケルは恩人だ。アンドロイドと生身で渡り合い、仲間を守った英雄だ。


 しかし、今は自分の身一つを生かすのも難しい状況だ。


 マイケルを助けても、二人で死ぬだけの可能性の方が高い。


 それは現実的な考えではない。




 「ウィルスン将軍!自分はもうだめです!先にいってください!」




 銃弾に晒され続けているマイケルが、恐怖で裏返った声をだして叫ぶ。彼はこの後に及んでも仲間の命を優先した。


 彼はいまなお銃撃が交差する戦場のただ中で倒れている。


 その顔をくしゃくしゃにしながら、いもむしのように必死に地面を這い、その身を守れる場所を求めた。


 その間にも何度も彼の身体のそばで銃弾が跳ねた。


 ウィルスンはマイケルに一瞥もくれなかった。




 ウィルスンは部隊を守るため、生存して帰るため、最も合理的な判断をしなければならない。


 マイケルを救いたい。しかし、現実的に彼を救うことはできない。


 彼の元に無傷でたどり着くことも困難だが、そこからここまで彼を担いでどう引き返す?


 その生存率はあまりにも低い。




 ウィルスンは「感情に流されまい」と、意図的に仲間の死から目を背けてるようだった。

 

 退却の歩を進めるジョージたち。


 皆がマイケルに視線を向ける。彼のことが気がかりなのだろう。


 彼らにとってはともに衣食住をする家族みたいな存在だ。


 マイケルはジョージのバディとして、ジョージと他の隊員たちの間を取り持つ関係にあった。

 

 それゆえ、マイケルは仲間の誰からも愛されており、マイケルもまた仲間のためならいつも命を投げ出し、自らの家族を守る勇敢な男だった。




 「グズグズするな!退却する!全滅するぞ!」


 ウィルスンは怒号を発し、仲間を急がせる。


 「将軍、でもマイケルが!」


 ジョージが悲痛な声で叫ぶ。


 「公私混同するな!」


 ウィルスンは唾が飛び散る勢いで言った。


 「マイケルがいないとこの隊は機能しません!」


 ジョージは何がなんでもマイケルを助けたいという様子だ。


 ウィルスンは舌打ちする。




 ウィルスンは混乱する戦線でこの部隊に合流し、途中から作戦をともにした。


 そしてウィルスンがそこから指揮を執っている。だが、それまでこの小隊はジョージが意思決定を行っていた。


 仲間たちもジョージに感情移入している。混乱した戦場では信頼関係がなければまとまることはできない。




 「いいか?今は俺が指揮を執っている。戦場では人が死ぬのが当たり前なんだ。お前がわがままを言ってる間にも救える命がどんどん減っていくんだよ」


 ウィルスンは諭すように、しかし強く指摘する。


 「将軍!マイケルは、何度も我々の命を救ってくれたではありませんか!どんな言い訳を作って我々が逃げても、神が許しません!」


 話にならない。ジョージは感情で動いている。


 指揮系統が乱れる。どの道このまま問答をしていては隊が全滅する。




 落ち着け。ウィルスンは息を深く吸い込んだ。合理的に切り替えろ。




 彼は意を決して、ジョージの肩を掴んだ。


 「ジョージ、わかった。ならば俺が死んだらお前がこの隊の指揮を取れ」


 え?と困惑するジョージ。


 やけくそだ。ジョージを説き伏せてる間に状況が悪化し、部隊が乱れ、死ぬ。


 ならばマイケルを助けるしかない。




 「返事をしろ!指揮を取らないと全員が死ぬ!できるのか?できないのか?」


 「可能です!」ジョージは困惑しながら反射的に返事をした。




 それを聞くや否や、ウィルスンは、弾丸が飛び交う開けた戦地に自ら飛び込んで匍匐ほふくする。




 マイケルに少しずつ近づくウィルスン。弾幕が激しく、容易には進めない。




 「マイク、返事をしろ!生きてるか?」




 ウィルスンの叫び声にマイケルがうめき声をだした。足の傷が酷いらしい。




 ウィルスンの耳元を弾丸がかすめる。


 少し位置がずれていたら死んでいたところだ。




 銃撃がやむタイミングを見計らって、ウィルスンは身を起こして駆け出した。




 銃弾が跳ねる地面を力強く蹴り、マイケルの元へ駆ける。




 その間にもウィルスンに銃弾が降り注ぐ。




 ウィルスンは走っている。マイケルに近づいてるはず。なのに、永遠に辿り着けないかのように、まるでマイケルが離れ続けてるかのように、遠く感じる。




 一歩一歩が遅く感じる。




 銃声が、爆発が、遠く感じる。視界に現実感がなくなる。心臓の音だけがどんどん大きくなる。




 ウィルスンは死を拒むように声を張り上げ、マイケルの元に頭から飛び込んだ。




 ウィルスンは被弾する前にマイケルを抱えた。


 今度は安全な場所まで戻らなければならない。


 ここに来るまでがそもそも一か八かだった。なぜならここは両陣営の銃撃が交わるど真ん中だからだ。




 戻れるだろうか?ウィルスンは今は考えないことにした。やるしかない。




 「ウィルスン将軍、すみません」


 かすかな声でマイケルが言った。仲間を巻き込んだ罪悪感で泣きだしそうになっている。


 「少し弾がかすったぐらいで簡単に諦めるな。次はないぞ」


 ウィルスンがニッと笑いかける。しかし、その時、




 「将軍!足下!」




 マイケルが表情に絶望を宿しながら声を張り上げた。




 コトン、という音がし、ウィルスンは足下に目を向けた。




 敵の手りゅう弾が、この世界の終わりを告げるようにウィルスンの足下に転がっていた。


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