5 ♨♨♨♨♨ あたしと青髪の女神(?)
「さて、これからどうしたらいいかな?」
あたしは自分の手のひらの上に女の子座りをしている小さな希湖浬くん(あたしの姿だけど)に質問をした。
すでに犯した間違いのことはもう仕方がない。今もっと大切なのはどうやって解決することだ。
「とりあえずオレの体を取り戻さないとね」
「そうね。でもどうやって?」
あたしの体は無事に泉から助かってよかったけど、希湖浬くんの体はどこにあるかさっぱり見当がつかない。
「よくわからないけど、この小さな体と入れ替わっているとしたら、恐らくオレの体は今この泉の中に沈んでいるんじゃないかな?」
「そうかもね」
「だからオレはこの泉の中に入ってみようかと思っている」
「え? 泉に入るって、この体で?」
「うん」
「こんな小さい体は危ないはずよ」
「でも他の方法はもう思い出せないんだ」
「入るならやっぱりあたしが入る」
今こんな体の希湖浬くんは一人で何をやらせるわけにはいかないよ。
「それは駄目だ。澪乃ちゃんは一度泉に落ちたんだよ。せっかく助かったからまた危ないことをやらせたくない」
「でも、もし希湖浬くんに何かあったらあたしは……」
「それはオレも同じ気持ちだよ。でもオレの方が男だからやっぱり彼女を守るのはオレの勤めだ」
「今は女の子だけど?」
真剣な顔でかっこよさそうなことを言っているとはわかっているけど、そこだけはなぜかどうしてもツッコミしておきたい。
「中身は男だよ! こんな姿になったけど、オレの心はいつでも男だ」
「うふふ」
「笑うな!」
「ごめん、つい」
こんな体で『男』って言ったから。
「とにかく、この通りオレはもうこんなちっちゃくて弱い体になったんだから、もう何もできない。だからこんなことくらいやらせてよ」
「希湖浬くん……」
やっぱり気になっているのね。異世界に来てチート能力がもらえるどころか、こんなちっぽけで潰れやすそうな体になってしまったから。
でも無力で役に立たないのはあたしもそうだよ。そもそもこんなことになったのはあたしが泉に落ちた所為だった。
「本当に行くの?」
「うん、これしかできないから」
「何かあったらどうする?」
あたしはやっぱりどうしても心配しかねない。
「よくわからない。でも何となく大丈夫な気がする」
「そこまで自信があるの? 何か根拠は?」
「特にないね。でもオレはきっと簡単には死なないよ。だってオレたちの異世界冒険はまだ始まったばかりだから。すぐ終わるだなんてとんでもない」
「何、この理屈?」
自分が主人公だと言いたいの? まあ、こんな風にいつも楽観的なのは希湖浬くんのいいことだけど。
「オレは死なない。いつかきっと、この試練がクリアされる時まで。だからこの冒険が終わったらオレと結婚してくれ」
「おい、今の台詞ってなんか『死亡フラグ』を立てようとしてない!?」
こんなことを言って死に行くつもりかよ? 大体まだ学生だし。結婚なんてまだ先のことでしょう。
「だから澪乃ちゃん。頼むよ。オレを泉に投げて」
「え? あたしが希湖浬くんを? そんなこと……」
「頼むよ」
「普通に自分で飛び込んでいいじゃないか。なんでわざわざあたしの手で?」
「ちょっと遊園地のアトラクションみたいな感じで行きたいんだ。ほら、せっかく小人になったんだから、オレは澪乃ちゃんのこの巨大な手で投げられてみたいんだ」
「何のプレイだよ!?」
澪乃ちゃんったら。こんな時でも楽しむことを考えていのか。
「もう、わかったよ」
希湖浬くんはそこまで決心したのだから、あたしは止めようとしてももう無駄だろうね。だから協力するしかない。
「オレが落ちた後、もし女神さんが出てきたら後は頼むよ」
「わかった。ではもう行くよ」
「うん」
あたしは希湖浬くんの体を右手で掴んで、泉の中に投げ込んだ。
そして希湖浬くんの体が沈んで水の中に消えた後、その瞬間泉が光り出して、何かがその中から浮いてきた。
「これは……」
泉から出てきたのは女の人だ。太腿まで伸ばした髪が水面と似ている青色で、整った顔と豊満な体つき。あたしなんかは比べ物にならないくらいの美人だ。着ている白いドレスは古代ギリシアの女性が来ている服装っぽい。水の中にいたはずなのになぜか体や服は全然濡れていないみたい。
この女性はもしかしなくても希湖浬くんの言った『泉の女神』だよね?
何より彼女の両方の手の中には人の形をしている小さな何かを持っている。
「ちっちゃな希湖浬くんだ!」
泉の女神の手の中にいる小さな小人をよく見てみたら、やっぱり希湖浬くんだ。ただし手のひらサイズになって、髪の毛は金色と銀色になっている。
等身大の希湖浬くんは見慣れているけど、こんな小人の希湖浬くんもなんかいいなと思ってしまう。可愛いし。金髪も銀髪も悪くない。
「あなたが落としたのは金髪の彼氏ですか? それとも銀髪の彼氏ですか?」
泉の女神はあたしにそう質問をした。これもやっぱり『金の斧銀の斧』の話と同じだ。
さて、どう答えればいい? まあ、実は深く考えるまでもないかも。嘘吐いたらどんな結末が待っているかわかっているから。
だからあたしの答えは決まっている。
「あたしは金髪の彼氏も、銀髪の彼氏も要りません。あたしに必要なのはただ普通の黒髪の彼氏です。平凡で地味な顔でイケメンとは言えないし、時々不器用でかっこよくもない。背も高くないし、運動神経もいいわけではなくて、しかも方向音痴だ。それなのに異世界冒険の夢を見て、中二病になっている時期もあって、無茶なことをやって人に迷惑をかけることもある。でもいつも前向きで元気にいきいきしていつもあたしを笑顔にさせて、あたしの心の支えになっている。あたしのためなら何の犠牲でもできる、って彼はかっこつけて宣った。そんな彼氏はあたしにとって眩しく見えて、自分もいつも彼のそばにいたいと望んでいる。こんな人の彼女になってあたしが嬉しくて幸せな女の子だなと自慢に思っている。あたしはもう彼のことを失ったらきっともう生きていけない。だから彼を返してください。女神様、お願いします。あたしが落としたのはその普通で普通の彼氏です」
今自分が余計なことまでいっぱい喋ってしまったとはわかっているけれど、やっぱりあたしの気持ちを全部伝えたい。女神様もわかってくれたらいいな。
「あなたは正直者ですね。ご褒美として彼氏を返す上に、おまけもさしあげましょう」
「え? おまけ? いいえ、待ってください。別にご褒美とかそんなの……。だってあたしが欲しいのはただ……」
『འ་ན་ཏ་ནི་འི་ཏོ་ཤི་ཀི་ཀ་རེ་ཤི་འོ་ཀ་འེ་ཤི་མ་ཤོའུ། འོ་མ་ཀེ་ནི་ཅིའི་ས་ན་ཀིམ་པ་ཙུ་ཏོ་གིམ་པཙུ་ནོ་ཤོའུ་ཇོ་མོ་ས་ཤི་འ་གེ་མ་ཤོའུ།』
あたしの言い分を全然聞かずに、泉の女神は何かわからない言葉で発して、その体がまた光って、そして……。