六話 バルドザード
十一歳になった。
この頃になると、私はパパに連れられて国の会議へ参加するようになった。
参加すると言っても口を出すような事はなく、会議を見学するだけだけれど。
顔つなぎの意味もあるのだろうと思う。
この頃になると、以前パパが言っていた話も経験として実感できるようになっていた。
パパが平民生まれである事、直接詰るような事はしないがそれとなく擦ってくる人間はいた。
パパは聞かぬフリか、やんわりとした反撃でかわしていたので私もそれを参考に凌いでいた。
その日は、ママも参加する結構大事な会議の席へ連れ出された。
それでもやっぱりちょっかいをかけてくる貴族はいたのだが……。
「おまえ殺すぞ」
と、その場を目撃したママがド直球に脅してから何も言わなくなった。
「――における麦の収穫量は、前年に比べて一割減となっています」
「お前の領地は締め付けが甘いんじゃないか?」
「しかし、これ以上の負担は農民の疲弊が大きくなります」
「怠ける農民にムチをかけるのが貴族の役割だろう」
この会議は総決算のようなものらしく、ママはその話し合いへ積極的に参加するでもなく黙って聞いていた。
椅子に座っているだけだが、表情も憮然としていてとても威圧的である。
ママに見られているという意識からか、どことなく会議に参加している人達も萎縮しているように見えた。
だが、娘の私にはわかる。
ママのあの顔は、会議めんどくせーと思ってる顔だ。
多分、会議の内容が頭に入っていない。
「次に、バルドザードの件について」
いくつかの議題を経て、その議題に移った時。
場が緊張した事に気付く。
ママも姿勢はそのままに、視線だけは議題を読み上げた者に向けていた。
私自身、その名前に聞き覚えがあるので傾注する。
自然と緊張して気持ちが引き締まった。
立ち上がったのはパパだった。
「外交官からの報告によれば、二十二品目の関税について法外な値上げがあったそうだ。並びに、先日あった帝都からの輸送物資を襲撃された件ではバルドザードの物と思しき装備品や旗が残されていた。これらはバルドザードからの挑発行為だと思われる」
まぁその通りなんだろうな、と私も思う。
バルドザードは『リシュコール戦記』において、名前だけしか出てこない。
リシュコール帝国に反旗を翻す主人公に様々な援助を行い、帝国打倒の一助になった隣国である。
だが実態は封印されし邪神を奉り、その復活を目論む悪の王国だ。
そもそも、主人公達の扱う伝説の聖具はその邪神を討伐するための存在だったりする。
本来は人間同士の戦いに使うものではない。
実の所、私達リシュコール家も邪神討伐に参加した人間の家系である。
邪神の封印を見張るために根付き、国を治めるに至った経緯があった。
しかし実態が判明するのは、続編からだ。
続編では、邪神復活を目論むバルドザードと戦う事になる。
「面倒だな。もう、潰しちまえばいいだろう」
ママが発言する。
いくつかの同調意見が上がった。
「それはダメだ」
反対意見を出したのは、パパだった。
「何十年も大人しかったあの国が、近年になって戦意を見せてきたのは戦う準備ができているからだ」
「私が勝てないというのか?」
「君は無敵だよ」
「そうだろう?」
パパに言われて、ママはふふんと得意げに笑う。
いちゃつくな!
「でも、君は一人しかいない。地理関係から考えて、戦地が広域に複数展開する事は明らかだ。二面、三面作戦は当たり前。そのどれもに参加する事はできないだろう?」
「……むう」
ママが唸って黙り込む。
「確かに、結論から言えば勝つ事はできる。だけど、終戦時の被害は甚大だ。徴兵や戦時徴収で農地はボロボロになる。結果として国力が落ち、そこを衝いてバルドザード以外の他国から攻められる可能性も捨てきれない」
「だが……」
「兵力の削りあいになったら、最終的に人員が足りなくなって子供を戦場に出す事にもなるよ? 君は子供を戦わせて平気なのか?」
ママが黙り込む。
今、パパが口にした理屈はきっとママを説得するためだけのものだろう。
他にもデメリットはあるけれど、これが一番ママの心を動かせる言葉だと判断してそう言ったのだ。
実際、その言葉にママは心を動かされたようだ。
「子供達を戦わせるつもりか?」
強い威圧感の篭った声で、ママが問いかける。
いや、声だけじゃない。
現実に、体が重く感じる。
部屋全体に緊張が走った。
「そんなつもりはない。けれど、バルドザードと戦う事になればそうなるだろうと言っている」
それに怯んだ様子もなく、パパは静かに答えた。
不機嫌そうに細められたママの目が、少しずつもとの大きさに戻っていった。
けれど、不機嫌そうな表情はそのままだ。
視線をパパから逸らす。
「……仕方がないな。戦いがダメだというのなら、それ相応に気の晴れる措置を取れ。お前ならできるだろう?」
「期待に応えてみせるよ」
パパはにっこりと笑って返した。
それから次の議題へ移り、全ての議題が終わって解散となった。
私とパパは一緒に会議室を出て、書斎へ向けて廊下を歩く。
「ねぇ、パパ。このまま戦争を回避できると思う?」
今は戦争にまで至っていない。
けれど、いずれバルドザードとの戦争に発展する事を私は知っている。
ロッティが命を落とすのは、その戦争が根本の原因と言ってよかった。
だから、それが気になって問いかける。
「そんな事にはならない。僕がさせない」
パパは言い切った。
「国力はほぼ同じだけど、他国との連携は密に行っているからね。相手に非があれば袋叩きにできる。制裁措置も思うがままだ。一番の問題はママが喧嘩っ早い事だけだよ。それだって抑えてみせる」
それが私には頼もしく思えた。
パパがそう言うなら、大丈夫な気がしてくる。
でも、私にはゲームでの知識があるから、不安が完全に拭い去れなかった。
「本当に戦争にはならない?」
私はそう、パパに問いかける。
私の知っている歴史では、戦争になったから。
「大丈夫だよ。そもそも、バルドザードにはメリットがないから。今、挑発行為を仕掛けてきているのも、威圧して何かしらの譲歩を引き出したいからだと思う。その提示が成されていないのは不気味だけれども……」
メリット……。
メリットは、ある。
「たとえば……たとえばなんだけど、戦いを起こす事だけがバルドザードの目的だったら?」
私の知る限り、バルドザードの目的は二つある。
伝説の聖具を操るリシュコール家を根絶やしにする事。
そして、怨嗟をこの地に満たす事だ。
何故、怨嗟を満たそうとしているのかというと、それは怨嗟が邪神を復活させるためのエネルギーになるからだ。
人が苦しめば苦しむほど、それは邪神の力になる。
人の苦痛を生み出すのに、戦争が一番効率いいから戦争を仕掛けていたという話だったはず。
「戦争を起こす事が目的……? 戦争は手段だから、それはありえない事だけど……」
パパは答えながら、思案する。
ああ、という顔をした。
「邪神伝承か……。ロッティ、君は博識だね」
邪神伝承という単語から、多分私の意図が伝わったのだと思われる。
今となっては伝承。
その存在は、すでにおとぎ話の域にある。
根拠とするには、非現実的で子供っぽいものだ。
「大丈夫だよ。あれはあくまでも伝承だ」
「でも……」
「もし、本当にそうだったとしても、戦争は起こさせない。人々か苦しむような事がなければ、邪神だって復活できやしないさ」
パパは笑顔でそう言ってくれた。
不安がる子供を安心させるように、優しく……。
実際、そういう意図で言ってくれたのだろう。
でも、子供だましの言葉じゃないと信頼できる。
パパがそう言ったなら、きっと戦争にならないよう頑張ってくれる。
そう思うと、不安が晴れるようだった。
こんなパパが居てくれるなら、戦争なんて起きそうにないんだけどな。
なんでゲームでは戦争状態になってたんだろうか?
今、私が邪神の事を伝えた事で未来が変わった、とかだったらいいな。
「ロッティ。君に、領地を一つ預ける事が決まった」
ある日、パパがそんな事を言った。
「え? そうなの?」
「早い内に経験した方がロッティのためになるから。ママと相談して決めたんだ」
それを聞いて、私は内心でガッツポーズする。
やった!
ようやく、城の外へ出られる。
これで結果を出せば、内政にも口を出せるかもしれない。
正直、初めての事なので緊張するが、やってやれない事はないはずだ。
パパはああ言ってくれたけど、自分でもどうにかできるようにしなくてちゃいけない。
手段は多い方がいいはずだ。
「小さい領地で、領内の村も少ないんだけど。統治の経験を積むには、丁度いいからね」
そう言って、パパは詳細資料を渡してくれる。
「ターセム……」
村の一つに目をやり、その名を口にする。
リューの住む村だ。
「代官を立てて指示する形になるん――」
「直接行ってみたい」
パパの言葉を遮る形で私は告げた。
「その方がいいかもね。書面だけじゃわからない事も多いから」
そう言って、私の考えを肯定してくれた。
後日、私はある人物と応接間で引き合わされた。
青い短髪の女性だ。
薄汚れたマントで体を隠し、その口元は面頬で隠されていた。
薦められた椅子を断り、立ったままでいる彼女に私は見覚えがあった。
クローディア。
ゲームにおいて、主人公の仲間になるキャラクターだ。
流浪の傭兵である。
最初、リシュコール側に雇われていたが、幾度かの戦いを経て仲間になる。
伝説の聖具、イザナギの所有者である。
ちなみに、口を覆う白い面頬がそのイザナギだったりする。
イザナギは生存能力を高める効果があり、ゲーム中では1ターン毎の体力回復と1マップ中で一回だけ再起不能になっても復活する効果があった。
その分、ヒットポイントそのものはあまり高くなかったけれど。
そもそもクローディアは回避能力に優れており、被弾する事がまずないのであんまりこの能力を実感できない。
復活できるので、気軽に敵陣へ突っ込ませる事ができるのは最大の強みだろうが。
遠近どちらの距離でも戦えるという魅力もあるが、ラストステージで遠距離戦をしていると妙に命中率の高いママのマップ攻撃で初見殺しされる事になる。
「よく来てくれたね」
「……あんたほどの人に呼ばれればな」
パパの言葉にクローディアは答える。
「依頼内容は?」
クローディアは早速、呼ばれた理由を問う。
「この子……ロッティの護衛を頼みたい」
「期間は?」
「必要ないと僕が判断するまで」
「報酬は?」
「月ごとに金貨十枚」
「わかった」
かなりあっさりと契約は結ばれた。
「この子は、これから外で活動する機会が多くなる。本当は僕が一緒に居てあげたいけれど、僕にも仕事があるからね。だから、お願いするよ」
パパが言うと、クローディアはこくりと頷き返して了承の意を示した。
それから何日か経ち、旅装、同行する家臣団の準備が済むと私は自分の領地へ向かう事になった。