五話 よくわからん妹達
十歳になった。
ゼルダは格闘術への興味が強かった。
ママもそんな姉に請われるまま、空いた時間を訓練の監督に当てていた。
きっとゼルダには私と違って才能があるのだろう。
魔力量に秀でている事は身体の一部分に反映されているので見ればわかるんだけどね。
比べて私は、もう訓練に誘われる事がなくなっていた。
代わりに、パパからいろいろと教えてもらっている。
パパは内政関係の仕事をしており、幼い頃のように物語を読み聞かせるのではなく、それについての勉強を教えてくれるようになった。
本格的に、そっち方面での教育を施される事になったようだ。
でも、これは見込みがないからというより、私がそっちを好んでいるからだろう。
私がどうしても、と頼めば訓練をつけてくれると思う。
それを証拠に、グレイスも私と一緒に内政の勉強をしているからだ。
グレイスには、私と違って格闘術の才能がある。
それでも勉強を重視しているのは、グレイスが格闘術の訓練を嫌がっているからだ。
「暴力は嫌い」
と、グレイスは言っている。
訓練場での一件があってから、訓練場には一度も足を踏み入れていない。
彼女なりに、何か思う所があるのだろう。
そんな彼女に、両親は格闘術を強要しなかった。
ちなみに、もう一方の妹達は格闘術が大好きである。
「あら、お姉様よ」
「あら、すっごく弱いお姉様よ」
廊下で、後ろから声をかけられて振り返るとカルヴィナとスーリアがいた。
「ざこお姉様ね」
「くそざこお姉様よ」
「「クスクスクス」」
二人はゼルダに対して懐いているが、私の事は嫌いなのかよく煽ってくる。
散々な事を言う。
「カルヴィナ、スーリア。前にも言ったけれど――」
「「ざ〜こざこざあぁぁぁぁぁぁ!」」
私は二人の手をそれぞれ両手で取り、指に四の字固めを極めた。
二人は痛みに悲鳴を上げる。
魔力の関係で打撃じゃ二人にダメージを与えられないが、関節技ならダメージを与えられる事が判明した。
打撃と違って、相手の体で相手の体を攻める技だからだと思われる。
「そういう風に人を煽るのはよくないと思うな」
「痛いわ! お姉様!」
「許して! お姉様!」
「わかった?」
「「わかったわ!」」
このやりとりを私は何度か繰り返しているので、絶対わかってないだろうと思いつつ二人を解放した。
「「きゃはははは」」
開放すると、二人は楽しげに笑いながら走っていった。
こういうやり取りは、今回だけではない。
二人は事ある毎にこうして私を煽るような事を言ってくる。
その都度、指関節を極めるのも同じ流れだ。
「二人は私の事が嫌いなの?」
そう、直接訊いてみた事もあったが……。
「「私達、お姉様の事は大好きよ!」」
と、ステレオで躊躇いなく返された。
二人の事がよくわからない……。
ある日の事。
「ざ、ざ〜こ」
グレイスから、躊躇いがちにそんな事を言われた。
言ってから、グレイスは俯く。
そっと手を差し出した。
その手をにぎにぎしてから、頭を撫でる。
「あんまり悪口は言っちゃいけないよ」
「は、はい。ごめんなさい、お姉様」
謝るグレイスだったが、どことなく残念そうだった。
何なんだろうか?
と思っていると、廊下の角から双子が飛び出した。
どうやら、隠れて様子を伺っていたらしい。
「「ずるいずるいずるいわ! 私達の時は頭なんて撫でてくれないのに!」」
「それは、あなた達が私の嫌がる事を言うからでしょうよ」
「「グレイスお姉様も悪口言ったじゃない!」」
「グレイスは自分からこういう事を言う子じゃないし」
多分、双子から強要されたんじゃないかと思ってる。
グレイスの方が姉だが、二人の方が気は強いし。
「「グレイスお姉様が私達みたいに、自分も構って欲しいって言ってたからやり方を教えただけなのに!」」
なんじゃいそれ。
え、指四の字をかけられたかったの?
「本当に?」
「……うん」
言い難そうに、グレイスは肯定した。
「最近、お姉様はカルヴィナとスーリアにばっかり構ってるから……」
構っているというか、ちょっかいかけられて反撃しているだけなんだけど。
「こんな事しなくても、寂しくなったら私の所に来ればいいのに」
「いいの?」
「うん」
「ありがとう、お姉様」
はにかみながら、グレイスはお礼を言った。
「「ええ〜、何それ〜! やっぱりずるいわ! 私達、お姉様にもママにも褒められた事ないのに!」」
と、双子が不満をたれる。
二人は、ママにも悪戯を仕掛けてよく尻を叩かれていた。
「二人も普通に寄ってきたら構うし、喜ばれる事をすれば頭を撫でてもらえるよ」
「「……それじゃあ、仕方ないわ。撫でてもらうのは諦めるわ」」
つまり、悪戯や煽りは今後もやめるつもりがないと……。
二人は手を繋いで、笑いながら廊下を走っていった。
パパの書斎。
私は、パパからお勉強を見てもらっていた。
「そろそろ休憩しようか」
「うん」
休憩時間に、パパと談笑する。
「はぁ、娘って難しいね」
その最中、パパはそんな言葉を漏らした。
「私、難しい?」
「いや、ロッティはそうでもないけど……。ごめん、子供に話す内容じゃなかったね」
「別に構わないけど」
「ロッティは大人びているから、ついこんな事も話してしまうよ」
それはまぁ、もしかしたらパパより実年齢は高いかもしれないし。
「僕の実家は男兄弟ばっかりだったから、女の子ばっかりっていう環境は初めてなんだ」
まぁ、大変だろうな。
「そうなんだ。……そういえば、パパの実家の人って会った事がないね」
「うん、まぁね」
パパは言葉を濁す。
「言いたくない事なの?」
「うん。……でも、知っておいた方がいいのかもしれないね」
「?」
「僕の実家は、貴族じゃなくて平民だったから」
「よく結婚が許されたね」
この国にも当然身分差はあり、例によってそれに伴う扱いの差はある。
「ママに文句を言える人間はこの国にいないよ」
そう言われて納得してしまう。
文句を言ったら、物理的に潰されそうだ。
「驚かないんだね」
「え、うん」
パパに言われて、私は淡白に答えた。
知識としては知っているけれど、あんまり身分差を実感した事はない。
とはいえ、ゲームでも語られなかった事実だ。
ちょっとだけ驚いている。
「僕が気になっているのは、この先にロッティがその事で嫌な思いをするかもしれないって事なんだ」
「ママが睨みを利かせているから、大丈夫じゃない?」
私はあっけらかんと答えた。
「貴族なんて、自分の体面に拘るクズばかりだ。変に上位の存在だという自覚があるから、後先考えずに自己顕示欲を優先する馬鹿もいる。そんな輩がちょっかいかけてくるかもしれない」
何か、いつものパパじゃない。
声が低い……というよりドスが利いてる……。
貴族が嫌いなんだろうか?
「今はまだ、関わりが薄いけれど。これから交流も増えていくはずだ。もし嫌な事を言われたら、僕に言うんだよ」
「ママに言うんじゃなくて?」
「ママはやり過ぎるし、関係のパワーバランスを考えずに行動するからね。心情的に関わりたくなくとも、国にとって必要な人間もいる。そういう相手を潰されちゃ困るんだ」
その言葉を聞くと、パパも大変なんだなと理解する。
「さ、休憩は終わりにしようか」
雑談を終えて、私は勉強を再開した。
今回はここまでです。
つづきは月末に。