三十七話 もう結果だけ教えろ
あまり多く書けなかったので、今回は一日で全部投稿させていただきます。
夜は蒸し暑くて、眠る事ができなかった。
視界を隠した夜の闇はいつしか薄くなり、部屋の輪郭をぼんやりと映すようになっていた。
月明かりが妙に明るく思え、余計に目が冴えてしまう。
そんな夜だから、私は意図せず思考の中に意識を投じていた。
私を取り巻く環境は、私の知識からどれだけ離れたのだろう?
ゲームの知識があって、それに伴って行動した事ですでに細々とした部分が違っている。
私がリュー達と友達になった事。
マコトと知り合えた事。
ミラが私の仲間になった事。
これらは本来ならありえなかった事。
私はみんなと関わる事すらできなかったはずだ。
何より大きいのは、リュー達が聖具を得た事だ。
ゲームでは、最初の戦闘ステージで聖具に選ばれる。
その時のリュー達は今よりもずっと成長した姿だった。
本来なら何年も後の事だ。
この変化は今後どんな未来に繋がっていくのだろう?
考え事をしていた事で、余計に眠れなくなったかもしれない。
結局、私は空が明らむまで眠れなかった。
そこから目覚めの感覚を経験したのだから少なくとも眠る事はできたのだろうが、疲れがとれていない。
むしろ、起き続けている時よりも、少ない睡眠を経た事で余計に疲れを負ったようにも思えた。
困ったなぁ……。
思わず内心で呟いたのは、今日ターセム村へ視察に行く予定があったからだ。
最近の私は領内で視察と資料整理しているだけでなく、他領との交流も行っていた。
皇女の身分によって他領の領主とはかなり簡単に面会が適う。
この身分でなければこうすんなりとはいかないだろう。
それは良いのだが、会ってみれば取り入ろうとする魂胆があからさまなのは辟易する。
皇女という身分に対する要望などはどうにかかわし、あくまでも一領主の一人としての取引のみを相手に提案するよう心がけていた。
ただ、もしも私が何かミスをして弱みをみせてしまうような事になれば、その領分を越えた要望を断りきれない可能性はある。
なので、そうならないよう細心の注意を払い、領主との交流を行っていた。
そういう仕儀があり、私の日程は去年と比べて詰まっている。
何日も前から日程を調整しなければ、活動ができないほどだ。
だから、今日のターセムの視察をとりやめて、翌日に向かうという事ができなくなっていた。
私にとってある意味あの村は、将来に関わる大事な事柄でもある。
何よりも優先すべき事だった。
今のリュー達との関係を考えれば、それほど神経質にならなくていいようにも思える。
きっと、私が彼女達に殺される事はない。
無視できないのは、私がリューを信じきれていないからだろうか?
それとも、私が殊更に臆病なだけなのだろうか?
………………。
さて、今日も頑張るぞ。
奮い立たせるように内心で呟き、私はベッドから下りた。
領地へ戻ってから三ヶ月ほどが経つ。
夏の盛りで、止め処なく流れる汗に私は気を滅入らせていた。
当のバルドザードからの襲撃はない。
それでもクローディアは、油断なく警戒を続けているようだった。
果たして再度の襲撃は諦めたのか。
それともリシュコールの警戒態勢に手が出せないのか……。
実際の所はわからない。
ターセムに着くと、村長宅の前に見知った顔ぶれがあった。
村に住むリュー、ケイ、ジーナ。
最近よく遊びに来るゼルダ。
それはいい。
だが、何故双子がいる?
「うふふ」
「うふふふふ」
「私達を置いていくなんて」
「お姉様方のい・じ・わ・る」
カルヴィナとスーリアは交互に言葉を発する。
「「どう? 驚いたかしら?」」
「……」
「あ、嫌そう」
「でも許して、ロッティお姉様。私達、ハブられてとっても寂しかったの」
「グレイスもいないけど?」
「「でも、前に一度来たのでしょう?」」
そうだけど。
「こいつらは? 知り合いか?」
リューが問いかけてくる。
「私達の妹だ」
ゼルダが質問に答えるのも束の間、リューの首に向けて光るものが迫った。
これは、鎌の刃……!
それに気付けた。
けれど、気付けただけだ。
体を動かそうにも、リューを助けるような暇はなかった。
リューが死ぬ!
そう思った時だった。
ゼルダが割り込み、刃を腕で受け止めた。
甲高い金属音が響く。
腕には刃が食い込み、血が滲んでいた。
「何をする?」
問いかけるゼルダに、双子はくすくすと笑いながら答える。
「「私達、お姉様と話していたのよ? 途中で割り込まれたら、不愉快じゃない?」」
「命を奪うほどの事じゃない!」
ゼルダは腕を振り、刃を押し返した。
鎌を持っていたカルヴィナが、ふわりと後ろに跳び退く。
「「でも多分、そのお姉さんは平民でしょう?」」
「だからどうした? 私の、友達だ!」
ゼルダは強引に、自分の腕に食い込む刃を振り払った。
金属音が当たりに響き、双子は跳び退いて距離を取る。
「私にとって、リューは大事な友達だ。それを傷つけようっていうなら黙ってられない!」
「ゼルダ……」
また少年漫画みたいな事を言ってる。
「ふふふ、大きな口を叩くじゃない?」
「付け焼刃が、真打に勝てるわけないでしょ?」
双子はそう言って嘲笑し、左右対称となるように構えを取った。
「リュー、私達二人ならどんな相手にだって負けない。そうだろ!」
「ああ!」
ゼルダとリューも構えを取る。
なんか、いつの間にか戦う流れになってる。
もうこうなってしまっては私に何もできる気がしない。
私ではゼルダ達を止められても、双子を止められないだろう。
話が通じなくとも、ママならば拳骨の一発で黙らせられるが、残念ながら私では不可能な芸当だ。
私には見ている事しかできない。
自然と小さな溜息が漏れた。
「仕事するね」
ケイに言って村長宅へ向かう。
「見ていかないんスか? なんかすごい戦いになりそうッスよ?」
「結果だけ教えて」
そう言い置いて、私は仕事場に向かう。
今回は耳栓を用意していたので、仕事は速やかに済ます事ができた。
その日の夕食時。
「リューが聖具の使い手だったんだが?」
と動揺した様子のゼルダに詰め寄られた。
出しちゃったんだ、聖具。
ゼルダを宥めるため、私はミラに教えたのと同じ理屈を伝える。
「そうなのか……」
「だから安心してほしい」
「あ、うん。そうだな」
それでもモヤついているようだ。
ゼルダは継承の時に殊更気にしていたから、複雑な気持ちになるのはわからないでもない。
「そんな気にする事かよ?」
能天気な様子でリューは訊ねる。
今回のリューも傷だらけだが、前みたいにメタメタやられた様子ではなかった。
成長したという事だろうか?
「王様の子供となればいろいろ面倒な事があるんだよ」
「ふぅん」
よくわかっていない様子でリューは答えた。
「ケイもジーナも使えんのに」
ゼルダを刺激するような事を言うんじゃねぇ!
「へぇ……そうなんだ。みんな使えるんだ。いいなぁ」
ほら、ちょっと落ち込んでるじゃないか。
口調まで変わって……。
「さて、どんなものが出てくるのかしら?」
「私達の口に合うものがこんな所で食べられるかしら?」
食卓の二人隣り合った席に座り、カルヴィナとスーリアは若干失礼な言葉を吐く。
「それは、実際に食べてみてほしいッス!」
ケイが厨房から運んできたピザを食卓に置く。
「あら、いい香りね」
「思ったより美味しそうだわ」
「でも、使われてる材料は少ないわね」
「そうね。生地はパン。赤いのはトマトかしら? あとは全部チーズで誤魔化してるわ」
「「安っぽいわね」」
双子の言葉に、気を悪くしていないか? と心配してケイを見る。
しかし、ケイの湛える自信満々の表情は崩れていない。
「めしあがれッス」
言われるまま、双子はピザを一切れずつ取る。
一口、齧った。
「「こ、これは……!」」
驚きを見せた二人は、瞬く間に一切れを食べきった。
「私の知るチーズと何か違うわ! これは、食感?」
「このピザには二種類のチーズを使っているッス。一つは王女様に教えてもらった弾力の強いチーズ。でも味が満足いくものじゃなかったので、もう一つは味に拘ったチーズを使っているッス。どちらも、ピザに合うよう色々と試して出来上がったものッスよ」
「でも、チーズが特別美味しいわけじゃないわ。パンもトマトも、何か逸脱した味ではない。なのに、どれもバランスが完璧だわ」
「当然ッス。野菜も麦も、種を貰ってあたいがピザ用に育てたんスよ。これらは肥料や土の状態で味が変わってくるッス。まだ途中ッスけど、今一番ピザに合うものを選んだッス」
なんか料理漫画みたいな展開になり始めた……。
しかし毎度ここで同じピザを食べているのに飽きないな、と思っていたらピザのためにそこまでやっていたのか。
バージョンアップしていたなんて、知らなかったそんなの。
「それもこれも、まだ満足いってないから試行錯誤中。つまり途中なんスけどね。いずれ、完璧なものを作ってみせるッス」
「これよりもっと美味しくなるというの?」
「それに、それだけじゃないわね。このかすかな甘み、何かが隠れてる。たまねぎね?」
「本当だわ! 細かく切ったたまねぎがチーズの中に紛れてる」
「よくわかったッスね。気付かれないようにしてたんスけど」
あ、本当だ。
食感が解らないほどに細かくてわからなかった。
「どれもこれも、そのまま食べると普通の食材ッス。でも全部合わせた時に、最高の味になるよう工夫して作ったものなんスよ」
「すごいわ!」
「すごく美味しいわ!」
二人は目を輝かせて絶賛した。
「けけっ」
そんな二人を見て、リューが変な笑い方をする。
「「何か言いたいのかしら?」」
それに気付いて双子は問いかける。
「口に合う物なんか無いみたいな事言っといて、お前ら威勢が良いくせに口だけだよな」
「「何ですって?」」
「戦う時だって、まったく俺達の相手になってなかったじゃねぇか」
「え、そうなの?」
思わぬ言葉に、私は問いかけた。
二人はもっと強いものだと思っていた。
「同時に相手にすると厄介だが、引き離されたら成す術なしだったぜ」
リューが教えてくれる。
続いて、ゼルダも口を開く。
「二人なら軍の中でも上位の強さだ。私一人では勝てん。二人を相手に一人で勝てるのはママか……グレイスぐらいだ」
「グレイスは勝てるの?」
そもそも戦う機会などないと思う。
なのに、そう言及するのは何故なのだろうか?
私はその理由に興味を持った。
「実際、模擬戦で何度か打ち倒している」
「グレイスも模擬戦とかするんだ。そういうの嫌いだと思ってたのに」
「戦うのは今でも嫌いみたいだ。でも、たまに体を動かすために練兵場へ来るぞ。普段は剣だけ振って帰るが、たまに双子が勝負を吹っかける時がある。そして、その都度コテンパンにされている」
「「いつか勝つわ」」
私達の会話に割り込み、双子は宣言する。
「「二人なら無敵よ」」
「二対一でも勝てない奴がいるなら、無敵じゃねぇじゃねぇか」
そんな二人に、リューがちょっかいをかける。
「「あなた相手なら、引き離されなければ負けないわ」」
「結局一人だと勝てないって事じゃねぇか。悔しかったら一対一で勝ってみな! べろべろべろばぁー」
リューは下をびろびろさせて、子供みたいな挑発をする。
……子供だけどね。
「「ムキー! 悔しいわ!」」
この子ら、ムキーなんて声出すんだ。
知らなかった。
「そこまでッスよ、今はご飯の時間ッス」
「「そうね。こんな山猿を相手にするより、こっちを楽しむ方が建設的ね」」
おいしいおいしいと舌鼓を打ちながら、双子はピザを食べた。
「それにしても本当に美味しいわ」
「城でも食べたいわね」
二人は互いに顔を合わせて言い合い、その視線をケイへ向けた。
「あなた、今度私達の城でこの料理を作りなさい」
「城の料理人に作り方を教えなさい」
「えっ!」
ケイは思わぬ提案に驚きの声を上げた。
ケイ「出張料理人のケイッス」
双子「やっぱりケイちゃんの料理は最高やな」




