三十五話 パパからのお願い
雪が降り積もり、歩みの遅い春が少しずつその雪を溶かしつつある季節。
私は十三歳になった。
ある日、ジークリンデが三頭の仔馬を連れて王城へ遊びに来た。
「十三歳になった祝いだ。一頭選べ」
そう言って、ジークリンデは三頭の仔馬を選ばせてくれた。
仔馬はそれぞれ、白毛、黒鹿毛、栗毛の三頭だ。
色を選ばせるつもりでこのチョイスなのだろう。
「馬ってどう選ぶのがいいんですか?」
「好みでいいと思うぞ。私が見立てた馬だ。どれもいい子さ。子供の内から世話していれば、よく懐いてくれるぞ」
ジークリンデは自領に騎馬隊を持っており、自らも騎馬術に長けている。
当人も馬が好きなのは、扱いを見ていればわかる。
「少し触れ合って見るのがいいかもな」
そう言われて馬と触れ合ってみる。
観察していると、なんとなく三頭の性格が見えてきた。
白い馬は臆病なようで、ジークリンデのそばから離れようとしなかった。
そしてよく嘶く。
「この子は寂しがりやだからな。母親と離されて怖がっているんだろう」
よく嘶くのは、寂しがっているからかもしれない。
逆に茶の馬は好奇心が旺盛で活発だ。
人懐っこくて私にも近づいてくるし、撫でると心地良さそうにする。
「この子は人懐っこいんだ。可愛いだろ?」
確かにとても可愛らしい。
それはいいのだが、すごく足を踏んでくる。
仔馬だから大事にはならないが、大人になってもこれをされると足の甲が砕けそうだ。
そして、最後に黒い馬だが……。
ずっと草を食べていた。
食べていたかと思えば、いつの間にか寝ていた。
「この子はまぁ、マイペースなんだ」
それは見ていればわかる。
「それでどうする?」
「そうですねぇ。じゃあ、黒い子を貰います」
「どうしてその子を?」
「白い子は親から離すのがかわいそうだし、茶色の子はちょっとやんちゃが過ぎて扱えなさそうなので」
「まぁ、黒は扱いやすそうではあるな。わかった。名前を決めてやってくれよ」
そうして、私は黒鹿毛の仔馬を貰った。
名前はアルファにした。
「ロッティ。申し訳ないんだけど、また領地に出てくれないかな?」
パパの書斎に呼び出され、中に入ると神妙な顔のパパからそう言われた。
「どういう事ですか?」
「相手の動き方を把握しておきたい。だから、囮になってほしい」
取り繕う事無く、パパは目的を明かす。
「ママは何て言ってるんです?」
「大反対だよ」
それはそうだ。
「国内への侵入経路や潜伏先などについて、知りえる限りの事は調べ尽くした。王城から離れても、安全ではあるだろう。君を狙う素振りをみせても、触れさせる事はない」
パパは、できる手は全部取っているのだろう。
触れさせないというのなら本当に相手は触れる事ができないはずだ。
それについては信頼できる。
「そんな状態でも相手は私を狙うんでしょうか?」
「実際どうなのか、それを知りたいから囮をお願いしている」
なるほど。
再度の襲撃を懸念すれば、確かに恐ろしい。
でも、領地が気になっているのも確かだった。
「本当は、私の方から言おうと思っていたんです。領地の事が気になっていたから」
「了承ととっていいのかな?」
問われて、私は頷き返した。
数日後、私とパパはディナール領(私の領)へ一緒に向かう事になった。
あの事件から一度も王城を出た事はなかった。
馬を歩ませ、王城が見えなくなる位置まで来ると流石に緊張した。
けれど、襲撃の類がなくただ時間が過ぎていくと、少しずつ緊張は解れていく。
不意に、クローディアが後腰に佩いた弓をおもむろに取り出した。
それは長距離用の弓で、折りたたみ式の複合弓だ。
「待った」
弓を番えて撃とうとした所でパパが止める。
「多分、うちの人間だ」
「……」
何か気配を感じたけど、それはパパの部下だった。
という事だろう。
クローディアは弓をしまいなおした。
彼女はあの事件以来、普段以上に周囲へ気を配るようになった。
素人の私でも肌がひりつく程の緊迫した空気を常に放ち、少し息苦しく思うくらいだ。
でも今はそれが頼もしい。
クローディアもいれば、パパもいる。
何かあっても、なんとかなるという安心が不安に勝った。
そう思えるともう平気だ。
領城に着いた。
「現状、監視などはないようだよ。クローディアも警戒してくれていたみたいだけど、彼女も気付かなかったようだ。各村々の周囲にも潜伏している気配がない」
パパにそう教えてもらい、少し安心した。
「じゃあ、僕は帰るよ」
領城に私を送り届けると、パパはそう言ってあっさり帰っていった。
帰るの? と少し不安になったが、パパが帰るという事は安全が確保されているという事でもある。
それでも不安なのは私の心の問題だ。
領城で一泊して、領地の視察に出る。
最初に向かったのはターセムだ。
あれから、リュー達に会っていない。
最後に別れた時には、元気そうだったけど……。
あれだけやられていたのだ。
その後の安否は気になっていた。
「よぉ、久しぶりだな。元気だったか?」
村に着いてすぐ、まるで見計らったようにリューが声をかけてきた。
ケイとジーナも一緒だった。
その様子は、事件が起こる前となんら変わらない。
どうやら私の杞憂だったようだ。
彼女達は何も変わらない。
「久しぶり」
私も三人と挨拶を交わした。




