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十七話 ナイフとクローディアの過去と少女

 パパと一緒に領の視察を始めて、いくつかの領へ訪れた。

 領へ辿り着く度、グリアスと会って報告を受ける。

 どうやらグリアスは同行こそしないが、一緒に行動しているようだった。


 彼から報告を受けてから領主と接見する。

 問題がなければ軽い面談だけを経て、すぐに立ち去る。

 それぞれの領へ着くたび、そのルーティーンで事が進んだ。


 しかし、何か問題があった時はそうではない。


 グリアスから受け取った証拠を元に強く追及する。

 その時になったらもう容赦なく、徹底的に追い詰めた。


 領主に会う前に調べられる事を調べられるだけ調べ、問題がなければ最低限の仕事をこなす。

 問題があった時は追及する。

 追い詰める証拠も、その時には用意されている。


 しらばっくれようとも、証拠を突きつけられて逃げ道を塞いでしまう。

 本当の動きは全て、領主と会う時に終わっているのだ。


 パパの仕事ぶりは、無駄がなくそつのないものだった。


 追及する内容は厳重注意で済むものが殆どだったが、汚職の判明したある一人の領主には罷免が下された。


 その領主が……。


「ええい! であえ! であえ! 監査官を装った不届きものだ! 捕らえろ!」


 と時代劇のような事を言って兵士を差し向け、クローディアが大暴れして全員蹴散らしたのが今回の視察において一番の修羅場だった。


「今回はクローディアが居たから良かったけど、一人の時にこうなったらパパはどうするの?」


 パパもそこそこ強いみたいだけど、大量の女性兵士に囲まれると流石に対処できないと思う。

 それを疑問に思って訊ねてみた。


「いつもは逃げてるよ」


 パパはそう答えた。


 とりあえず、「いつも」と答えるくらい頻繁に似たような事がある事だけはわかった。




 次の領地へ向かう前に、いつものように村で一泊する。


 その時にまたグリアスと会った。

 グリアスと会う場所はまちまちで、室内の時もあれば外で壁越しに話す時もあった。


 でも、基本的に雑貨屋で会う事が多かった。

 どうやらチェーン店、というか暖簾分けと言った方がいいんだろうか?

 同じ名前の店だ。


 今日は雑貨屋で会った。


 いつもは報告を受けてすぐに立ち去るのだがその日は違った。


「頼まれていたもの、用意したぞ」


 そう言って、グリアスは小さな木箱をテーブルに置いた。

 蓋を開けて中を見せてくれたそれには、鞘に収まった一本のナイフが入っていた。


「ありがとう」


 パパはそれを手に取ると、鞘から抜いて刀身を改めた。

 じっくりと見て、鞘を戻す。

 そして、私に差し出した。


「贈り物だ」

「ありがとうございます」


 ちょっと疑問に思ったが私は受け取る。


「これは?」

「魔力の保存性を持ったナイフだ」

「パ……父上が持ってるのと同じ奴?」

「それほど良いものじゃないけど」


 パパは苦笑する。


「それでも家を一軒買えるくらいに高いぞ」


 と、グリアスが教えてくれる。

 私は驚いて「えっ!」と声を上げた。


 これ、そんなに高いのか。


「じゃあ、これよりすごいパ……父上のナイフは?」

「城が買えるんじゃねぇかな」


 うひょう……。

 それをご祝儀にポンとくれる伯母様素敵……。


「質の高い魔力を込めてもらえば、魔力の強い相手にもダメージを与えられる代物だ。……これはどれだけ保てる?」


 パパはグリアスに訊ねる。


「鞘に入った状態で一日。最高の切れ味を保てるのは抜き放ってから二分だな」


 短いな。

 これで家一軒なのか……。


「パパの……ナイフはどれだけ保つの?」


 開き直って問いかける。


「鞘ありで五日。抜き放って十分程度」


 性能が高くてもそれくらいなんだ。

 本当に希少なものだとわかる。


「ロッティは僕と同じで、あんまり魔力が強くないからね。護身用にこういうものを持っていた方がいいと思ったんだ。武器を持った相手や大人に関節技は難しいだろう?」


 パパは悪戯っぽく笑う。


「でも、扱いは難しいから使うタイミングは慎重に計らなければならないよ」

「はい」


 私はナイフを腰に佩いた。


「で、本題なんだが……」


 グリアスが切り出す。


「俺の手には余りそうだ。手伝ってくれないか?」




 領主の住む町へ辿り着く。

 グリアスの言う手伝いが具体的にどういう事を指しているのかわからないが、町へ着いていながらパパは領主の館へ赴かなかった。


 同行した文官達も一緒に、町の宿屋へ宿泊させた。


「少し出かけてくる」


 その上でパパはそう言い残して宿から出て行った。

 出て行く時にはローブで身を隠していて、目立たないように行動している事がわかった。


 身を隠したい相手は、やっぱり領主なんだろうか?


 それから二時間ほどが経つ。

 パパはまだ帰っていない。

 町に着いたのが昼ごろというのもあって、まだ外は明るい。


 正直に言うと、退屈で……。


「外に出てみようかな……」


 そんな事を呟いた。

 部屋にいたクローディアの様子をうかがう。

 彼女は椅子に座っている。


「……」


 返事はない。


「大丈夫だと思う?」

「……」


 返事はしないまま、彼女は立ち上がった。


 これは、大丈夫だという事なんだろうか?


「どうなっても守るのが仕事だ」


 その言葉をどう受け取れば良いんだろうか?


 少し考え、私は外へ出る事にした。

 クローディアも一緒である。


 パパとしては部屋でじっとしていてほしいのだろうけれど。

 ほんの少しくらいは許してほしい。


 私もパパと同じようにローブで変装して外に出た。

 誰かに見つからないよう気をつけるし、宿屋から遠く離れるつもりもない。

 本当に少し見て回ったら帰るつもりだった。


 思えば、町に出るというのは初めての経験だった。

 この世界に生まれ変わって何年も経つのに、石造りの建造物が多いこの町並みには外国の情緒を感じてならない。


 その町並みの中をぐるりと、宿屋から離れすぎないよう巡る事にした。

 やはり宿泊施設の近くという事で、旅人を標的とした雑貨店や食事所のような物が目立つ。

 観光地じみていて、日常で消費するような食料品などの店は見当たらない。


 とはいえ、王都から離れた場所というのもあってか数が多いわけでもない。


「そういえば、クローディアさんはパパの事を昔から知っているの?」


 私は前々から気になっていた事を訊ねた。


「昔助けられた」

「どこで?」

「グダンバン共和国だ」


 本当にどこ?

 ゲームでも聞いた事のない名前だ。


 困惑した様子が伝わったのか、クローディアが珍しく自主的に口を開いた。


「この国から遠く離れているわけではないが、接しているわけでもない。そんな場所だ。その国はここと違って、かなり最近まで戦争をしていた」


 クローディアは傭兵だ。

 戦場のある場所で生きていた事に何の不思議もない。

 けれど、そんな場所にどうしてパパがいたのだろう?


「配属された部隊から孤立し、私は一人森の中を彷徨っていた。周りには私を探す敵の足音。隠れた茂みの中で敵の揺らす葉の音を囁かれるような距離で聞いた。夜を徹しての逃走に私は疲弊し、眠れば悪夢に叩き起こされた。休む暇なんてなかった」


 普段喋らないのに、語りだすと結構饒舌だね。


「私は徐々に追い詰められ、逃げ場は確実に無くなっていった。もう助からない。そう思った時だ。ある男に助けられた。男はその戦場で存在を知られながら、しかし名を知られていない存在だった。私はその時に、その男がシアリーズという名だと知った」

「どうしてパパが?」

「シアリーズは元々傭兵だ。同じ戦地、同じ陣営で私達は戦っていた」

「え?」


 パパには只者ではないと思わせる部分がある。

 それでも、魔力が強いわけではない。

 戦場で戦い続けるほど強いとは思えなかった。


「それからずっと私はシアリーズの部隊で世話になった。程なくしてグダンバンの戦いが終結し、部隊は解散。シアリーズは故郷の皇族から依頼を受けたと言ってその地を去り、気付けば皇族と結婚していた」

「何があったの?」

「こっちが聞きたい」


 言うとクローディアは立ち止まる。

 私も足を止めて振り返ると、すっと彼女の手が私の頬に伸ばされた。

 じっと私の顔を見詰める。


「……お前は、まだ幼さの残っていた頃のシアリーズに顔立ちが似ている」


 クローディアはそう言って目元を緩ませた。

 マスク越しでも表情を綻ばせたのが解る。

 彼女が表情を変えた所を初めて見た。


 もしかしてクローディアは、パパの事が好きだったんだろうか?

 そんな事を考えるのは、恋愛脳が過ぎるかな?


 クローディアが私の頬から手を離す。


「行こう」

「はい」


 また歩き出す。

 何を言っていいのか躊躇われて、私達は無言のまま歩き続けた。


「やだ! やだ! 放して!」


 幼い子供の声が聞こえてきた。

 一度クローディアと目を見合わせると、声のした方へ向かった。


 すると女の子が一人、三人の女性に囲まれていた。

 女性達は王城でもよく見た露出の多い鎧を着ていた。

 手には槍を持っている。


 彼女達は、兵士?

 それも国の既製品だと思うから、リシュコールの兵士だ。


「やかましい! 吠えるな!」


 私達が駆けつけた時、兵士の一人が怒鳴って女の子を平手打ちする。


「何してるの!」


 私は思わず叫ぶ。

 その声に気付き、兵士達がこちらに向いた。


「なんだ貴様ら! 私達に歯向かうつもりか?」

「公務なんだろうけどね。それにしてもやり方が目に余るんだよ。乱雑にしなくてもあなた達なら子供一人拘束できるでしょう?」

「こいつは盗みを働いた。犯罪者が優しくしてもらえると思っているのか?」


 その考えはわからないわけじゃないけど……。


「私、そんな事してない!」

「黙れ! 素直に罪を認める盗人はいない」


 盗人……窃盗か。

 こんなに幼い子供が盗みなんてするだろうか?

 いや、私の考えが甘いだけで、命に関われば子供でも盗みを……。


 そう思って彼女のいでたちを見た。

 けれど、彼女の衣服は思ったよりも整っている。

 痩せてはいるけれど、不健康なほど細っているわけではない。


 少なくとも盗みを働かなければ生きていけないほど、追い詰められているようには見えない。


「……何を盗んだんですか?」


 少し不審に思い、そう問いかけた。


「何だと? 何故教える必要がある」

「知りたいからです」

「答える必要はない」

「ものによっては、盗まれた物の代金を補填してもいいのですが……」

「何だと!」


 何故怒る?


「盗まれたものは機密だ。一般人に教えられるものではない」


 ますますよくわからなくなる。

 兵士が口にする機密とは、公務に関わるものだろう。

 子供が盗んだという話がますます怪しくなる。


 ……なんとなく今丁度機密を盗もうとしてそうな人物に心当たりはあるが、その犯人と間違われているなんて事ないだろうな?

 ないと思うけど、もしもを考えると助けておいた方がいい気もする。


「でも……」

「ガキが口を出すんじゃない!」


 それでも言い募ろうとすると、怒りっぽそうな方の兵士が激昂した。


 私の方へ手を伸ばし……。


「がぁ!」


 その手をクローディアに掴まれ、捻り上げられた。


「貴様! 何をする!」

「お前達が触れていい相手じゃない」

「生意気な!」


 二人の兵士が槍を構え、穂先をクローディアへ向けた。

 クローディアが兵士から手を放すと、槍が彼女へ向けて叩きつけられる。半身になって回避、兵士の顔を殴り返した。

 その一撃で打倒できずよろける兵士。

 相次いで突き入れられる槍。回避して反撃するクローディア。

 多人数を相手に的確な対応をするが、鍛えられた兵士を相手に素手を用いるクローディアでは決定打に欠けるようだった。

 そんな中、兵士の一人が笛を吹いた。高い音が鳴り響く。


「どうした!」


 どこからか別の兵士の一団が援軍に到着する。


「逃げろ」


 クローディアが私に促す。


「クローディアさんは?」

「数が多い。少し減らしてから追う」


 何の気負いもなく答えるクローディアに、私は返事を躊躇った。

 その末、女の子の手を取って駆け出した。

 路地へ入り込んで逃げる。


「逃げたぞ! 追え!」


 振り返る事はできなかった。

 けれど、逃げる間際に聞こえた言葉に誰かが応じたと、後ろから聞こえる足音が教えてくる。

 どれだけ逃げても歩幅の広い足音を耳が拾う。


 逃げられないかもしれない。

 どうしよう。

 焦りに苛まれたまま、私は女の子を連れて走り続ける。


 相手を見失わせる目的もあって、極力曲がり角を曲がりながら逃げた。


 そんな時だった。

 角を曲がった先で、私は誰かとぶつかった。


 その相手を見やり、私は驚いて息を呑んだ。

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