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一話 ロッティ・リシュコール

 私が生まれて初めて見たものは巨大な乳である。


 長い間、意識があるのかないのかよくわからない状態をふよふよと漂っていたわけであるが……。


 私はその日、確かにはっきりとした意識を取り戻した。

 見え難かった目が確かに物体を捉え、目に付いたのは見知らぬ天井……。

 そしてそれ以上に目を引く巨大な乳であった。


 これはなんだ!

 その正体に気付いていながらも、そう驚愕した私を責められる者はいまい。

 それだけの奇怪な光景……。


 しかし、押し寄せてくるその肉の球体に対し、私は自然と吸い付いていた。

 体が既にそうする事を当然としているためだった。

 混乱しているのは意識だけである。


 私はちうちうとあてがわれた乳を吸い続けた。

 そうすると少しずつ落ち着いてくる。


 落ち着いた頭で考えると、自分の事を思い出してきた。

 私は日本人で、女性だった。

 ゲームが好きで、休日はもっぱらゲームばかりしていた。


 乳の持ち主と思しき人物の声が聞こえる。

 言葉の意味はわからないが、とても優しい声で聞いていると安心した。


 母乳を飲み終えると、口を拭われて体をさらに持ち上げられる。


 その時、乳によって隠され、判然としなかったその顔が露わとなる。

 その顔に見覚えがあった。


 ゼリア。

 その名が頭の中に浮かぶ。


 彼女は、私がとても好きだったゲームの登場人物だった。


 何故私は、そんな彼女の母乳を吸っていたのだろう。

 そして今、どうして背中をとんとんされてげっぷを促されているのだろう?


 けぷっとげっぷをしながら考える。

 しかし考えた所で形にならない。

 何より抗いがたい眠気が考えの邪魔をする。

 結局私はそれに抗えず眠ってしまった。


 それから私は、起きたり眠ったりを繰り返した。

 起きる時は決まって、オムツを汚しているか、お腹が減っているかである。


 最初は不快感を覚えつつどうしようかと途方にくれていたが、泣けばゼリアがすぐに来てくれる事に気付いてからは恥も外聞もなく泣くようになった。

 驚くほど簡単に泣ける。

 声を張り上げようとすれば、涙までセットで出てくる。


 そして不快感が解消されると、すぐ眠気に負けるのだ。

 しかし人は環境に順応していくものである。

 いや、私の場合は今赤ん坊であるらしいから成長と言った方がいいかもしれない。


 少しずつではあるが眠気にも抗う事ができるようになり、ゼリアの話す言葉も少しずつわかり始めてきた。


「あうあうあ」


 とはいえ、言葉を発しようとしてもまだ言葉にならないが。


「どうした、ロッティ? ママに何か言いたいのか?」


 ママ、か。

 うすうす感じていたけれど、私はゼリアの子供なのか……。


 ……ロッティ?

 ちょっと待って、私はロッティなのか。


 ロッティって、あのゲームで最弱の一面ボスじゃないか。

 しかも、ゼリアの娘の中で唯一命を落とす……。


 私は泣いた。

 自らの人生を悟り、おぎゃーおぎゃーと泣いた。


「おーよしよし、どうしたんだロッティ?」


 困り顔のゼリアに宥められながら、いつの間にか私は泣き疲れて眠っていた。




 覇魔皇帝ゼリア。

 二大列強と名高いリシュコール帝国の皇帝であり、私がプレイしていた戦略シミュレーションゲーム『リシュコール戦記』のラスボスである。


 その胸は作中で一番に大きく、巨乳というよりももはや奇乳であった。


 伝説の聖具と呼ばれる『ゼウス』という鋸状(のこぎりじょう)の刃を持つ巨大なチャクラムを操る。

 ラストステージでは最初、玉座に座って主人公達の戦いを眺めているが、他の雑魚敵を倒すと……。


「皆を倒したか。これで戦いやすくなったな」


 そう言っておもむろに立ち上がって主人公達と対峙する。


 彼女の技で一番特徴的なのは、自分の周囲五マス以外の全てのマスを埋め尽くす攻撃範囲のマップ攻撃『ランペイジゼウス』である。

 彼女にとっては最低威力の技であるが、それでも受ければ大半のキャラが半死半生の状態となる。

 防御力の低いキャラだと、下手をすればそのまま沈む。


 なので、ゼリアが玉座から立ち上がるまでに近づかなければならないわけだが……。

 近づくとさらに威力の高い技で攻撃してくる。

 特に強いのは、周囲一マスのみの射程ながら、一番防御力の高いキャラクターですら一撃で葬る『ギガンティックブラスター』である。

 相手に突撃して胸を押し付け、大爆発を起こさせるという恐るべき技だ。


 そんな彼女には五人の娘がおり、内四名はリシュコール四天王という異名を頂く武将達である。

 ゼリアの娘でありながら四天王ではないという点からわかる通り、ロッティは縁故採用からも外されるほど弱い。


 このゲームは乳の大きさが強さに反映されているのではないかという説があり、ロッティの乳が無い事はその説に少なくない説得力を与える一因となっている。

 もう一つの一因は最強ユニットであるゼリアの乳が作中で一番大きい事だ。


 さて、では主人公は誰なのかという話に触れておこう。

 主人公の名はリュー。

 ターセムという村に住む少女である。


 乳の大きさはこのゲームの世界において一般的。

 しかしこの世界の一般的は、現実的に見て爆乳の部類に入る。


 強い。

 絶対に強い。


 そのリューと戦い、私は命を落とす事になるわけだが……。

 何故私が彼女と戦うのかと言えば、この国が圧政を強いているからである。


 ゲーム時点のリシュコールは二大列強の片割れである隣国と戦争状態にあり、その戦費捻出のために領地の村々へと多大な徴税を強いていた。

 長年に渡ってその状態が続いており、民達は疲弊、憎しみ、諦念、怒り、と様々な念をその心の内へ抱いていた。


 そんな中、ターセム村で事件が起こった。


 なんと、村を任されていた領主の一人が税収を納められぬ村で、「国への奉仕すらできぬ家畜どもに住まわせる場所など無いわ! はっはっは」と言って家屋を燃やすという暴挙に出たのである。


 そしてそのクソ野郎こそがロッティ・リシュコールなのだ。


 ほら嫌な奴だからさっさと倒せ、とプレイヤーに促すかのようなキャラクターである。


 ロッティを倒したリューは村の仲間達と共にリシュコールへ反旗を翻す事を決意。

 同じく、圧政に苦しめられた同志達が彼女の下へ集い、隣国からの支援もあって数々の武将やリシュコール四天王までを倒し、ついには覇魔皇帝ゼリアを打倒するに至る。


 これが『リシュコール戦記』のあらすじだ。


 と、簡単に説明してみると、案外簡単に私の死亡フラグは回避できそうに思える。

 村を燃やさなければいいだけだ。


 そう思えるだろう。

 ところがどっこい。


 結局の所、圧政を強いている状況は変わらないし、隣国と戦争している状況も変わらないのである。


 将来的にターセムの領地を任される私が税率を下げれば、リューの決起は防げるだろう。

 しかし、それでは戦費の捻出に支障が出て、隣国との戦いが厳しくなるかもしれない。


 何より、ターセムの決起がなくなっても他の村々が圧政を受けている事には変わりない。

 リューではない、別の人間が決起人となる可能性が出てくる。


 そして実は戦いに不慣れな民衆の反乱が成功したのは、隣国からの援助があったという部分が大きい。


 隣国はリシュコール国内の叛徒と連携を取る事で戦いを有利に進め、ゲームの結果はそれが功を奏したと言ってもいい。


 まぁ、その隣国は続編で王者不在のリシュコールに攻め入って、主人公達から返り討ちになるのだが。


 少なくとも、戦乱の回避はできない。

 そんな中、戦闘力が皆無に等しい私が生き残る事ができるとは思えない。

 暗い未来しか夢想できない。


 どうしよう。

 どうしよう……。

 と私は、どうにか自分の運命を変えられるよう必死に考え続けた。


 そんなある日の事である。


 珍しく、その日はゼリア以外の来訪者があった。


 扉の開く音がして、私の世話をしてくれるメイドさんの声と聞き慣れない幼い声がやり取りしているのが聞こえてくる。


 未だに言葉はよくわからないが、会話の中で「ゼルダ」という名前が聞こえてきた。


 この名前には聞き覚えがある。

 リシュコール四天王の一人にして、筆頭。

 長女、ゼルダ・リシュコール。


 私の姉である。

 その姉の顔が、ずいっとベッドの上から私を覗く。


 ゼルダは私よりは大きいが、小さな子供である。

 確か、ロッティとは三歳違いだったはず。


 そんな彼女が、じっと私を見詰めていた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] リアリティの感じられる乳児育児描写。愛情(と母乳がw)溢れてる感じのママンがラスボスであると言う意外性。ママショタ虹で人気でそうでつぬ♡w
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