十六話 領地の視察
私は領地の村々を巡って、日々生産量向上のために奔走していた。
まだ情報は足りないが、いくつか野菜の冬の収穫量を見て想定よりも多い組み合わせのパターンがいくつかあった。
そのパターンをリストに記載し、逆に収穫量が少ないパターンもリストに記載しておく。
「おい、暇そうだな」
村長の家で資料作成中に、後ろから声がする。
リューの声だ。
位置的に、外から窓越しに話しかけてきているのだろう。
暇じゃないので無視する。
前の遭難事件から、少しだけ態度が軟化していた。
軟化してから一気に距離を詰めてくるようになった。
仲良くできるのはいいが、今はちょっと迷惑である。
「なんか言えよ」
最終的に、どの作物の順序が一番効率いいか究明できるようになりたい。
「おい」
「……暇じゃない」
構い続けてくるので答える。
「ふーん。何してんだよ」
「仕事」
「どんな仕事?」
「作物が良く育つにはどうすればいいのか考えてる」
「あー、この村じゃあんまり育たないらしいもんな。俺にはどう違うのかわかんねぇけど。で、どうすりゃよく育つようになるんだ?」
答えたらさらに構われた。
無視していればよかった。
「同じ場所でも、毎回別の作物を植えれば育ちやすくなるらしいよ」
「そういえば、ムスミ婆さんの畑が植えるもの変えたらいつもより育ちが良かったって言ってたな」
「それ本当?」
「ウソじゃねぇよ」
「どの野菜からどの野菜に変えたかわかる?」
「え? えーと……」
「ふぅん」
これは有力な情報だ。後で聞きに行こう。
そのお婆さんの植えていた野菜がわかれば、連作障害を回避できる組み合わせの一例ができる。
「ありがとう」
「おう」
私がお礼を言うと、リューはにかっと笑った。
「お前、本当に村のためにいろいろ考えてくれてるんだな」
「これが仕事だからね」
自分の命のためというのが大きいけど。
領地に来て一ヶ月ほどが経った頃、パパが領地に訪れた。
視察見学のため、迎えに来てくれたのである。
領地に迎え入れ、客間で話をする。
「会いたかったよ、ロッティ」
「私もです」
軽く言葉を交わすと、パパはすぐ本題に入った。
「領主として頑張っているようだね。民の負担を極力抑えつつ、収穫量を上げる試みを行っているみたいだね。領主としてはかなり優良だよ」
パパは私を褒めた。
「ありがとうございます。でも、来たばかりなのに、どうしてうちの内情を知っているんですか?」
「これは内緒にしてほしいんだけど、視察する領地の状況をこっそり見てから領主と会うようにしているんだ」
つまり、私に対しても同じ対応をとったという事か。
「領地を取り上げるような結果にならなくてよかったよ」
結果次第ではそういう事もありえたのか……。
パパ、案外厳しいんだな。
でもこんなに厳しいパパなのに、どうしてゲームのロッティはあんな事に?
「ロッティは解っていると思うけれど、優良な領主は収穫量を捻出できる人間というわけじゃない。正直に言って、それだけならどんな無能でもできる。大事なのは無理なく目標の収穫量を維持できる領主だ」
私が疑問に思っていると、パパは言葉を続ける。
「民への負担を抑えるというのもとても大事だ。何故だかわかるかい?」
「……反乱を起こされるかもしれないから?」
ゲームの知識もあったので、すぐに思いついたのはそういう理由だった。
「間違いじゃないね。そういう意味もある。でも、それだけじゃない。収穫に直接関わっているのが民である事、心身の余裕が能率を上げる事、関係性の向上によって協力的になってくれる事。それらを踏まえれば民との関係は良好にしておくべきだ」
善政を敷いて、恒常的に安定した収穫を得る方が良いという事か。
人道的な話だけでなく、統治の方法としてもメリットがある話なんだな。
私としては、反乱で死ななくて済むようになる事が一番大事である。
パパの提示したメリットがそれに付随するなら一石二鳥と思うべきだろうか。
「とはいえ、民を尊び過ぎるのも良くないけれどね。領内の全体的なまとめと舵取りは貴族の役目だ。管理する貴族が倒れれば、領全体の命運を左右する事態にもなりかねない。事内政に関して、貴族は最後に倒れるものだと心得ておくんだ」
「はい」
「だけれど、これが戦いだと話が変わってくる。戦争において死ぬ順番は、兵士、貴族、平民だと心得て」
えーと……。
つまりどうすればいいの?
内政においては自分を民より大事にして、戦争においては自分よりも民を大事にしろって事?
なんか、関白宣言みたいだな。
「階級の特権というものは、多くの人間が幸せに暮らせるよう与えられるものなんだよ。飢えずに暮らせるように、外敵から守ってもらえるように、優れた人間に力を与えた方がいいからなんだ」
「……なんとなくわかる」
私が答えると、パパは笑った。
「具体的な話じゃないから難しいとは思うけどね。一番大事なのは状況を見て柔軟に対応する事だ。一辺倒ではいけない。それだけは肝に銘じておいてほしい」
パパは領城で一泊してから、視察の目的地へ向かった。
私もそれに同行する事になった。
クローディアから酔う事を聞いていたのか、馬車ではなく馬に騎乗しての移動である。
いつもはクローディアの乗る馬に相乗りだが、今回はパパの乗る馬に相乗りする事になった。
私、パパ、クローディアが騎乗で移動し、視察の補佐をする文官数名が馬車で同行している。
最初の目的地は、私の領の隣に位置する領だ。
そこからぐるりと輪を描くように、目的の領を回ってくる予定らしい。
最初の領地に辿り着く。
領境の検問所を通り、しばらく進んだ後ある村に立ち寄る。
そこで一泊する予定のようだ。
いつもの事なのか、村には宿泊施設があった。
私に宛がわれた部屋はクローディアとの相部屋だ。
そこで一息吐いていると、部屋のドアがノックされた。
「ロッティ。入っていい?」
かけられた声はパパのものだ。
どうぞ、と促すとパパが入室する。
パパが話し始める。
「少し迷っていたんだけど、ロッティには僕の視察方法を全部見せる事にしたよ」
パパはそう言った。
その口ぶりからすると、最初は全部見せる気がなかったんだろうか?
「ついてきてほしい」
クローディアを部屋に置いて、連れて行かれたのは一軒の雑貨屋だった。
この規模の村に雑貨屋があるのも珍しいのではないだろうか。
少なくとも、私の領地にある村にはない。
雑貨屋に入ってパパが店員と話をすると、カウンターの中へ通された。
奥へ続くドアを開けて中に入ると、小部屋になっている。
室内では一人の男性が待っていた。
「誰だ?」
男性は私を見てそう訊ねた。
「僕の娘」
「へぇ……いいのか?」
パパに向き直って問いかける。
「もしかしたら、僕の後を任せるかもしれないから」
「後継者は隊の中から選ぶつもりだったんじゃないのか?」
「まだどうなるかわからない。でも、知らせておいてもいいと思ったんだ」
「ずいぶんと買ってるんだな」
男性は、また私の方を見た。
「グリアスだ。よろしくな」
「よろしくお願いします」
グリアスと名乗る男性は、柔和な笑みを浮かべて握手を求めた。
その握手に応じる。
「で、本題だが……」
グリアスが話した内容は、この領についての事だった。
作物の収穫量、領主と民の関係、領主の交友関係等々……。
それらはこの領の包み隠さない実態、と呼べるような情報だった。
領主しか知らないだろう情報がさらっと存在していたのが少し怖い。
「まぁ、運営に関してはたいして問題ない気がするな。ただ、領主の館に分不相応な物があった」
それを知ってるって事は、館の一室に実際入り込んだという事か。
「それは?」
「宝石だ。奥方の宝石箱にごろごろとな。それもそこそこの物じゃない。貴族でも一つ持っていれば上等な奴だ。領主の懐具合を考えれば買えるようなもんじゃない」
「報告を聞くに横領しているわけじゃなさそうだ。なら交友関係に何かあるか……」
「やばいブツの密輸に関わってるとかな」
「それもあるけど、この領地の奥方は奔放な方だったはずだ」
「愛人からの贈り物か? ありがてぇ情報だ。貴族間の関係はこっちから見えにくいからな」
「とりあえず、それらの線で引き続き調査を」
「了解。ま、他はねぇかな。少なくとも、あんたに直接してもらう事はねぇよ」
グリアスが返事をすると、パパはすぐに外へ出た。
私もそれに続く。
「さっきの人は?」
「国内での諜報をお願いしている人だよ。今日会わせたのは、その顔つなぎだね」
結構親しそうだった。
仕事上だけでなく、交友関係のある人間なのかもしれない。
そういえば、あんまりパパの交友関係って知らないな。
ママは意外と友達多いんだけど。
ムキムキムチムチしたママ友と、挨拶代わりに空中腕相撲で遊んでいる所はよく見る。
多分、ゼルダは一番その影響を受けているんだろうな。
「ママは本当に細かい事が苦手だ。しかも国の仕事は殆ど細かい事だ」
「じゃあ、ママは普段どんな仕事してるの?」
それって、できる仕事が殆どないって話にならない?
「僕がチェックした書類に、内容もわからず判子を押す仕事だよ。あとは兵士を鍛えてるか、社交してるか……」
「ママ、交友関係は広いもんね」
「人間的な魅力だけで生きてる所はあるかもしれない。けれど、どれも僕にはできない事だ。だから僕はママにできない事を引き受けているんだ」
私のできる事も、どちらかと言えばパパの担っている部分に重なるんだろうな。
私も交友関係は広くない。
多分、私の姉妹はゼルダ以外コミュニケーション能力が低いと思われる。
そういう意味で、ゼルダは王様に向いているのかもしれない。
「僕はね、家族の事を家族に任せたいと思ったんだよ」
パパはポツリと呟くように言った。
「国家の任務。大義のため。それに誇りを持って働ける人間はいる。でも、僕にはそれを行動原理とする気持ちがわからない。正直に言えば、そんな人間に家族を任せたいと思えない。よくわからないものをよくわからないまま使いたくない」
「だから、家族である私に任せたい?」
パパは頷いた。
「早めに必要な事は教えておいた方がいいからね。……僕はあまり長生きできない気がするし」
不吉な事を言う……。
でも確かに、いつか衰弱死していたりママの寝室で死んでいたりするんじゃないかと思う事はある。
どちらにしろ、パパの干乾びた姿が思い浮かぶ。
「うん。そうなってほしくないから、何かあった時じゃなくても仕事を覚えて手伝うようになるよ」
「ありがとう」
それから村を出て、ある町へ辿り着いた。
小規模ながらも都会的な雰囲気のあるその町に、領主の館はあった。
私の領城は平地にぽつんと一つ建ち、周囲に町などないので雰囲気がかなり違う。
人の行き来が多いかどうかという違いなのかもしれない。
その領主の館で領主と面会したパパは、本当に当たり障りのない仕事上の会話だけをして速やかに館を出た。