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十四話 波乱の発表会 後編

 冷たい手に口をふさがれ、心臓が止まるかと思った。


「私だ。暴れるな」


 耳元で囁かれた声に、私は体の緊張を解く。

 後ろにいたのは、ジークリンデだった。

 私の口から手が放される。


「伯母様」

「子供がいらん気を回すな。すでにあいつの裏切りは把握している」


 そういえば、会場で姿を見ていなかった。


「尾行していたら、姪っ子がそれに付随していてびっくりした」


 そうだったのか。

 じゃあ、私が行った決死の追跡も無意味だったわけだ。

 衛兵の姿がなかったのも、計画の一環だったのかもしれない。


「これからどうするんです? 行っちゃいますよ?」

「城へ戻る。このまま逃がしてしまおう」

「え?」


 その答えに私が驚いた時だった。

 ジークリンデが不意に私を抱きこむ。


「ちっ……逃げるぞ」


 舌打ちの後、私に告げた。

 ジークリンデは私を放し、背中に庇う。

 その時に、彼女の背中に刺さったナイフが見えた。


 ジークリンデは私を守ってその身にナイフを受けてしまったんだ……。


「ロッティ、城まで走れ!」

「伯母様は?」

「安心しろ。無事に城まで帰してやる」


 そうじゃなくて、伯母様はどうするの?


 そう思った瞬間、ジークリンデは私の方へ向いた。

 そして、私の背後を殴りつけた。

 後ろから打撲音とうめき声が聞こえた。


 振り返ると、先ほどの女性二人とは別にもう一人女性がいた。


「もう一人いたか……。囲まれてるな」


 ジークリンデは溜息を吐く。


 敵は三人。

 それに囲まれていた。


「逃がせないなら仕方ないな。少し、本気を出してやるか。私から離れるなよ、ロッティ」


 私には「はい」と返事をする事しかできなかった。

 武装した大人を前に、私も戦うなどと言えなかった。


 もしかしたら死ぬかもしれない。

 その考えが巡り、恐怖が実を蝕んでいた。


 ジークリンデが構えを取る。

 が、その構えを唐突に解いた。


「と思ったが、その必要はなさそうだ。あいつまで連れ出してきたのか。道理で遅いわけだ」


 ジークリンデの独り言に、敵が不審そうな表情を見せる。


「子供に過保護過ぎる気はするがな」


 その言葉と同時に、上空から何かが地面に降り立った。

 雪煙の上がる中、誰かが立ち上がる。


 緩やかに立ち上がるそれは、ママだった。

 その手には、ゼウスが握られている。


「姉貴、礼を言うぞ」

「姪っ子は可愛いからな。お前と違って」


 ママは背中越しに、顔を向けて笑顔を見せる。

 その視界の端に、敵が動いたのを見た。


「あ――」


 私は声を上げようとする。


 が、声を出す前にママはゼウスを地面に突き立てる。

 地面を割る音が響き、敵が動きを止めた。

 攻めようとした機先を制したのだろう。


 そんな中、敵の一人が一歩ママへと踏み出す。


「ゼリア……。戦のない今の世でも、お前の武名だけは全土に轟いている。我が武、どこまで通じるか試してみよう」


 そう言いながら、剣を構えた。

 ママへ迫る。

 その刃が閃き、首元を狙った。


 刃が突き刺さった。

 ……かと思えば、甲高い金属音が鳴り、刃の切っ先が近くの地面へ落ちる。


「通じる以前の問題だったな」


 敵は驚き、一歩退く。

 その一歩を埋めるように前へ踏み出し、ママは無造作に手を振り上げた。


「殺すな!」


 ジークリンデが声を上げる。

 とほぼ同時に、ママの張り手が相手の肩口に炸裂した。


 機械をスクラップにするような複雑な金属音が鳴り響く。


「ぐあああああっ!」


 その金属音の余韻を塗りつぶすような、苦悶の悲鳴が上がる。

 張り手をされた相手の体は奇妙な方向にひしゃげていた。

 左肩が不自然な下がり方をしている。


「おい」

「手加減はした。生きているだろう」


 ジークリンデの言葉に答えるママ。

 次の瞬間、手を上へ突き出した。


 何故そんな行動を取ったのか一瞬わからなかったが、上げられた手が上空から迫る何かを受け止めるのを見て理解する。

 落ちてきたのは別の敵だった。


 隙を衝いて、攻撃を仕掛けようとしたのだろう。

 しかし、ママにはお見通しだった。


 掴まれた相手は、そのまま地面へ叩きつけられる。

 投球フォームを思わせる綺麗な動きだった。

 強烈に投げつけられた相手の体は、地面に当たって高くバウンドした。


「あ、が……」


 空気の漏れるような音が口から出る。

 そうして倒れこんだ相手の胸をママは強く踏みつけた。


「ひっ」


 その様子に悲鳴を上げた残る一人が、背を向けて逃げ出す。

 が、その前方に一つの影が躍り出る。


 パパだった。

 前を遮るパパに、敵は剣を振りかぶろうとしたが……。


 それよりも早く、パパはナイフでその手の内側を斬りつけた。

 腱を切られたのだろう。

 握る力を失って、敵の手から剣が落ちた。


 それだけに留まらず、パパは連続で相手を斬りつけた。

 あまりにも早い手際にどこを斬りつけたのかわからなかったが、斬りつけられたと思しき場所から鮮血が散った。


 相手は、崩れるようにしてその場へ尻餅を付いた。


 そういえば、会場でパパを見なかったな。

 ジークリンデと同じく、人知れず裏切り者を監視していたのかもしれない。


「終わりだ」

「ラウデンは?」


 誰?


「ここに」


 ジークリンデの言葉に答え、パパは木の陰から何かを掴んで地面へ転がした。

 それは、さっきまで私が追いかけていた男性貴族だ。

 その姿を確認して、ジークリンデは小さく息を吐いて体の力を抜いた。


 その様子から、事態が終息したのだろうという事を悟る。


「ロッティ。無事か?」


 ゼリアが私の所まで来て、安否を確認する。


「はい」


 そう答えたけれど、入念にチェックされた。

 そんな折、ジークリンデとパパの会話が聞こえてくる。


「それにしてもお前、まだそのナイフを使っているのか?」

「魔力の保存性が高いものは便利だからね」

「しかも宿っているのは私の魔力だ。斬れないものなんてないぞ」


 と、ジークリンデとパパの会話に割り込み、得意そうにするママ。


「元々、私のナイフじゃないか」

「なら返そう」

「いいよ。祝儀を贈ってなかったからな。くれてやるよ」


 言いながら、ジークリンデは背中に突き刺さっていたナイフを抜いた。


「……姉貴、怪我をしたのか?」

「お前ほど頑丈じゃないんでな」


 ママは私に視線を向け、またジークリンデに戻した。


「ありがとう」

「いいさ」


 そのやり取りを最後に、沈黙が下りる。


「さ、あとは僕に任せて。みんなは戻って欲しい。これで予定は完了だ」


 パパが提案する。


「わかった。後は任せる。行こう、ロッティ」

「はい」


 パパに背を向けて城へ戻ろうとすると、何かの倒れる音と悲鳴が上がった。

 気になって後ろを見ると、パパが仰向けに倒れたラウデンの顔を踏みつけていた。


「情報を引き出さなくちゃならないからな。シアリーズは私より手加減が上手い。殺す事はないだろう」


 驚いている私に、ママはそう告げた。

 私としては、パパの思わぬダーティさに驚いていたんだけど……。


「一仕事した後だ。食事が旨いだろうな。それはそうとゼリア、会場はどうした?」

「シアリーズに呼ばれて飛び出してきた」

「グレイスと双子は?」

「……大丈夫だろうか?」

「さっさと戻ろう」


 後で聞いた話によれば、ママは報せがあってすぐにゼウスの力で文字通り会場から外へ飛び出していったらしい。


 それ以来、ヘルガがグレイス達にちょっかいをかけてくる事はなかった。

 しかし、侍従のサポートがあったとはいえ、無軌道な双子を抑えながら一人で参加者に応対する事になったグレイスは大変だったそうだ。


 あれからヘルガが突っかかってくる事はなく、トラブルも起こらなかった。

 それも幸いして聖具継承者の発表会は緩やかに幕を閉じた。

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