十二話 波乱の発表会 前編
城に帰還して、三カ月が経った。
本当は領地に戻りたかったが、それはパパに止められた。
冬が近づき、雪もちらつき始めていたからだ。
雪が積もれば領地と城の行き来ができなくなるかもしれなかった。
聖具継承者の発表会が近く、それには必ず参加するようパパに言われたからだ。
城へ留まる他になかった。
新しく衣装を仕立てるために時間も必要だった。
お披露目用の衣装を仕立てつつ、城の資料を読み、パパに勉強を教えてもらいながらその三ヶ月を過ごした。
パパとの勉強の最中、休憩を取る事になったのでその間にプライベートな事を進める。
関節技研究のための人形を取り出すと、どういうわけかパパがぎょっとした。
「ロッティ、それは……」
「技の研究をするためのものです」
と、実演しながら説明する。
「私の魔力では、殴っても相手にダメージが通らないんです。でも、関節技は相手の体で相手の体を攻めるものなのでダメージが通るんです」
「なんだ、そういう事か」
パパが緊張を解いた。
何で緊張していたんだろう?
「面白い事を考えるね」
「自分の身に何が起こるかわからないので。咄嗟の護身用に研究しておこうかと」
関節技の研究を始める。
「なるほど。手早く、手数を減らして技をかける必要があるわけだ」
「はい。腕力で振りほどかれるかもしれないので、力を込めても脱出不可能の状態を作る必要があるんです」
「人の体は動く方向が決まっているからね。咄嗟の時に出る反応もだいたい同じだ。だから、その動きを利用して技を完成させられるようになるのがいいかもしれない」
結局、休憩時間が関節技研究会になった。
「見る限り関節を逆に曲げる事でダメージにしようとしているみたいだけれど、捻るという行為も関節にダメージを与えられるよ」
「あ、そうか」
私の人形には関節が決まっているか解りやすいように印がついているけれど、捻るという運動には対応していなかった。
「それから魔力を使わずに相手へダメージを与える方法を研究しているのなら、別の対抗方法を知ってるよ」
「そうなんですか?」
パパは人形で動きを説明する。
その形は、チョークスリーパーだった。
「自分の腕の相手の喉に当たる部分だけに魔力を込めて絞め上げれば、相手に身体強化されていても対抗できるし、必要な魔力も少なくて済む」
「絞め技も有効なんですね」
「相手が首に力を入れる前に腕を食い込ませなければ押し返される事もあるけど、しっかりかかって効かなかった事は今までないかな。締め上げれば、相手の肉体で気道を塞ぐ事になるんだろうね」
なんだか実感のこもった言葉だ。
パパ、相手の首を絞める機会がそんなにあるの?
「気道を閉じて息ができなくなれば、意識そのものが絶たれる。そうなれば無防備な相手にトドメをさせる」
トドメって……。
しかし、何か魔力の少ない人間が戦う手段を知れば知るほど組み技ばかりになっていく。
私がこの世界で生きていくには、プロレスラーになる必要があるようだ。
聖具継承者の発表会。
当日。
その日は、普段なら護衛についてくれているクローディアも別の場所の警備に駆り出されていた。
何せ城は広く、全てをカバーする事は難しい。
要所に人は配置しているが、それでも警備の空白はどうしてもできてしまうようだった。
「珍しくドレスなんだな」
もうすぐお披露目が始まるという時に、ゼルダから声をかけられた。
「そっちも珍しく服を着てるんだね」
「普段から私が裸みたいに言うな!」
……あんまり語弊はないと思う。
しなくてはならない事もないので、私はお披露目が始まるまでゼルダと雑談した。
グレイスと双子達を伴ったママが、会場となるホールへ姿を現す。
ママは玉座に着き、姉妹はその横に置かれた椅子に座った。
グレイスが私に気付いたので、手を振った。
嬉しそうに笑い、手を振り返してくれる。
ママ達が登場した事で、ホールの入り口が開かれた。
扉の前で待っていた参加者が何組か入ってくる。
参加者は到着してすぐにママと姉妹へ挨拶していった。
それから参加者は、概ね料理に手をつける者とすぐに誰かを見つけて談話しにいく者などに別れた。
正式に発表があるまでは時間があった。
テーブルに用意された料理を少しお腹に入れておく。
肉多いな……。
「ロッティ様、ですよね」
声をかけられる。
見ると、私と同じ歳くらいの男の子だった。
立派な正装と固めた髪でおめかししているが、背伸びしている感じがして可愛らしい。
「そうだけど」
「わたくし、ローマン家の長男で――」
気取った仕草で自己紹介してくる。
すると、彼が何か言い募る前に別の男の子が会話に割り込んだ。
その子だけでなく、他にも男の子達が集まってきた。
「アーチ家の――」
「カノート家の――」
「コルトーク家の――」
と口々に自己紹介してくる。
残念ながら、私は聖徳太子ではないのでほとんど覚えられなかった。
しかし、なんかめっちゃ群がってくる。
これはモテ期という事でいいんだろうか?
これからこの国を担う者として、むしろ子供達にこそ面通しは必要なのかもしれないけど。
その割に、ゼルダの方は放置されているが。
とはいえ、まだ子供。
親世代のように会話の間を計る事はできないようだ。
思い思いに、自分の事ばかりを語ってくる。
それに、下心のような物が隠せていない。
あんまり楽しい会話ではないな。
「そうなんだ。えーと、悪いけどちょっと用事があるから……」
それらに笑顔で対応していたけれど、捌き切れなくなったので適当な理由を付けてその場を離れた。
ホールから出ると、ゼルダも追いかけてきてくれた。
「大変だな」
「ゼルダは大変じゃなさそうだね」
「私とロッティなら、ロッティを選ぶだろうな」
「何で?」
「胸が小さいから」
暴言?
「男は胸の小さい女が好きらしいからな」
「そうなの?」
初めて聞いた。
私の前世とはえらく違うんだな。
あの世界では巨乳にあらずんば女にあらずだった。
……おおげさだとは思うけど。
しかし、そういう考えが多少なりともなければこんなイカれた世界観のゲームなど作られないとも思う。
「理由は知らないが、一般的にそうなんだと」
胸が小さい女性は魔力が強くないから、尻に敷かれない。とかいう理由だったりして。
……ありえそう。
「それで、出ては来たけどどこへ行くんだ?」
「理由なく出てきたから特に行き場は無い」
「とりあえず、トイレにでも行くか?」
「もう少し女の子らしい提案がよかったかな」
「同性の友達とは結構トイレで交流するぞ」
軽く笑う。
「散歩でもしようか」
行く当てもなく、二人で庭へ出た。
他愛ない会話をしながら、広い庭を散策する。
そんな時だった。
植え込みの影から、物音がした。
「どうした? やり返してみろ」
威圧的な声が聞こえる。
気になってそちらに向かうと、子供三人が尻餅をついた子供一人を前にしていた。
みんな女の子である。
「……」
尻餅を吐いた女の子は、黙ったまま相手を睨み上げていた。
その女の子の面差しに、私は見覚えがあった。
彼女は、ミラか……。
ミラは、ゲームの主要人物の一人である。
「いつもの減らず口はどうしたよ。怖くて何も言えないのか!」
怒りをぶつけるように、女の子の一人がミラの方を蹴りつけた。
「何してるの?」
私が声をかけると、急に声をかけられて驚いたのか女の子達がこちらを向いた。
最初は驚いた顔をしていたが、相手が私達だと気付くと不機嫌そうな表情になる。
「イジメは見過ごせないんだけど」
「ちょっと小突いただけだ。皇女様方が気にするような事じゃない」
皇女だとわかっていながら、この態度か。
皇族、というよりパパの血筋を軽んじているタイプの貴族だな。
そんな事を思いつつ、私はさりげなくミラと女の子の間に立った。
「どうしてそんな事を?」
「ふん。下賎な人間は、馴れ合わなきゃ生きていけないみたいだな」
問いかけに答えず、女の子はそんな言葉を返す。
ミラの母親は平民。
それも貴族である父親の妾である。
その事を言っているのだろう。
「聞き捨てならない事を言うな」
今まで黙っていたゼルダが口を挟む。
できれば、穏便に事を済ませたいんだけど……。
「本当の事だろう。どれだけ取り繕っても事実は覆せない。下賎な血筋は、どれだけ高貴な血に混じっても下賎の臭いを隠せない」
「血筋以外に取り柄のない人間が言いそうな事だ」
女の子の言葉に、そんな嫌味のこもった言葉を返したのはミラだった。
こんな時にそんな挑発的な事言う?
「その理屈が間違っていないというなら、わざわざこんな場所に呼び出す必要もないはずだ」
私たちを弾除けにして実弾撃ちまくるのやめて!
「うるせぇよ! 味方が増えたからってよく口が回るじゃないか! 皇女を前にすれば、私達が手を出せないと思っているのか?」
「やる気か?」
ゼルダも喧嘩を買おうとしないで。
「まともに戦えるのはゼルダ、あんただけだ」
三人の女の子は、みんなそれなりに胸が大きい。
私の姉妹達に比べると少し小さいけれど。
それでも胸が大きい部類だ。
少なくとも私より強いだろうな。
「一人は皇族どころか貴族にもあるまじき無能」
私の事か。
「もう一人も魔力はあるくせに戦い方を学ばない怠け者だ。あんたは確かに強いけどな。足手まとい二人を抱えて、三人相手に勝てるほど強くない」
「じゃあ、試してみようか」
あ、もうゼルダの中では戦う事決定みたいだ。
これは円く収まらないな……。
ミラは頭がいいキャラだ。
ゲームでは軍師のような立場にいた。
意味もなく挑発したとは思えない。
行動したならば何かしら意味があり、自分にとって利点があるという事だ。
とはいえ、さっきから黙り続けている。
何を考えているんだろうか……。
何も言わなくなったなら、もう彼女にとっての目的は果たしていると見て良い。
その目的がこの場の打開策であってほしいが、戦いを止める気配はない。
……皇族と顔を繋ぐのが目的だな。
現状、敵味方に分かれる勢力があり、彼女は今間違いなくこちら側だ。
同じ目的を共有する間柄になれば、良い印象を残しやすいものだ。
上手く巻き込まれたな。
それが目的だから、勝ち負けなんてどうでもいい。
私達は偶然通りかかったから、咄嗟に思いついた悪知恵だろう。
普通なら考えすぎに思えるけど、ミラはそういう事する……。
戦いが避けられないなら、実害を減らしたい所だ。
……私の口車で、相手を乗せられるかなぁ?
「待った。みんなで喧嘩しても騒ぎが大きくなるだけだよ。それは困るでしょ?」
「どう困るっていうんだ? ただでさえ、ゼリア様の子は貴族に良く思われていないんだ。まして、聖具にも選ばれなかったできそこないが傷ついた所で問題などない」
「……母上は怒るだろうね」
ちょっとママと言いそうになるのを堪え、そう答える。
「だからどうした。できそこないのために私を罰したとなれば、私の派閥を敵に回す事となる。多数の貴族を敵に回して、国の運営はできない。怒ったとしても横暴な事はできないだろう」
本来ならそうだろうけど、見通しが甘い。
家族を傷つけられたママがそんな物を気にするはずがないのだ。
そしてパパが全面的に割を食う。
「まぁ、そう言わずに聞いてよ。代表者が一対一で戦うんだ。それなら、そこまで大事にはならない。もしバレても、模擬戦をしていたと誤魔化す事もできる」
「無意味な提案だな」
「まぁ、君達じゃゼルダ相手に一対一で勝てないもんね」
自分でそういう事を言っていたのに、女の子達は私から改めて指摘され不機嫌そうな顔をする。
「じゃあ、私が相手ならどう?」
おい、とゼルダが声をかけるが、それを手で制する。
「こっちとしてはこの決闘で手打ちにしたいんだよ。みんな痛い目に合う必要はない」
「話に乗る必要はないな。こっちは全員相手にしてもいい」
「ん? 一対一じゃ私に負けるかもしれないと思ってる?」
私に言われて、女の子の口元がひくついた。
よっぽど腹が立ったようだ。
沸点は低そうだ。
このままプライドを刺激してみよう。
「その自信もないなら仕方ないけれどね」
「……いいぞ。その魂胆に乗ってやる。挑発の落とし前はその身を以って味わってもらうけどな」
どうにか、上手くいったようだ。
これで被害は最小限。
失敗しても、私が痛い目に合うだけだ。
それはよかったけれど……。
さて、ここからどうなるか。
「大丈夫なのか、ロッティ」
ゼルダが心配そうに声をかける。
「わからないけど……。手は出しちゃダメだよ」
「んー……」
それ返事じゃないだろ?
「約束してね?」
ここでゼルダが乱入しては、私の交渉が無意味になる。
「してね?」
「わかった」
重ねて言い、約束させる。
「さ、始めようか」
相手の代表がにやりと笑顔を向けた。
決闘が始まる。