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九十八話 決戦の支度

 ルディオ領城。

 深夜。

 見張りの人間を残し、他はすでに寝静まっている頃。


 中庭の井戸を使う人間がいた。

 頭から水をかぶり、豪快な水音が夜に響く。


「こんな時間に水浴びか」


 私が声をかけると、驚いた様子もなく彼女は振り返った。


「皆を驚かせてしまいますからね」


 月明かりに照らされた彼女の裸身には、おびただしい量の傷がある。

 それも軽いものでなく、古傷でもない。

 血の通う、生々しい肉の色を見せるものばかり。


 その殆どは――いや、全てが銃撃によるものである。

 シロとの戦いで負った傷だけが、その身体には残っていた。


「時間が経てば、全て治ります」

「だが、面頬イザナギのように、再生(治り)が早いわけではないのだろう?」

「ええ。私は、死なないだけですからね」


 小さく、彼女は笑う。


 彼女は死なずとも、傷は普通の人間と同じく時間をかけて癒えるものなのだ。


「あれから、どれだけ時間が経ったでしょう。かつての聖具使い達と共に、邪神を封印したあの日から……」


 それは古の出来事。

 伝承にのみ、現在に存在する話。

 彼女が勇士と呼ばれていた頃の事だ。


「皆が死に、私だけが残され、どれだけ……」


 感傷的な様子で、湿っぽく彼女は語る。


「その状態で、ゼリアと戦えるか?」


 問いかける。


「もちろん」

「勝てるか?」

「うーん」


 重ねて問うと、リアはなんともいえない絶妙な表情になった。


「君よりも軽症のスノウが寝込んでいる。ずいぶんと、無理をしているようだな」

「勘違いさせてしまったようですが、私にとって怪我をした状態であろうとあまり状況は変わりません。ゼリア様は強い。恐らく、今までの聖具継承者の中でも最強です」


 まともに戦っても、勝てはしない。

 そう言いたいのだろう。


「断言するじゃないか」

「実際に、私は見てきました。聖具の封印を見守り、解かれれば使い手を探した。見つければ、その生き様を眺めてきたのです」


 聖具の封印場所は、リシュコールの王族だけが入れる場所だ。

 しかし、彼女の聖具で入れない場所はない。


「反乱軍の聖具使い達を結集すれば、どうだ?」

「やってみなければわかりません。可能性はあるでしょう。皆、強くなっておりますから」


 可能性、か。


「そう言わずに勝ってほしいな」

「もちろん、尽力致しますとも」


 自信満々に言うが、それでも必ず勝つとは断言しないんだな。

 彼女の感覚的にも、勝率は低いのだろう。


 とはいえ、もはや退く事はできない。

 何度も挑めるわけでなし。

 勝負できるのは一度だけ。


 もし勝てなかったら……。

 不安は残るが、そのまま次へ進まなければならない。

 そうなった時のために、今からいろいろと考えておかないといけないな。


「そういえば、鎧はいつもどうしているんだ? 別に再生するわけじゃないんだろ?」


 シロによって穴だらけにされたはずだが、今は新品同様の鎧が井戸の傍らに置かれていた。

 いつも着ているものと同じ鎧だ。


「簡単です。同じものをたくさん持っているんです」


 どこのジョブスだ。




 ミラにあてがわれた一室に向かうと、彼女は何やら難しい表情を作っていた。


「何かあった?」

「部隊内で暴行事件がありました」

「血の気の多い人間が多いからねぇ」

「元々、人気のあった子だったのですが。同僚からの告白をやり過ごしている内に、彼女へ好意を持っていた複数人が結託して事に及んだようです」


 え、そういう方向性?

 思ってたのと違う……。


「ケイの介入があって、未遂で済んだそうです」

「それはよかった。心のケアに務めてあげてほしい」

「わかりました。それから、部隊全体で下着の紛失が相次いでいるようです」

「ふぅん」


 それはよくある事だ。

 城にいる頃から私の下着もよくなくなったし、今も定期的にどこへいったのかわからなくなる。


 名前を書いているわけではないし、デザインも凝ったものではない。

 多くの人間が共同生活する環境だと、見分けがつかなくてそうなるのだろう。


 一度目印をつけておいた事もあるが、グレイスがうっかり履いてしまっていた。

 私以外にわからない程度の些細な目印だったので、それも仕方がないだろう。


 まぁ、そんなに気にする事じゃない。


「グリアスに注文しておいて」

「済ませております。それから――」

「訊いておいて悪いけど、やっぱりそういう話は後でしてもいい? 王都攻略について話しておきたいんだ」


 リシュコールにおいて、王都の攻略が一番大きな戦いになるだろう。

 段取りについて話しておきたかった。


 わかりました、とミラは応じる。


「先日のルディオ領における布陣が、リシュコールの最終防衛線だと思われます」

「つまり、今後はこれといった抵抗もなく王都まで行けるという事でいいね?」


 私の問いにミラは頷いた。


 同じ認識を私も持っていた。

 いくつかの領が行く手を阻んでいるが、もはや反乱軍に抗する事のできる戦力はないだろう。


「できればこのまま、(あるじ)不在の王都を占領……と行きたかったんですけれどね」

「帰ってきてるだろ? マ……陛下」

「ええ。グリアス様経由で情報が来ました。それから、最近は自然とママ呼びしている事がありますよ」


 マジで?

 意識してなかった。


 それはそれとして。


「陛下がいるなら、戦うしかないわけだ」


 不本意ながら、とミラはため息を吐いた。


「そこで提案なんだが、部隊を二つに分けたい」

「どのように?」

「聖具使いとそれ以外」

「ゼリア様に聖具使いを当て、他の手勢で将兵と分断するつもりですか?」


 私は頷いた。


 実際、王都の守りがどのような布陣になっているかわからないが、ゼリアに挑むならば聖具使いを万全の状態で温存したい。


 ゲームにおいてゼリアは玉座の間で待っていたわけだが、実際はどうなるかわからない。

 陣頭指揮を執って城の外へ出る事も考えられる。


 攻略における作戦は王都に辿り着いてみないと判断できないが、露払いと本命という区分だけでも明確にしておいていいだろう。


「聖具使いの指揮は君にお願いする。もう一つは僕が執る」

「大丈夫ですか?」

「自信はないかなぁ。スノウが居てくれればまだよかったんだが……」


 スノウは怪我で再起不能だ。

 戦える将はヨシカだけである。

 彼女の実力に不満はないが、頭数の点で少し不安はある。


 それでも、どうにかするしかない。




 夕刻頃。

 強い橙色の光が斜に射し込む中、中庭でリューの姿を見かけた。


 戦斧(オーディン)の柄を抱え込むようにして、片膝を立てて座っている。


「どうしたの?」


 気になったので声をかける。


「ロッティか」


 私の方を見やり、名を呼ぶ。


「あの戦いの事、ずっと考えていた」

「あの戦い、とは?」

「あの白い奴だよ」


 シロの事か。


「仲間が、あの戦いでたくさん死んだ」


 低いトーンで、彼女は言った。

 それが、彼女の心に影を落としているのか。


「今までも、仲間が死ぬ事はあった。でもさ、甘い考えだったのかもしれないけどさ、それは特別な事だったんだ。あんなに、あっさりと当然のように、死ぬとは思わなかった」


 確かに、甘い考えだ。

 今まで、あれだけの仲間が一度に死ぬ戦いもなかった。

 ほぼ全滅に近い。


「そういう事があってもさ、俺が頑張ればなんとかなると思ってたんだ。誰も死ななくてすむってさ」


 実際、彼女の実力がその被害を抑えていた部分はあるだろう。

 だが、今回は相手が悪かった。

 シロ(あれ)は脅威だ。


 当然と言えば当然だが、本来の戦いは命を消耗するものだ。


「でもそうじゃなかった。あの時も、俺が先頭で戦えばどうにかなる。頑張ればなんとかなるって思ってた。俺が、あの(とき)後先(あとさき)考えずに飛び出さなければさ、もっと違った結果になってたのかな?」


 その時の事は、スノウから聞いている。


「リューの判断は間違いじゃなかった。あの時、みんなで助かる道は敵に挑んだ先にしかなかったんだから。ただ、その道が険しすぎただけだ。だからさ、慰めてやってくれるかい?」


 彼女はそう、私に頼んだ。


「あの時、リューの取った判断は正しかった。スノウはそう言っていた。なら、あの時の行動は最善だったんだよ」

「……スノウは、俺に優しい。だから、気遣っているんじゃないかな?」


 疑心暗鬼にまでなっているのか。

 よっぽど、責任を感じているんだな。


 どう言ったものか……。


「じゃあ、ミラに訊いてみるのもいいかもしれない」

「ミラに?」

「戦術、戦略、そういう話はミラが一番詳しい。それに、ミラならリューに気遣って方便を使う事もないでしょ」

「そうかも」


 リューは小さく笑った。

 少しは慰められたかな?


「満足いくまで訊けばいいよ。リューが悩んでいるのは、あの時の判断が正しかったかどうかなんだから。戦略や戦術を知れば、それが正しかったって心から理解できるかもしれない」

「そっか……。そうだな。俺が今悩んでいるのは、俺が知らないからだもんな」


 リューは立ち上がった。


「早速訊いてみるよ。ありがとう」


 弱弱しさは残っていた。

 しかし、それでもしっかりとその表情は笑顔を作っていた。

今回の更新はここまでになります。

次回は月末になります。

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