十話 聖具継承
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ありがとうございます。
久しぶりの団欒は楽しくて、仕事があるからとパパは中座したが、姉妹だけの団欒は気付けば日が暮れるまで続いた。
「そろそろお開きにしようか。私もやっておかなくちゃならない事があるし」
「そうだな」
私の提案で解散となった。
「お姉様。もっとご一緒したかったです」
部屋を出ようとした時、グレイスからそう言われた。
「これからもこういう機会はあるよ」
「はい」
意識的に、こういう時間を作るようにした方がいいのかもしれないな。
さて、これからやる事を整理しておこうか。
大目的は私の死亡ルート回避。
その手段として私が今注力しているのは、領地における農業改革。
これは村を富ませて主人公チームが反乱を起こす理由を消すためである。
城にはいろいろな資料が揃っているし、パパにも話を聞けるから具体的な案を詰めていきたい。
あとは、関節技の研究……。
「うっせぇぞ、裏切り者」
思案の途中、そんな声が聞こえた。
咄嗟に、観賞用の壷が置かれた台に身を隠す。
覗き見ると、パパとジークリンデが向き合っていた。
二人とも、こちらには気付かなかったようだ。
「裏切ったつもりはない」
「本当かぁ? 本当にそうかぁ?」
ジークリンデは心底疑わしそうに聞き返す。
「少なくとも、今のお前を見ていると危なっかしくて話をもちかけようとは思えないな」
「判断はそちらに任せる」
答えるパパはどこか突き放すようで、硬質的でもあった。
「始めから、お前に決定権はない。お前は切り捨てだ」
「……」
「戸惑ってるんじゃないよ」
「戸惑っている? 僕が?」
「お前、もう自分で答えを出しちまってるんだろ? だから、そんな顔をするんだ。安心しろ。お前はいい夫だし、いい父親だよ。何も戸惑う事はない」
何の話なんだろう?
そう思いながら、体を少し乗り出す。
台座が傾き、壷が落ちた。
まずいと思い、咄嗟に飛び出す。
倒れこむ形で、壷を受け止めた。
顔を上げ、二人の方を見る。
二人とも、こちらに視線を向けていた。
「ロッティ。今の話を聞いていたのか?」
ジークリンデが問いかけ、私は頷いた。
すると、彼女は自分の頭をくしゃくしゃと掻いて溜息を吐いた。
「実は、元々こいつは私の男だったんだよ」
「えっ?」
「なのに、お前らの母親に乗り換えたんだ。だから、裏切り者なんだよ」
ジークリンデはそう教えてくれる。
真偽を確かめようとパパを見るが、パパは難しい顔をしていた。
何を考えているか、その表情からは読み取れない。
「明日は継承の儀だ。早めに休んどけよ」
「はい。伯母様」
言い置いて去っていくジークリンデを見送り、返事をする。
「自室に戻る?」
パパが問いかけてくる。
「はい」
「送っていくよ」
「ありがとう」
パパに送られて、部屋に戻った。
さっきの話を詳しく聞こうかとも思ったけれど、口に出す事もできないまま部屋に着いてしまった。
継承の儀式という物は、本当に簡単なもののようだった。
事前に説明された事は……。
「聖具の保管庫に入ったら、聖具のある所までいく。あとは帰って来い。それで終わりだ」
というものだった。
「どうすればいいんだろう……」
あまりにも簡素な説明に、グレイスは不安そうな声を出す。
私も同じ気持ちだった。
「行って帰ってくるだけなんだから簡単だろう」
ゼルダはあまり心配していないようで、あっけらかんと言ってのける。
「何も考えてなさそうな人は羨ましいね」
グレイスは毒を吐いた。
気持ちはわかるけど、できればグレイスには私の可愛い妹のままでいてほしいな。
「「喋っているより、動いた方が楽しいわ。今は特にね」」
言いながら、双子が両開きの扉の取っ手に手をかけた。
開かれた扉は、聖具の保管庫である。
「二人は緊張しないの?」
「「これから、新しいおもちゃが手に入るのよ。緊張なんてしないわ。グレイスお姉様」」
答えて、双子は先陣を切った。
確実に聖具から選ばれるわけじゃないんだけどな。
そう思いながら、私もそれに続いた。
扉の先に広がるのは、岩肌のむき出した通路。
通路というのは、洞穴と言う方が正しい道が続いていた。
人の手が入っている場所だとわかるのは、明かりが並んでいる所だけである。
この明かりはランタンの形をしており、中には水晶が入っていた。
水晶は魔力に反応して光る性質があり、人から漏れ出る魔力を燃料に発光するものだ。
双子に続いてゼルダが歩み出し、私とグレイスもその後に続いた。
本来、継承の儀は一定の年齢になった王家の子供が行うものだ。
けれど、ゼリアがそれを渋っていたので今回全員一気に行う事となった。
「「わっ! わっ! わっ! 声が響くわ! おもしろーい」」
キャハハと笑いながら、軽やかな足取りで双子が進む。
「足元を見ないと躓くぞ」
そんな二人に注意を促しながら、ゼルダが続く。
この中に足元見える奴いる?
いねぇよな?
私には遮蔽物がないから見えるけどな!
洞穴を進んだ果て、開けた場所に出る。
その中央には台座があり、その上には聖具と思わしきものが安置されていた。
「なぁ、四つしかない気がするんだが?」
ゼルダが誰にともなく問いかける。
確かに、台座の上に置かれているのは四つの聖具だけだった。
本来ならば、十二個全ての聖具がここにはあるはずだ。
「聖具は自らを扱う人間を見つけた時に、その人間のそばへ移動する」
私はそう答えた。
「そうなのか?」
確かな事実だけど……。
これってパパに教わったんだっけ?
ゲーム知識だったっけ?
「で、どうすればいいんだ?」
「こうなるだろうから、グレイスは不安がっていたんだけどね」
「そうだったのか……」
ゼルダがそう言って黙り込む。
しかし本当にどうしよう。
これを持ち帰ればいいのだろうか?
そう思いながら、私は後ろにいた妹達を見た。
そういえば、先を行っていた双子がいつの間にか後ろにいる。
いつもなら、真っ先に台座へ駆け寄りそうなのに……。
グレイスも同じ場所にいた。
入り口の近くから、一歩も動いていなかった。
「そうだよ。それが、グレイスの願い……。一番、望んでる事!」
不意に、グレイスはそう声を上げた。
不思議に思ってグレイスを見ていると、次は双子が声を上げる。
「「面白い! 面白いわ! あなた達が一緒ならいつも楽しそうね!」」
この二人が何もない所に向かって叫んでいると、いつも以上にイカれているように見える。
ちょっと失礼な事を考えていると、私の横を通り過ぎて何かが二人に飛来した。
その何かは、妹達の前でピタリと止まる。
空中に静止したそれは、さっきまで台座に置かれていた聖具だった。
「うん。よろしくね。インドラ」
目の前に浮かぶ鎧に、グレイスはそう声をかける。
その瞬間、パーツごとに一度分解された鎧がグレイスの体に纏われた。
「「ええ、よろしく」」
「ハーデス」
「イザナミ」
カルヴィナとスーリアが、それぞれ同じ形をした二対の大鎌に声をかける。
それと同時に、くるくると回転しながら二人に向かって鎌が飛ぶ。
一歩間違えば大怪我しそうな速度で飛来する鎌の柄を、二人は難なく受け止めた。
「えーと、多分これで儀式は終わりかな」
私は自信なさげに言った。
「あの場所に足を踏み入れた時、声が聞こえたんだ。インドラが、グレイスに声をかけてきたんだ」
保管庫からの帰途で、グレイスは教えてくれた。
「私と君の願いは同じだ。だから、君と共にあるって……」
「グレイスの願いって?」
「えっと……大事な人を守りたい……」
グレイスは恥ずかしそうに答えた。
「「こうも言っていたわ。「俺達は自分に似た奴を選ぶ。でも、これからはお前達の心に合わせてやる」ってね」」
「どういう意味だ?」
「「これからは、私達色に染まるって事じゃないかしら?」」
ゼルダの問いに、双子は答えた。
結果として三つの聖具が持ち主を選び、兜の聖具アマテラスだけが台座に残ったままとなった。
でも、これは予想できた事だ。
ゲームの通りなら、今この国には聖具に選ばれた者が全員揃っているのだから。
それぞれの聖具は、その持ち主の下へ行ってしまったのだろう。
「聖具は意思を持っているんだな」
「そうみたいだね」
ゼルダの言葉に答える。
でも、私はそれを知っていた。
聖具に選ばれるイベントは、ゲームで見ていたから。
「私は選ばれなかったんだな」
小さな声で、ゼルダは呟いた。
「私も選ばれなかったよ」
ゼルダは驚いた様子で私を見た。
「……そう、だな」
保管庫から戻ると、ゼリアが待っていた。
「あれ? 母上、お仕事は?」
「終わらせてきた。だからママと呼べ」
今はプライベートですか。
「そんな事より、ゼルダとロッティは聖具に選ばれなかったのか?」
私とゼルダはそれぞれ返事をする。
すると、ママの表情が曇った。
ママは基本的に顔を曇らせるような事はない。
けれど本当に時折、こうして強い感情を表情に乗せる事があった。
パパが言っていた、聖具継承に関する嫌な事に関係しているのかもしれない。
「そうか……。グレイス、カルヴィナ、スーリア。三人は選ばれたようだな。おめでとう」
おいで、と手招きして三人を抱きしめる。
「これからも、姉妹で仲良くするんだぞ」
その日の夜。
私はパパに書斎へ呼び出された。
「あまり落ち込んでないようだね」
「多分、選ばれないと思っていたので」
「そう」
パパは黙り込む。
その表情からは何を考えているかわからない。
「それから、保管庫には殆ど聖具がなかったらしいね」
「はい。兜だけが残っていました。多分、他は使い手の所に行ったのだと思います」
「使い手がいると聖具はそこに向かうの?」
「そういうものなんじゃないんですか?」
「初めて聞いたけど」
パパから聞いたのではなく、ゲーム知識だったようだ。
この口ぶりだと、一般的に知られている事ではないようだ。
ちなみに、イザナギの使い手に関してはかなり近い所にいるがパパは気付いていないようだ。
報告しておくべきか少し悩む。
「そういえば、使い手が亡くなると聖具は保管庫へ戻ってくると聞いたな。なら、使い手が見つかればそちらに自力で移動するという事も考えられるか」
その辺りはあまり、情報がないようだ。
保管庫に入れるのは王族だけだ。
そもそも聖具に選ばれる人間がいる事が稀なのである。
全ての聖具に使い手が選ばれる事態が異例と言えた。
「ありがとう。今日はゆっくり休んで」
「はい」
部屋から出て行く時、「邪神、か」というパパの呟きが聞こえた。
部屋を出て自室に戻る途中、私は廊下の途中でゼルダを見かけた。
何か物思いにふける様子で、窓の外を見ている。
そんな彼女を月明かりが照らす。
「ゼルダ?」
格子の影を貼り付けた彼女の顔が、こちらを向く。
「ロッティか」
「どうしたの?」
失礼な話だが、ゼルダはあまり頭を使う方ではない。
それが、こんな所で外を眺めるなんていう感傷的な部分があると思っていなかった。
「ロッティは、こんな時でも他人を気遣えるんだな」
そんな言葉を返される。
こんな時、か。
「継承の儀で選ばれなかった事を言ってる?」
ゼルダは視線の先を窓の外へ求めた。
「聖具に選ばれなかった事も確かに辛かった。でも、それ以上に、姉妹を妬ましく思ってしまっていた自分が浅ましく思えたんだ」
こちらを見ないまま、ゼルダは答える。
「聖具に選ばれなかったのは同じなのに……。ロッティはそれでも人を思い遣れる。私にはそれができなかった」
「人には得意不得意があるよ」
選ばれないと想像していた、とパパには言った。
でも本当は違う。
始めから、私は自分が選ばれない事を知っていたというのが正しい。
まず、期待からしてなかった。
選ばれるかもしれないという気持ちから、選ばれなかった事への落胆がなかったのだ。
だから、ゼルダと私ではそもそもの心構えが違った。
「ロッティは、いつも私の先を行っているな」
「どうしてそう思うの?」
「私はロッティの姉なのに、まだ領地を持っていない」
「それは、私にできる事がそれだけだったからだよ。ゼルダは格闘術が得意だけど、私は戦う事ができないから」
「でも、ロッティにどんな才能があっても、ロッティは人の事を思い遣れると思う」
ゼルダが一番気にしているのは、そういう精神面の話らしかった。
「昔、私は自分の未熟さでロッティを傷つけた。ロッティだけじゃない。グレイスの心も傷つけた。そんな自分が嫌になる」
ああ、そうなんだ。
あの時、思う所があったのはグレイスだけじゃなかった。
あの事件は、ゼルダの心にも強く残っているんだ。
そんな彼女の名を呼び、言葉を続ける。
「人の心は始めから人の心の形をしていないと思う。少しずついろんな事を経験して、痛みに打たれて、人の思いやりに研磨されて、それで形が出来上がっていくんだと思う」
人を傷つけてしまうのは、何が人を傷つけるか知らないからだ。
そのまま知らないままでいる人間だっている。
だったらそれを知ろうとして、直そうとしている人はそれだけで人を思い遣る素質があると思う。
「私がゼルダの先に行っていると言うけれど、先に行っているだけなんだよ。私は少し、早歩きをしているだけ。いずれ、一緒に並んで歩ける時が来ると思うんだ」
私の言葉に、ゼルダは答えなかった。
ただ、視線だけをこちらへ向ける。
「ロッティ」
少しして、名前を呼ばれた。
「私も隣を歩きたい。必ず、追いつくからな。ありがとう」
笑顔を作り、ゼルダはその場を去っていった。
今回の更新はこれでおしまいです。
次は一月の末に更新させていただきます。
よいお年を