八十三話 和解
気を失ったマコトをヨシカが背負い、隠れて待機していたクローディアとも合流して領主の館へと戻る。
館では宴の準備が進められていた。
マコトを寝かせにヨシカが適当なベッドを探しに行き、私は準備の手伝いに厨房へ向かった。
準備が終わって宴が始まる。
料理を一つ二つ摘む頃に、ヨシカが戻ってきて私の隣に座った。
「マコトは強くなりました。けれど、まだ足りないようです」
おもむろに、ヨシカは語りかけてくる。
「十分だよ」
「戦いの最中、剣を手放したこと……。あれは正しい判断でした。放さなければ、そこで終わっていた。しかし、明確な勝ち筋を失う選択でもありました。無手での戦いでは、実力に雲泥の差があるのですから」
まぁ、組み付いてしまえばどうにかする自信はあった。
「あなたは俺にとっての理想的な完成形ですね」
「どういう事かな?」
「あなたは、ずっと考えを巡らせながら戦っているでしょう? それでも身体は戦いに対して適切な対応を取るようになっている。言わばそれは、意識と身体の独立」
「それが完成形」
何を完成させようとしているか。
彼女が言うなら、それはマコトの事だろう。
「何も考えない子になっているようだけど?」
「あくまでも、今はそういう段階なのです。考えずに動く事を慣れさせている。その上で適切な選択を取れるようにしている。いずれは、完全に意識せず戦えるようになるでしょう」
そして、意識せずに戦えるようになれば、意識を考えに集中させられる、か。
彼女の言葉を信じるなら私はそれができているようだけれど、そういう訓練はした事がないな。
宴の席は酒の量が増え、徐々に騒がしくなっていく。
「うおおっ! 一気行くぞ!」
テーブルに乗ったリューが梅酒で満たされたジョッキを手に、叫びを上げるとそれ以上の歓声が上がる。
みんなできあがっていた。
梅酒の生産を始めているとはいえ、まだ量を確保していないからガブガブ呑んでほしくないんだけどな。
それはそうと、このままここにいると大変そうだ。
宴席はこれからさらに荒れていく。
きっと蛮族の宴じみていく事だろう。
逃げるように、宴の席を後にした。
人の声から遠ざかるように館の外を歩き、喧騒が気にならない辺りで壁に寄りかかった。
仮面を外す。
少しアルコールを入れたからか、頬が温い。
風が撫でる冷たさでそれを実感する。
「ロッティ」
呼ぶ声に視線だけを向ける。
マコトの姿がそこにあった。
「もう動けるんだね」
「あんた、手加減しただろ」
後遺症が残らないように気をつけはした。
「そんな余裕があるように見える?」
何も答えず、マコトは近づいてくる。
「話を聞きにきた」
あとで聞く。
あとで考える。
その言葉を実現しに来たようだった。
「まず、何から話そうか?」
時折挟まれる質問に答えつつ、マコトが聞きたいであろう事を伝えていく。
私の目的は伝えなかったが、最終的にバルドザードを倒したいという意図を語った。
「……親父さんの仇だもんな」
理解を示し、呟くマコト。
私はそれに曖昧な笑みを返した。
「回りくどくて大層だ」
「大きな相手だ。それを相手にするためにも、手順は必要だ。単身ではどうあっても敵いっこないんだから」
だが、殆ど条件はクリアしていると見ていい。
足りないとすれば、リシュコール側の意欲だけだ。
だから、リシュコールが反乱軍と戦いたくなるように最後の一押しをする必要がある。
反乱軍の実力はまだ、十分に足りていないんだろうから。
本気のゼリアと戦い、打ち勝たなくてはゲームと同じ実力に達する事はできないのだ。
「……母さんはどうなったんだ?」
躊躇いがちに問われる。
安否を知る事に恐れがあったのかもしれない。
「この部隊にいるでしょうよ」
困惑した表情でこちらを見返してくる。
「ホウコウはヨシカだよ」
「ふぁー?」
マコトは変な声を上げる。
本当に気付いていなかったようだ。
「あとククリちゃんも責任もって預かってるから」
孤児院の経営を引き継いだリオー領主が。
マコトはうな垂れた。
「話を聞いただけでいろいろと疲れたけど……。俺の大事なものが全部無事だってわかって……安心した」
クラド攻略から保っていた硬質さが抜け、軟化した姿は私が良く知る普段のマコトだった。
私も、そこで身体から力が抜ける感覚に気付く。
知らず知らずの内に、緊張していたんだろう。
「許してくれる?」
「……許さない」
「どうしたら許してくれる?」
「……ゆっくり考える。答えを出すのは、目の前の事を片付けてからだ」
「わかった」
それでいいさ。
少しばかりだけど、気分も軽くなる。
「よぉよぉ、見せ付けてくれんじゃんよ」
そんな私達の所に、酔っ払ったリュー達が絡んでくる。
「そんな真面目ちゃんより、こっちと一緒に楽しい事しようぜ」
脈絡なく、話のかみ合わない事を言い出した。
「何言ってるんだ? リュー」
マコトも困惑した様子で聞き返す。
「私はボインちゃんが大好きだが、小さいのも最近はいいと思ってるんだ」
「それ、胸なら何でもいいって事じゃないッスか?」
ジーナとケイの顔も火照っているように見える。
いや、火照っているを通り越して赤いぞ。
相当呑んだのだろう。
「本当に何言ってんだあんたら」
「へっ、どいてな。これはお前にはまだ早い話だからな。シャ……もうロッティでいいか。えーと、ロッティは俺達とこれからいい事するんだからよ」
決定事項みたいに話すんじゃないよ。
どういうつもりか知らないが、このまま引き渡されるのは危険な気がする。
言動も何か危ない。
しかし、大丈夫だろう。
何せ、こちらにはマコトがいる。
どこからか飛来した大剣が地面に突き刺さり、マコトはその柄に手をかけた。
「どういうつもりか知らないが、今のあんたらに引き渡すわけにはいかないな」
「ああん? 俺達に歯向かうってか? 何なら仲間にしてやってもいいんだぜ」
今のマコトに問答は無駄であろう。
定めた事を貫き徹す、質実剛健な信念を裏打ちし。
その強固さたるや錬鉄の如く、折れず曲がらぬ名刀の意志だ。
彼女なら、必ず私を守ってくれるだろう。
「知ってっか? 別にロッティは無いってわけじゃねぇんだぜ。ちゃんとあるんだぜ。ぷくっとした中に、コリっとしたのがあってよ。それをくりくりぺろぺろ……おっと、これ以上は仲間にならないと教えられないな」
舌を出して蠢かせ、両手の人差し指をくりくりと何か玩ぶように動かす。
リューがこういう事するとちょっと嫌だな。
そう思っているとマコトが口を開く。
「……く、くわしく」
え?
「どうするぅ? こっちにつくかぁ?」
「……」
いや、思案するな。
興味を持つな。
あとで聞け。
あとで考えろ。
「いや……」
「お前、ロッティに騙されてここまできたクチなんだろ? その上、コテンパンにやられちまって従わされてんだ。ちょっとぐらい意趣返ししたってバチあたんねぇよ」
いつもより口が回るな……。
酒が回ると頭も回るのか?
「それは……」
お、何かまずいぞ。
私はさりげなく後ろに退いた。
……いつの間にかジーナが退路を塞いでいるっ!
「一緒にやろうぜ! 俺達は仲間だろ!」
リューはマコトに手を差し出した。
「……そうだ。俺達は仲間だな!」
二人はがっちりと手を握り合った。
私の方へ二人は向き直る。
逃げ場なし。
戦力なし。
勝ち目なし。
闘志あり。
私は無言で構えを取った。
四人には絶対に負けたりなんかしない!
私は必死に抵抗した。
……四人には勝てなかったよ。
今回の更新はここまでです。
次は月末になります。