八十二話 再演! ロッティ対マコト
彼女に私を殺すつもりがない事はわかっていた。
斬りかかって来た時もみね打ちだ。
ただ、忘れているかもしれないが、私は頑丈じゃない。
それでぶっ叩かれても私は死ぬだろう。
だとしても、私にとってマコトはまだ戦いやすい部類に入る。
炎熱、雷撃、浮遊、魔力変換のどれも持たず、あるのは持ち前の身体能力と技量だけだ。
身体に触れられるなら、それなりに抗せるだろう。
抗せるならば、勝機も掴める。
問題があるとすれば、その技量が私の知る物より洗練されているという部分だ。
大剣が振るわれる。
一歩、退く事で避けた。
鼻先を剣風がなぞる。
切っ先の当たる距離を見定めてのけん制。
次いで、二撃、三撃と絶え間なく細やかな斬撃が繰り出される。
……加えて、隙の少ない堅実な技のチョイスだ。
その心の内に激情があったとして、戦い方は至って冷静だ。
小技だけで打倒できるという侮りではない。
あくまでも、打倒へ繋がる布石の攻撃だ。
やりにくい……。
リューとの模擬戦で前もってそれを見られた事は幸運であったが……。
延命に過ぎない気もする。
攻略、打倒が可能かは自信がない。
前のように突撃してくれた方がよほどやりやすい。
私は大きく息を吐いた。
……来ないなら、行くしかないな。
身を屈め、袈裟斬りを避ける。
次いで、深く速く踏み込んだ。
「!」
だが、まだ浅い。
刃の振れる距離だ。
もう一撃、来る!
返す刀で横薙ぎが放たれる。
跪くように右膝とつま先を地につけ、さらに低く身を落とす。
つま先に全体重をかけて地面を蹴り出し、前進しながら潜るように避けた。
よしっ!
これで……。
目前には、突きの構えを取るマコトの姿があった。
今の横薙ぎは、突きの予備動作を隠すための布石か……!
引き込まれた切っ先が、私へ向けて突きこまれる。
「ふっ!」
考える暇はなかった。
それでも、身体は動いた。
私は身を捩りながら跳び、どうにか切っ先を避ける。
そして、大きく上げた足を振り下ろした。
狙うのは突きこまれた刀身。
大剣に鉄塊の仕込まれた踵が叩きつけられ、激しい音と火花が散る。
切っ先は地面に突き刺さり、私は距離を詰める。
手の届く距離だ。
伸ばした手が狙うのは、柄を握る指。
握りこみ、力んだ手は私にどうこうできるものではない。
しかし、大剣はマコトが頼りとする唯一の武器だ。
手放せない以上、固執し、過剰な力みを産むだろう。
その隙に組み付いて、以前と同じようにゆっくりと締め上げる。
それで決着だ。
勝ち筋は見えた。
そう思った私は、油断していたのだろう。
傲慢な事だ。
手が指を掴んだ瞬間、マコトはあっさりと大剣を手放した。
思わぬ事に挙動が止まる。
そこに飛来する拳。
「は……っ!」
咄嗟に避けるが、顎の先を掠める。
傷すらも付かない一撃だが、それで十分だった。
動いているつもりがないのに、景色が傾き始めるのを感じる。
平衡感覚が狂っていた。
脳が揺らされたのだろう。
「死」の一文字が意識にちらつく。
離れるべきか?
いや、ありえない。
離れればもう抗する術はないだろう。
なりふり構わず、半ば倒れ掛かるようにマコトへ手を伸ばす。
ここにしかチャンスはなかった。
組み付けなければ、もう触れる事もできないだろう。
伸ばした手が、マコト肩に触れた。
反撃を受けなかったのは運が良かったからである。
そこを起点に、どうにかマコトへ組み付く。
「!」
無論、抵抗がある。
打撃を与えられる距離ではない。
引き離そうと、掴まれ、押される。
対して私は、抵抗をいなしつつ極められる部分を探す。
この展開は前の時と同じだが、明らかな技量の向上を感じた。
隙を作らせ、その隙を衝いても、深く技がかかる前に力を込められる。
直感だろうか?
あまりにも防御に対する判断が早い。
極めきれない。
お互いに有効打のないまま、互いに打開策を模索してもがき合う……。
そんな中、マコトを転ばせる事に成功した。
思うように行かない戦況からか、マコトの動きには粗雑さが目立ち始めていた。
押し倒された事で、焦りも生まれたかもしれない。
技への反応が少しずつ鈍り始めていた。
根気比べは私の勝ちだ、マコト。
そしてついに私は、フロントチョークの体勢を形成した。
技のかかりは完璧で、首には既に深く腕が食い込んでいる。
が、無効化しそこなったマコトの左手が私の肩を掴む。
強く握られ、激痛が走る。
だとしても技は外せない。
ここが唯一の勝機だ。
「う……!」
痛みに思わずうめくと、私の肩を握る手の力が徐々に弱まり始めた。
意識が途切れ始め、全身の筋肉が弛緩し始めたのだろう。
やがて弛緩は全身へ至り……。
マコトは意識を完全に失った。
マコトに限らず、仲間内でロッティを戦わせると多分泥仕合になるから何を書いていいかわからない……。