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来襲


 こんにちは平重盛です。


 「(渋い声で)歴史の時計の針を僕は何百年も進めてしまった・・・」


 「もう。オーバーやな。重盛ちゃんは。」


 「・・・いや、母さまの言葉遣いのほうが何百年も歴史を先取りしているから。」


 母さまに抱きつかれて頭を撫で撫でされる。

 隣にいる基盛がちょっと羨ましそうにしている。


 今、我が家は大改修中だ。

 基礎は寝殿造のまま、各部屋を壁や障子、襖で区切り、書院造にしているのだ。内装も平氏の財力を投入し、豪華なものに仕上がりつつある。


 実はじいちゃんも清盛パパも、以前から寝殿造の邸宅には不満があったそうだ。

 ただ、何が不満なのかが自分でもよく分からなかったらしい。

 しかし、書院造の図面を見て、何が不満だったのか思い至ったらしい。


 「我らは貴族とはいえ、根は武士よ。常に戦に備えなければならん。」


 じいちゃんが武士の顔になっている。清盛パパも厳しい表情で頷いている。


 「旧来の邸宅はな、開放的すぎる。邸宅内の造りが一目瞭然だ。これでは攻められたときの守りに不安がある。」


 清盛パパの言葉に、今度はじいちゃんがうんうんと頷く。


 「ところが、重盛が考えたこの書院造であれば、こちらの備えが寄せ手に分りにくい。実に武士の邸宅らしい邸宅よ。」




 康治3年改め、天養元年(1144年)4月。


 我が家の大改修が完了した。


 感無量だ。

 邸宅前で感慨にふけっていると、通りを何かが猛然と突進してくるのを目の端でとらえた。


 「牛車だ。」


 だが牛車の速度ではない。あれではイスパニアの猛牛か、倶利伽羅峠の火牛だ。


 あまりのことに目をむいていると、牛車は我が家の前で急停止した。


 牛車を操るのは筋骨隆々の牛飼童(うしかいわらわ)と、牛車の両側につく車副(くるまぞい)。額から流れ落ちる汗を爽やかに光らせながら、こちらを見て莞爾(かんじ)として笑う。


 「な、なんと見事な操縦だ。」


 「であろう。これこそが我が家の至高の技よ。」


 感じ入っていると、輪郭の整った女性のような顔の美男子の公達が牛車からでてきた。


 「藤原頼長である。そこの童よ。案内せい。」


 いきなりのラスボス登場である。



 邸内に案内するとじいちゃんと清盛パパがすぐにやって来た。


 「尾張守よ、先の行幸の折は大義であったな。」


 じいちゃんは春の除目で尾張守になった。5月になるまでには尾張に下向することになっている。


 「有難きお言葉に存じます。」


 じいちゃんと清盛パパが畏まって応じる。


 「しかし、平氏に対する風当たりは依然として強い。用心することだ。」


 「はっ。」


 今月16日。賀茂祭に鳥羽法皇の行幸があり、じいちゃんはその供をした。

 法皇の供は白河法皇のころからしているけど、未だに平氏のことを成り上がりと思っている人たちからすると許しがたいことなのだろう。それなりに批判の声を耳にした。


 「役に立たぬ愚物どもほど騒ぎよるのよ。」


 辛辣な評価を下される。

 このお方は石田三成タイプだな。能吏だけれど、周囲との対立も多そうだ。


 「ところで本日の急なお越しはいったい?」・・・とはじいちゃんも聞かない。


 大貴族に向かって、急かすような真似はできない。

 じっと頼長様の発言を待つ。


 「ところでな・・・」


 邸宅の様子をみながら頼長様が言葉を続ける。


 「尿殿(トイレ)に案内せい。」


 じいちゃんと清盛パパは2人して疲れたような顔を無理矢理しまりのある顔にしたような表情をしていた。

 鏡があれば、僕も同じような顔をしていたと思う。



 出来上ったばかりの邸宅とはいえ、例のものの使用はすでに始まっている。


 「こちらでございます。」


 大改修にあたって、尿殿は邸宅の端の部屋と、母さまとばあちゃんたちの部屋の近くの2カ所に設置した。1カ所目は汲み取り式を採用し、2カ所目は女性陣が水路に流す水洗式をねじ込んだ。


 頼長様を案内したのは汲み取り式のほうだ。


 頼長様は穴の中をじっと見つめている。

 心なしか、わずかに震えているようにも見えるし、顔も紅潮している。


 これは怒らせたか。

 ひやりとしたものが背筋をつたう。


 「・・・誰だ。」


 「はっ、は?」


 じいちゃんも青い顔をして答える。


 「此度の改修を差配したのは誰かと聞いておる!」


 「はっ。我が孫、重盛にございます。」


 隅っこで控えていた僕に、鋭い視線が突き刺さる。


 「う、うわっ!」


 不覚にも声をあげてしまった。

 頼長様が先ほどの牛車もかくやという勢いで迫ってきた。


 部屋の隅で逃げられない僕に向かって頼長様が両の手を振り上げる。


 「同士よっ!!」


 がっしりとした手に、僕の手が包まれた。


 「・・・は?」


 「尿殿(トイレ)だよ!尿殿(トイレ)!」


 そんなに連呼しなくても・・・


 「分っておる。お主もあの匂いが我慢ならなかったのであろう。そうであろう!でなければ、この発想、この邸宅は思い浮かぶものではないっ!断じてないっ!それでありながら、我が邸宅の水洗を模倣するでもなく、このようなしつらえを考えつくとは見事なり!実に見事!それにしてもこのような実利を認められる輩の何と多いことよ。実に嘆かわしい!」


 頼長様は歓喜の涙を滂沱と流しながら、ついでに鼻水も流しながら、怒濤の勢いで語り続けられた。

 どうやら頼長様は水洗トイレの普及を目指されているらしい。

 答えを求めるでもなく話しつづけられ、やがて


 「やはり上のものが使って見せねば・・・」

 とか

 「鳥羽院の離宮が・・・」

 とか

 「いっそ燃やすか・・・」

 とかぶつぶつ言われていたのを僕は聞かなかったことにしたい。


 じいちゃんと清盛パパはとっくに逃げ出していた。




 翌5月9日、鳥羽院の離宮、白河北殿が焼失した。




 朝廷でただちに再建が議されたようで、造営の命を下向している任国の尾張で受け取ったじいちゃんは、すぐさま尾張の各庄に諸役を課し、10月上旬には再建させた。もちろん最新の尿殿(トイレ)付きである。

 10月下旬、鳥羽法皇と頼長様はじめ、諸卿が白河北殿へ入り、尿殿(トイレ)の感触を確かめられ、満足されたと漏れ聞く。


 じいちゃんは、この功によって正四位上に叙せられた。


 しかし、この昇進には頼長様は関わっておられなかったようで、


 「あくまで白河北殿の造営は鳥羽法皇個人のものであり、公のものではないので、それを功として賞するのはいかがなものか。」


 と批判された。

 思った通り随分な堅物だ。公卿の方々も鼻白まれていたそうだ。


 じいちゃんも頼長様の性格は分っていたものの、やはり面白くはないらしく、


 「来年5月頃までは帰らん!」


 と言って、尾張に引っ込んでしまった。



 -Missonn じいちゃんを引き留めよう。子どもらしくね-


 このところ、Missonの失敗が続いていたので、じいちゃんの尾張行きも、さして引き留めようとは思わなかった。


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