奥州の後始末
安元2年(1176年)8月 陸奥国
こんにちは平重盛です。
奥州始末に一定の目途がたちました。
捕らえた秀衡には奥州の豪族たちから助命嘆願が続々と届いた。奥州内での信頼は厚かったようだ。
彼らが投降することを条件に秀衡を出家させ、中尊寺で祖先の菩提を弔わせることにした。
これで戦の結果と、秀衡の助命で奥州内の多くの豪族は僕に従ったが、それでもいくつか反旗をひるがえす者もいた。
この対処は資盛に任せ、資盛も着実に成果をあげている。
基盛と知盛だが、知盛は秀衡を捕縛して平泉を制圧した時点で坂東に帰還させ、基盛は奥州にしばらくとどまった後、冬が来る前に遠江へ引き上げていった。
また、今回の奥州討伐に従った東海、坂東の豪族には僕から恩賞を出した。官軍を率いての戦ではないし、僕としても彼らとは個人的な関係を築きたいので、この処置に何ら問題はない。
中には奥州での所領を望んだ者もいて、そういった者たちへの加増はとりわけ厚くしておいた。繁栄はしていても奥州を俘囚と蔑む者はまだいる。そういったなかで奥州に移ろうという者がいるのはありがたいことだ。
また、坂東の豪族とも強い繋がりができた。坂東勢を率いた知盛も独自の繋がりを構築できたようだ。
城資永が討ち死にし、当主をうしなった城氏は、資永の子が幼かったため、弟の助茂が継ぐことになった。城氏には出羽で所領を加増し、その働きに厚く報いた。
ただ、助茂には資永ほどの軍才はないらしく、有能な将の補充には至らなかった。本当に義経は余計な損害を与えてくれたものだ。
-多賀城
「あかん。思ったほど金が残っとらんで。」
うしゃぎさんがぼやきながらやって来た。
なんでも金の採掘量が落ちてきているらしい。
「今の速度で掘ったら、50年持たへんで。ようも隠しとってくれたもんや。」
現在の金脈とは別のものを捜索するため、奥州のさらに深い山中へも山師を派遣するらしいが、望み薄らしい。
「山奥が大変なら佐渡を掘ればいいんじゃない。」
「佐渡の金の量なんて大したことないやろ。」
「あれ? 金も銀も大量にあったような。」
僕が現代知識を頼りに何気なくポロッと言った言葉にうしゃぎさんが食いついた。
「なにー! ホンマやろな? 本気にするで。なかったら鼻毛全部むしったるで!」
だ、大丈夫です。出るはずです。だからやめてください。
あ、でも他にも提案が。
「奥州のさらに北の蝦夷にも交易に行ってみませんか。」
「蝦夷なあ。取引量が少ないやろうから、どこまで儲かるか微妙やなあ。」
うしゃぎさんは、あまり乗り気ではなさそうだ。
「まあ、調べるだけ調べとくわ。」
うしゃぎさんは手を振って出ていった。
佐渡から有望な金脈が発見されたと報せが届いたのはそれから1年後のことだった。
それから僕も奥州の安定化を見届けた後、資盛を奥州総奉行として駐留させて引き上げた。




