優位に立つ者
永暦元年(1160年)3月 遠江
こんにちは平重盛です。
やっと遠江に戻って来ることができました。
ちなみに京からの道中で、源頼朝を伊豆まで護送する途中の一団を追い抜きました。
実は頼朝にいつか復讐されると思うとびくびくしてしまいましたが、閃きました。
そうだっ。今のうちに恩を売っておこう。
護送団を止め、その隊長や従卒に「やあ、お勤めご苦労」とねぎらいの声をかけながら銭を握らせ「ちょっと頼朝と話をしたいなー」と持ちかける。
二つ返事で了承を得ると、さっそく頼朝の前に行く。
「さぞかしご苦労のことでしょう。私は平重盛と申す者。此度は不幸にも敵味方に分かれたが、頼朝殿の道中が少しでも楽になるよう些少ではあるが、協力させていただきたい。」
と言って、銭やら着物やらを提供した。
頼朝は、少し涙目になりながら、「お心遣い感謝する。」と言っていた。
これで、負けても許してくれるという選択肢が増えないかなあ。
そういったやり取りがあった数日後に、遠江に到着。
さっそく坊門殿と我が子に感動の対面。
可愛いなー。赤子を見る機会は少ないけど、今まで見てきたどの子よりも可愛い。指でほっぺを触ってみると、小さな手を伸ばしてきて、きゅーっと指を握ってきた。
もうダメです。反則です。なんなんですか、この可愛さは。
よし、この子のためにも絶対に源氏になんか負けないぞ。
父ちゃんが守ってやるからな。
子どもは維盛と名付けました。
その後は、頼長が息子たちを助けたことの感謝を述べに来たり、頼長の息子たちが父の教育が厳しすぎる。なんとかしてくれと泣きついてきたり、在庁官人たちが祝いを述べに来たりと客の絶えない日になった。
そして最後に思いもかけないことがあった。
国府・見附から少し行ったところにある池田宿で源範頼を捕縛したとの報せが届いた。
範頼ってたしか頼朝の弟で、目立たないけど義経と一緒に平氏討伐をした人だったよね。
「よし、斬ろう。」
さっそく現地に向かおうと太刀を持ったところで頼長に止められた。
曰く「兄の頼朝を助けた以上、頼朝より年の小さい子を助けない道理は無い。これを斬れば重盛様の評判が悪くなる。」
とのこと。
理由か。確かに理由が立たないかもしれない。
とりあえず、範頼を見て決めようと思い、護衛をつけて池田宿へ向かった。
初めて会う範頼は、10歳ぐらいの年頃の小柄な少年だった。
捕縛されたと聞いたが、割と身ぎれいにしてもらっているようだ。聞くと、なんでも池田宿の地元有力者の娘の子どもらしい。
義朝めー、各地に火種を作ってくれてるなー。面倒じゃないか!
池田宿は僕の遠江での政策で潤ってきている地域だから、範頼の捕縛にあたったものの、血縁でもあるので助命を願い出でている。
・・・これはあまり無下にもできないな。
とりあえず、話してみるか。危険そうだったら斬るしかない。
「範頼殿、此度は故あって敵味方となったことは誠に残念です。私はそなたを斬らねばなりませんが、もし生きることができるなら何かしたいことがありますか?」
僕の言葉を聞いた範頼は、焦ってせわしなく考えを巡らせるでもなく、憎しみを見せるでもなく、沈思黙考しているようだ。
うん。性根は悪くなさそうだ。
暫く考えて、考えがまとまったのか、範頼は顔を上げた。
「生き残ることができたら、何者にも負けない武力を備え、平氏を倒したいと思います。」
うわー。キッパリと言い切られた。僕を前にしてよく言えたな。
僕が次に何と言おうか考えている間に、範頼が言葉を続ける。
「と、言いますか、私を殺す気は無いですよね。先ほどの問いは、生かす前提にしか聞こえませんよ。」
利発だけど、ちょっと生意気な感じだな。まあ、そういう年頃か。
よし、殺せないなら思い切って育ててみよう。
「うん。君のことは殺さない。僕の子として育てるよ。義朝殿との友誼もあるしね。」
範頼は、ちょっと驚いたような表情を見せた。
「父と友誼があったのですか?」
「保元の乱の時にね、一緒に戦った間柄だからね。」
そう。乱の後は会う機会もなかったけど感じの良い人だった。そう思うと、義朝殿の子の範頼を育てるのも悪くはないように思えてきた。
「じゃあ、一緒に見附に戻ろうか。」
「はい。取りあえず世話になって差し上げます。」
範頼は気づかなかったかもしれないけど、今一瞬、ほっとしたような表情が見えた。なんだ、緊張していたんじゃないか。子どもらしいところもあるじゃないか。
なんとなく優位に立ったような気になって見附に戻った。
「重様! こんな大きな隠し子がいたなんて! ひどいですっ!」
連れ帰った範頼を見た坊門殿に嘆かれて、慌てて事情を説明すると、事前に事情を説明しておけとお説教された。
その後、正座で反省されられました。