健康はチートから
ペンギン「誤字の指摘、ありがとうペン」
仁平3年(1153年)5月
今年の夏は暑そうな気がする。
なぜって、もう暑いから。清盛パパや家人のみんなは平気そうだけど、僕は暑い。
あ、同士が1人いた。
時子も風通しの良い部屋で、ぐでーと、溶けている。
でも僕は時子と違って、ぐでーとはならない。なにせ必殺技がある。
実は幽世は気温がほぼ一定だ。暑くなれば幽世に避難すればいいのだ。
ところで暑いのは今年の夏だけではない。
どうも僕が生まれてこの方、天気が良かった年、つまり豊作に恵まれた年がどれくらいあったのだろうか。
ほとんど記憶にない。
聞く話は、どこが旱魃だった。どこの国では蝗害がでた。どこの国では川が氾濫しただのと。
農地管理や、災害に対する備えが不足しているのは確実だ。だけど今のところ僕にできることは少ない。子どもの頃に提案した肥料は成果をあげていると頼長様や清盛パパから聞いてはいる。けど、この国を豊かにするには、まだまだ足りない。
どこかの国の受領になったり、知行地をもらったりしたら、ため込んだ知識を使ってチート開発しようと心に誓う。
それはそうと、じいちゃんの死があって、できるだけ健康に気をつけようと思うようになりました。
だって、病蟲が関係しなくても人は死んでいくのだ。なら、普段から健康に気をつけるに越したことは無い。
「ということで、歯を磨く道具を開発しようと思います。」
聴衆を前に、高らかに宣言する。
「わー、ぱちぱちぱち」
手をたたいてくれたのは宗盛くん6歳だ。
ちなみに拍手は、この時代になかったので僕が教えた。
あとの聴衆は、時子27歳、基盛くん14歳、知盛くん1歳だ。
そういう僕は16歳。うん、大きくなったものだ。
「歯を綺麗にする道具なら、もうあるぞ兄上。」
基盛が爪楊枝を取り出してみせた。
そう、今日の集まりには、自分が使っている歯を綺麗にする道具を持ってくるように言っておいたのだ。
「爪楊枝か。それも良いね。歯の隙間に入ったものとか、取りやすいよね。」
基盛が、そうそうとばかりにうなづく。
「だけどね、舌で歯を舐めてごらん。ザラッとするでしょ? それ汚れだよ。」
言われて、試しに歯を舐めてザラッとしたのか、基盛がしかめっ面になる。
隣で知盛くんもマネしてしかめっ面になっている。
「ふふん。」
と、そこで時子が次は自分の番だと得意そうに何かを取り出した。
「どう? この輝き! これこそあたしにふさわしい一品よ!」
そう言って見せつけてきたのは黄金の爪楊枝・・・。この人は・・・。
僕の呆れた様子に気付いたのか、時子は慌てて次を取り出した。
「はい、これっ、房楊枝!」
「・・・竹?」
出てきたのは竹の先を細かくしたもの。
「なるほど。やや実用的なものがでてきましたね。」
「私はこうですね。」
宗盛くんは指を口にいれて歯をこすってみせた。
「うん、それも有りだと思うよ。むしろ素晴らしい。」
頭をなでなですると、にこーとご機嫌の様子だ。すましているけど、子どもらしいところも見せてくれる。
「で、重ちゃんは何を使ってるの?」
時子の質問に僕が取り出したのは、柳の小枝の端を潰して房状にしたものだ。
歯木と言う。
試供品を作っていたので、みんなに渡して試してもらう。
「むぁんか、ひもひいいふぁね(なんか気持ちいいわね)。」
「・・・使いながらしゃべらんでください。」
隣を見ると基盛が歯をこすっているが口から血を流していた。
「・・・強くこすりすぎだよ、基盛。」
宗盛くんは、歯木をがしがしと噛んでいる。それはそれで有りだと思う。
「で、兄上はこれを広めたいのか?」
基盛が口から出した歯木を見ながら聞いてきた。
「いや、ここから改良していきたいんだ。いくつか作ってはいるんだ。」
そう言って、僕がさらに取り出したのは4つ。
1つ目は、牛の骨を柄にしてそこに豚毛を植え付けたもの。ただ、豚毛を入手する機会が少ないので今ひとつだ。
2つ目は、同じく牛の骨に馬毛を植え付けたもの。
どちらも手作業で作るから手間はかなりかかっている。贅沢品だ。
3つ目と4つ目は房楊枝の材料を変えたもの。柳と黒文字の木の幹を割って、その端を煮た後、木槌でたたいて房状にしたもの。
「あはひは、ふふぉもひはいいはほぉ(あたしは、黒文字がいいかも)。」
「・・・だから、口から出してからしゃべってよ。」
「俺はこっちかな。」
「私もこっちですね。」
基盛と宗盛くんは柳が気に入ったようだ。
「なんか房楊枝よりも口に合うわね。」
そうなのだ。試作品は形にもこだわってみた。
「だから房楊枝とは、別物だということで、命名しました! 歯刷子と!」
「じゃあ、もう完成してるよね。」
基盛の疑問はもっともだ。だけどこれには理由がある。
「これは僕だけが使うんじゃなくて、多くの人に使ってほしい。だから、よりよい形状、材料を試してみたい。それともう1つ。」
現代から来た僕は、歯磨きがこれで完成形ではないのを知っている。歯ブラシと並ぶもう1つのアイテム、歯磨き粉が必要なのだ。
そのことを提案する。
「重ちゃん、お歯黒じゃダメなの?」
時子の疑問ももっともだ。
現代ではお歯黒は奇妙で滑稽な風習だと考える傾向があるが、この時代にいるとそういう感覚はまったくない。
理由は2つある。
1つは、歯の衛生上、必要な措置だということだ。僕が歯ブラシを提案する理由の1つは衛生上の問題だが、お歯黒も使っている染料が口臭や、虫歯予防の効果があるからだ。特に虫歯予防は命に関わる。虫歯で命を落とすことがある時代だけに虫歯予防は命がけだ。
2つ目の理由は、お歯黒が美しいということだ。現代のテレビで見るお歯黒は僕が見ても滑稽だった。でもこの時代で見たお歯黒は本当に美しい。これを見ると、現代で見たお歯黒は化粧の仕方を知らない人がした下手な化粧のようなものだ。使い方が分かっていないのだろう。それとも滑稽さを強調したくてわざとそうしているのか。
このお歯黒は皇族、上流貴族、寺社を中心に定着し、中級貴族や民間でも流行りつつある。女性のみならず男性にもだ。
つまりはっ! 我らが平氏でもお歯黒をする人が出現しはじめている。ばあちゃんとか、ばあちゃんとか、ばあちゃんとか!
ゆゆしき事態だ。これは平氏が権力の階段を駆け上がっていくごとに拡大していくだろう。
だからこそ、僕はここで反対理論を唱えたい!
僕はお歯黒も嫌いじゃないけど、白い歯が好きなんだ!
「と、いうことで、歯磨き粉を開発します。」
「こするじゃなくて、磨くと表現するのですね、兄上は。」
よく気がついたね、宗盛くん。
そう、新しいことを始めるのだ。今までとの違いをはっきりさせるために、こするという観念から離れ、磨くという考え方を示したいのだ。
とりあえず、歯磨き粉として塩を提案する。
ここから改良案を考えてほしいと伝えた。
仁平3年(1153年)10月
歯磨き粉の開発は大詰めだ。
時子の提案で、塩に薬草や香料を混ぜてみた。
家族と家人たちを巻き込んで試行錯誤の末、それなりのものが出来上ったと自負する。
そして仕上げはあの人だ。
「・・・同士重盛よ。確認するが、この粉は、最終的には吐き出すということで良いのだな。」
頼長様に出来映えを見てもらった。
頼長様はお歯黒使用者だ。しかも現代風に言うなら、一流のメイクと言って過言ではない。
頼長様の問いに僕は首肯する。
頼長様は、わずかに思案して口を開いた。
「房州砂を使うとよい。」
「砂、ですか。房州・・・坂東の安房の産ですか?」
「そうだ。粘土質の粒の細かい砂でな、使えると思うぞ。」
仁平3年(1153年)12月
遂に歯磨き粉が完成した。
直ちに歯刷子と歯磨き粉の量産に入る。
これにより平氏一門における、お歯黒勢は少数派に転じた。なお、武士や市井において静かに歯磨きセットが広がりはじめるのは、もう少し先の話。
清盛パパ「重盛、俺にも何かやってほしいらしいな(嬉)。言ってみろ。何でも手伝ってやるぞ!」
重盛「開発資金だしてくださいっ!」